第31話 寄り道は遠足の醍醐味……らしい
ショッピングモールの入口を抜ける。
休日の朝とは思えないほど、すでに店内は活気に満ちていた。
「どこから行く?」
中村が聞く。
「ゲームショップ!」
有本が即答する。
「やっぱりそこ?」
千代田が笑う。
「有本らしいね」
「千代田も来るでしょ?」
「行くよ」
「中村は?」
「もちろん」
三人で歩き出す。
エスカレーターに乗る。
上へ向かう。
中村は二人の後ろ姿を見る。
有本。
千代田。
どちらも、今日ここにいる。
自分が誘った。
自分が企画した。
でも、今はもう、自分だけの遠足ではない。
有本が行きたいところへ行く。
千代田が見たいものを見る。
自分も行きたいところへ行く。
その全部を合わせて、一日になる。
「……なんか」
中村が呟く。
「ん?」
有本が振り返る。
「いや」
中村は笑った。
「今日、いい日になりそうだなって」
有本が少しだけ笑う。
「うん」
千代田も頷いた。
「そうだね」
三人はそのまま歩いていく。
そして、ゲームショップへ向かう途中。
「あ」
有本が足を止めた。
「……何?」
中村が立ち止まる。
「あそこ」
有本が指を差す。
そこには、期間限定ショップがあった。
大きな看板には、人気ゲームのキャラクターが描かれている。
「……」
中村は、さっき確認した予定表を思い出す。
ゲームショップ。
その次にマンガショップ。
そしてスイーツ。
まだ最初の目的地にも着いていない。
「有本」
「なに?」
「今、見つけたよね?」
「うん」
「予定にないよね?」
「うん」
「……」
「ちょっとだけ」
「その『ちょっとだけ』が怖いんだよ」
千代田が笑う。
「いいじゃん」
「千代田まで?」
「今日は遠足なんだから」
有本が嬉しそうに笑う。
「ほら、千代ちゃんもそう言ってる」
「その二人、僕より自由じゃない?」
「行こ行こ」
有本が先に歩き出す。
「待って!」
中村も追いかける。
千代田も笑いながら、その後をついていく。
予定表は、まだ始まったばかりだというのに、最初の変更を迎えた。
***
店内には、人気ゲームのキャラクターグッズが所狭しと並んでいた。
有本は棚を見ながら、次々と商品を手に取っていく。
「これ可愛い!」
「こっちは?」
「それもいいね」
「中村ならどっち?」
「僕?」
「うん」
突然、二つの商品を中村の目の前に並べる。
有本の顔が近い。
中村は思わず声をなくす。
心臓が少しだけ速くなる。
なんでそんな距離で聞くんだ。
有本にとっては、ただ商品を選んでいるだけなのだろう。
そう分かっているのに、意識してしまう。
「……」
「どうしたの?」
「いや」
中村は視線を商品へ戻した。
「こっち」
適当に右側を指す。
「じゃあ、こっち!」
「決めるの早っ」
「中村が選んだんだから」
「僕の責任なの?」
「そう」
有本が笑う。
その笑顔を見ると、何も言えなくなる。
やっぱり、こういうところなんだろうな。
僕が有本を好きなのは。
「中村?」
「ん?」
「ぼーっとしてるよ」
「ああ、いや……」
危ない。
「商品が多いなと思って」
「ふーん」
有本は疑うこともなく、また商品棚を見る。
千代田が隣から中村を見る。
「……何?」
「別に」
「その顔、何か言いたそうだけど」
「言ってないよ」
「そう?」
「うん」
千代田は少し笑った。
「ならいいけど」
千代田の表情が、ほんの少しだけ変わったように見えた。
けれど、中村にはその意味までは分からなかった。
「ねえ、中村!」
「今度は何?」
「こっち!」
「まだあるの?」
「ある!」
有本はすでに別の棚へ移動している。
「これ!」
「はいはい」
中村は追いかける。
千代田も後ろからついてくる。
予定表は、二つ目の項目へ進むことすら許されていなかった。
***
店を出ると、三人は再び並んで歩き始めた。
中村はスマホを取り出す。
「予定、十五分遅れ」
「まだ十五分なんだ」
千代田が感心したように言う。
「そこじゃないんだよ」
「じゃあ、どこ?」
「予定通り進んでないこと」
「でも楽しかったよ」
有本が言う。
「……まあ、それはそうだけど」
「じゃあいいじゃん」
「そういう問題かなあ」
「遠足って、予定通りに全部回ることが目的じゃないでしょ」
千代田が言う。
「行って、見て、食べて、帰る」
「それはそうだけど」
「だったら大丈夫」
千代田が笑う。
「まだ帰ってないし」
「そこだけ切り取ると、すごく雑な理論だな」
「でも間違ってないよ」
有本が頷く。
「ほら、千代ちゃんも言ってる」
「二人で組んでない?」
「してないよ」
「してないよー」
声が重なる。
「……息ぴったりだな」
中村が呟く。
有本と千代田が顔を見合わせる。
「そう?」
「そうかな?」
「いや、なんでもない」
中村は笑った。
朝はあんなに緊張していた。
けれど今は、三人で歩いていることが自然になっている。
予定は崩れている。
それなのに、嫌じゃない。
むしろ、こういう時間の方が楽しいのかもしれない。
これが遠足なのかもしれない。
そんなことを中村は思った。
***
ゲームショップへ向かう途中。
三人の前を歩いていた有本が、また足を止めた。
「……あ」
「今度は何?」
「あれ」
有本が指差す。
そこには、期間限定のスイーツフェアがあった。
中村は天井を見上げる。
まだゲームショップにすら行っていない。
「まだゲームショップ行ってないよ?」
「分かってる」
「じゃあ、行こうよ」
「なんで?」
「だって限定だよ?」
「その言葉、今日何回聞くんだろう」
有本が笑う。
「中村」
「何?」
「遠足って、限定を見つけるためにあるんだよ」
「初耳なんだけど」
「私も今決めた」
「新ルール作らないで」
千代田が吹き出す。
「もういいんじゃない?」
「千代田まで……」
「だって有本、もう行く気満々だし」
見ると、有本はすでに店の入口に立っている。」
「ほら!」
「……はいはい」
中村は歩き出す。
その横を有本が歩く。
肩が近い。
少しだけ腕が触れそうになる。
中村は、その距離を意識してしまう。
有本は何も気にしていないようだった。
……やっぱり、僕だけなんだろうか。
そう思うと、少しだけ複雑だった。
「ねえ、中村」
「ん?」
「今日は楽しいね」
「……うん」
その一言だけで、胸が少し軽くなる。
有本が楽しそうなら、それでいい。
今は、それで十分だった。
「じゃあ、次行こう!」
「まだ食べてもないのに?」
「次は食べる!」
「予定表……」
「もういいでしょ」
千代田が笑う。
「今日は、予定表より楽しい方を優先しようよ」
中村はスマホを取り出す。
予定表を開く。
そして、そっと閉じた。
「……分かった」
「やった!」
「でも最後までちゃんと帰るからね」
「それは当然」
有本が笑う。
千代田も笑う。
中村も笑った。
予定は、もう崩れている。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ、最初から完璧な計画なんて必要なかったのかもしれない。
有本が寄り道して。
千代田がそれを笑って。
中村が二人についていく。
それだけで、今日は十分楽しい。
――そう思った。
そして中村は、まだ知らなかった。
この遠足が、三人の距離を少しずつ変えていくことを。




