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キュンマグ!  作者: てきてき@tekiteki


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第29話 「遠足、開幕」

 日曜日の朝。


駅前には、まだ休日の静けさが残っていた。

中村は時計を見る。


七時二十八分。


「……あと二分」


「そんなに時計見る?」


隣から千代田の声がした。


「いや、主催者だから」


「主催者、時計確認しすぎ」


「だって遅刻したら朝ご飯奢りだし」


「そこ気にしてるんだ」


千代田が笑う。

中村は少し照れながら、駅の入口を見る。


「有本、まだかな」


「まだ二分あるよ」


「そうだけど」


「落ち着いて」


千代田は持っていたコンビニ袋を少し持ち上げた。


「コーヒー買ってきた」


「朝から?」


「うん。砂糖多め」


「千代田って甘くないと飲めないの?」


「……何その言い方」


「飲めるの?」


「ブラックは無理だけど」


「それ飲めないってことじゃない?」


「細かいなぁ」


二人で笑う。


「でも、千代田がコーヒー飲むのってちょっと意外だな」


「私を何だと思ってるの?」


「マンガを読んでる人」


「それだけ?」


「あと、困った時に相談すると何でも知ってる人」


「……なんか便利屋みたい」


「違うの?」


「違うよ」


千代田は少し笑った。


「今日は相談役じゃないから」


「ああ、そうだった」


中村も笑う。


「今日は遠足だ」


「そう」


千代田はコーヒーを一口飲んだ。


「だから今日は、何も相談しなくていいよ」


「……うん」


その言葉が、妙に心地よかった。


相談しなくていい。

何かを決めなくていい。

何かを解決しなくてもいい。


今日はただ、一緒にいる。


それだけ。


「……なんか」


中村が呟く。


「こうしてると、本当に遠足っぽいな」


「駅前に集合してるだけだけどね」


「それでも」


中村は笑った。


「なんか楽しみになってきた」


「最初から楽しみにしてたでしょ」


「まあ、それはそう」


千代田も笑う。


「素直になったね」


「最近、キャラ崩壊してるからね」


「うん」


「そこは否定してよ」


「無理」


二人で笑う。

その時だった。


「おーい!」


駅前の向こうから声がした。


二人が振り向く。

有本が小走りで近づいてくる。


「ごめーん!」


「まだ時間前だよ」


中村が時計を見せる。


「七時二十九分」


「じゃあセーフ!」


有本は息を整えながら笑う。


「朝ご飯奢らなくて済んだ!」


「そこ?」


「大事でしょ」


有本が千代田を見る。


「千代田、早かった?」


「七時二十五分」


「早っ!」


「中村も早いよ」


「僕は主催者だから」


「私は?」


有本が中村を見る。


「……」


「何、その間」


「参加者?」


「雑!」


有本が笑う。


「じゃあ千代田は?」


「副主催者」


「勝手に昇格させないで」


千代田が苦笑する。


「今日は三人とも参加者でいいでしょ」


「それが一番いいかも」


中村が頷く。


「主催者も、今日は参加者」


有本が笑った。


「じゃあ行こう」


「うん」


三人は駅へ向かって歩き出した。

改札を抜ける。


日曜日の朝なのに、思ったより人が多い。


「結構いるね」


有本が周囲を見る。


「部活組かな」


千代田が人の流れを見る。


「それとショッピングモールに行く人」


「なんで分かるの?」


「紙袋とか服装とか」


「千代田、観察力すごいね」


「マンガ読んでるから」


「関係ある?」


「あるよ」


「ないと思う」


そんな話をしながら、三人はホームへ向かう。

電光掲示板を見る。


「二駅先だから、上りだよね?」


有本が中村を見る。


「うん。上り」


「主催者、ちゃんと先導して」


「任せて」


「逆方向行ったら?」


「……その時は」


中村が考える。


「みんなで笑おう」


「責任放棄!」


有本が笑う。


「主催者の権限、半分放棄したから」


千代田が言う。


「でも方向確認は主催者の仕事じゃない?」


「そこは頑張る」


「そこは頑張るんだ」


三人が笑う。

そこへちょうど、電車がホームへ入ってくる。


ドアが開く。


「行こう」


中村が先に乗った。


車内は、思ったより混んでいた。


「うわ」


有本が周囲を見る。


「日曜の朝なのに結構いるね」


「部活組と、ショッピングモール組と……」


千代田が車内を見回す。


「たぶん映画の早朝上映」


「分かるの?」


「雰囲気」


「すごいな」


三人は車内の奥へ進む。

空いている席はない。


「主催者、席確保どうした?」


有本がニヤニヤする。


「いや、今日は無理しないって条件だったから」


中村はつり革を掴む。


「立ちでいいよ」


「それなら合格」


千代田もつり革を持つ。


「遠足は移動も含む、でしょ」


「そうだね」


電車が動き出す。

ガタン。

三人の身体が少し揺れる。


「おっと」


有本が手すりを掴む。


「主催者、ちゃんと立ってよ」


「立ってるよ」


「顔が緊張してる」


「してない」


「してる」


千代田も中村を見る。


「ちょっとしてるね」


「千代田まで?」


「だって、さっきからずっと周り見てる」


「いや、二人がちゃんといるか確認してるだけ」


「それが緊張してるってことじゃない?」


有本が笑う。


「今日は私たち、逃げないよ」


「そうそう」


千代田も続ける。


「だから中村も普通にしてていい」


「普通……」


中村は少し考える。


「じゃあ、ゲームの話でもする?」


「それが一番普通」


有本が笑う。


「最近さ、新しい音ゲーやってるんだけど」


「また?」


「また」


「パーフェクト取れた?」


「あと一個」


「惜しい」


「それが難しいんだよ」


有本がゲームの話を始める。

中村が質問する。

千代田が時々口を挟む。


しばらく三人でゲームの話をしていると、有本がふと思い出したように二人を見る。


「……そういえばさ」


「ん?」


中村が振り向く。


「二人って、結構相談してるんだー」


「え?」


中村が少し驚く。

千代田も有本を見る。


「まあ……うん」


「ふーん」


有本は窓の外へ視線を向ける。

声はいつも通りだった。


「何を相談してるの?」


「え?」


中村の言葉が止まる。


「いや……まあ、いろいろ?」


「いろいろ、ねぇ」


有本がちらっと千代田を見る。


「私のこととか?」


「……」


中村が黙る。

千代田も少し困った顔をした。


「まあ……そういう時もあるかな」


「そっか」


有本はスマホを取り出した。

画面を眺めるふりをする。


「千代田には相談するんだー」


何気ない言葉。


けれど、その語尾にはほんの少しだけ引っかかるものがあった。


千代田はそれに気づいた。


有本は怒っているわけではない。

でも、自分の知らないところで、中村と千代田が話していたこと。

そのことが、少し気になっている。


「……まあ」


有本が顔を上げる。


「私も、相談されたら聞くけどね」


「本当?」


「うん」


有本は中村を見る。


「中村、変なところで遠慮するから」


「そうかな?」


「そうだよ」


千代田が小さく笑う。


「それは確かに」


「千代田まで……」


中村が苦笑する。

有本も笑った。


けれど、さっきよりほんの少しだけ、三人の空気が変わっていた。


「……まあ」


有本は窓の外を見る。


「今日みたいな日は、私にも相談してくれていいからね」


「うん」


中村は素直に頷いた。


「じゃあ、次からそうする」


「次から?」


「うん」


「……そっか」


有本の口元が少しだけ緩む。


「じゃあ、覚えといて」


「了解」


千代田は二人の会話を黙って見ていた。

そして、ほんの少しだけ思う。


 ――有本も、気にしてるんだ。


それが何を意味するのかは、まだ分からない。


でも、今までなら、中村が自分に相談することを、

有本が気にするなんて考えもしなかった。


千代田は窓の外を見る。


流れていく街並み。

胸の奥に、小さな変化が残っていた。


電車がカーブに入る。

車体が大きく揺れた。


「わっ」


千代田の身体が傾く。

中村が反射的に腕を出した。


「大丈夫?」


千代田の手が、中村の腕を掴む。


「……うん」


手を離そうとする。

しかし、次の揺れが来た。


「危ない」


中村が言う。


「そのままでいいよ」


「……うん」


千代田は小さく頷いた。

有本はその様子を見ていた。


「……混んでるから仕方ないね」


そう言って、笑う。

中村は気づかない。


「そうそう」


千代田も笑った。

有本は窓の外へ視線を戻す。


さっきより少しだけ、何かを考えている顔だった。


やがて、車内アナウンスが流れる。


「次は――」


「もう着くね」


有本が窓の外を見る。


「早いな」


中村が言う。


「まだ何もしてないのに」


「でも」


千代田が言った。


「もう遠足は始まってるよ」


三人が顔を見合わせる。

中村は笑った。


「そっか」


電車が減速する。

駅へ入っていく。

扉が開く。


三人は人の流れに合わせてホームへ降りた。

目の前には、目的地へ続く道。


中村は少しだけ背筋を伸ばす。


「よし」


「何?」


有本が聞く。


「ここから本番」


「まだ本番じゃなかったの?」


「今まで移動だから」


「じゃあ主催者」


有本が笑う。


「ここからは、ちゃんと楽しませてよ」


中村は少し考えた。

そして首を横に振る。


「いや」


二人を見る。


「一緒に楽しもう」


有本が笑う。


「うん」


千代田も頷く。


「それなら、いいね」


三人は歩き出した。


朝の街は、少しずつ賑やかになっている。

ショッピングモールの建物が、遠くに見えてきた。


中村は歩きながら、二人を見る。


今日は何が起こるか分からない。

有本との距離がどうなるのかも。

千代田との距離がどうなるのかも。


まだ答えは出ていない。


でも今、三人は同じ方向へ歩いている。

それだけは、確かだった。

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