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キュンマグ!  作者: てきてき@tekiteki


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第27話 条件付き朝活遠足

 千代田の口元が、ほんのわずかに動いた。


「……ただし、条件付き」


中村は思わず姿勢を正した。


「条件?」


「うん」


千代田は指を一本立てる。


「朝から行くのはいい」


「おお」


「開店前に並ぶのも……まあ、付き合う」


「おお!」


中村の顔が明るくなる。

しかし千代田は、そこで止まらなかった。


「でも、無理は禁止」


「……無理?」


「無理して楽しませようとしない」


もう一本、指を立てる。


「私たちのために、全部決めようとしない」


さらに一本。


「疲れたら、ちゃんと言う」


中村は目を瞬かせた。


「それ……遠足の条件?」


「そう」


千代田は真顔だった。


「主催者が一番最初に倒れたら、話にならないでしょ」


「それは確かに」


有本が横から頷く。


「あとさ」


有本が中村を見る。


「私も条件追加していい?」


「もちろん」


「途中で『僕についてきて』は禁止」


「え?」


「行く場所も、食べるものも、全部中村が決めないこと」


有本は楽しそうに笑う。


「私たちにも決めさせて」


中村は少し考えた。


「……分かった」


「それから」


有本が指を立てる。


「面白そうなところ見つけたら、寄り道していいこと」


「寄り道?」


「そう」


当然のように言う。


「遠足なんだから」


千代田も小さく頷いた。


「それは賛成」


「千代田まで?」


「予定通りに進むだけなら、普通のお出かけでしょ」


千代田は窓の外を見る。


「遠足って、予定外のことが起きるから楽しいんじゃない?」


中村は二人を見た。

そこでようやく気づいた。


自分は、また全部を背負おうとしていた。


集合時間。

移動。

昼食。

休憩。

遊ぶ場所。


二人が退屈しないように。

二人が疲れないように。

二人が楽しめるように。


失敗しないように。


全部、自分が考えなければならないと思っていた。


「……そっか」


中村は小さく笑った。


「僕、また全部やろうとしてたんだな」


「うん」


千代田が即答する。


「かなり」


「そこは否定してよ」


「無理」


有本が吹き出した。


「でもさ」


笑いながら、中村を見る。


「それが中村らしいんじゃない?」


「……そうかな」


「うん」


有本は少し考える。


「ちゃんとしようとするし」


そして、続ける。


「失敗したくないし」


中村は黙って聞いている。


「みんなが楽しくなるようにって、すごい考える」


有本の声は、からかう時より少しだけ優しかった。


「でも今日は、それ半分くらいでいいんじゃない?」


「半分?」


「うん」


有本は肩をすくめる。


「残り半分は、私たちがやる」


胸の奥に、何かがすっと入ってきた。


「……じゃあ」


中村は二人を見る。


「主催者権限、半分放棄します」


「おお」


有本が拍手する。


「歴史的瞬間!」


「そんな大げさな」


「いやいや」


千代田も笑っている。


「中村が権限を手放すの、結構すごいよ」


「そんなに?」


「そんなに」


また即答だった。

中村は苦笑する。


「じゃあ、決まり」


「うん」


「朝活遠足」


「条件付き」


千代田が念を押す。


「無理しない」


「はい」


「一人で全部背負わない」


「はい」


「疲れたら言う」


「はい」


そして千代田は、少しだけ笑った。


「帰るまでが遠足」


中村も笑う。


「もちろん」


有本が二人の間に割って入る。


「じゃあ、もう一個決めよう」


「何?」


「集合時間」


中村は少し考える。


「七時半」


「早っ!」


有本の声が廊下に響いた。


「朝活って言っても限度あるでしょ!」


「でも開店前に並ぶなら、それくらい必要だろ」


「そうだけど!」


有本は腕を組む。


「じゃあ八時!」


「それだと開店前に間に合わない」


「じゃあ七時四十五分!」


「中間を取る意味ある?」


「あるよ!」


千代田が時計を見る。


「七時半なら、かなり余裕あるね」


「千代田、そこ肯定するんだ……」


「遅れるよりいいでしょ」


「うわー」


有本が頭を抱える。


「二人とも真面目すぎる」


「じゃあ有本は何時がいいの?」


中村が聞く。


「八時!」


「戻った」


「だって眠いもん!」


千代田が笑う。


「じゃあ七時半でいいんじゃない?」


「なんで!?」


「今の話を聞いてると、七時半が一番現実的だから」


「千代田まで主催者側についた!」


「私は合理的なだけ」


中村は笑いながら手を上げる。


「じゃあ七時半」


「えー」


「その代わり」


中村は少し考えてから続ける。


「遅れても怒らない」


有本が顔を上げる。


「お」


「ただし、遅れた人は朝ご飯を奢る」


「撤回!」


有本が即座に叫んだ。


「そのルールは撤回して!」


「なんで?」


「朝ご飯奢るくらいなら早起きする!」


千代田が吹き出す。


「じゃあ決まりだね」


「決まりなの?」


「うん」


千代田は笑っている。


「有本が自分から早起きするって言った」


「しまった……」


有本が額を押さえる。


「言質取られた」


「主催者として記録しておきます」


中村がスマホを取り出す。


「やめて!」


有本が手を伸ばす。


「証拠を残すな!」


三人の笑い声が廊下に響いた。

しばらくして笑いが落ち着くと、千代田がふと窓の外を見る。


「日曜、晴れるかな」


「天気?」


中村も窓を見る。


「晴れてほしいね」


「雨だったら?」


有本が聞いた。


「中止?」


中村は少し考える。


「いや」


「え?」


「雨なら雨で、行けばいいんじゃない?」


二人が中村を見る。


「せっかく三人で予定合わせたんだし」


千代田が小さく笑った。


「……それ、いいね」


有本も頷く。


「雨の遠足ってのも、なんか青春っぽいし」


「ただし」


千代田が指を立てる。


「傘は持ってくること」


「それは当然だよ」


「あと、濡れて風邪引いたら」


千代田が中村を見る。


「主催者失格」


「厳しいなぁ」


「当然」


有本も頷く。


「三人とも元気に帰るまでが遠足だからね」


その言葉に、中村は少しだけ笑った。


「……うん」


窓の外を見る。

夕方の空は、まだ明るい。

日曜の朝は、少し先だ。


それなのに。

もう、その日の景色が頭の中に浮かんでいた。


まだ人の少ない駅前。

開店前のショッピングモール。


三人で歩く道。

途中で見つけた店に寄り道して。

何かを食べて。

くだらないことで笑って。


疲れたら休んで。

最後は、ちゃんと帰る。

そんな普通の一日。


でも、中村にとっては。

きっと普通ではない。


「じゃあ、日曜」


中村が言った。


「七時半、駅前」


「了解」


有本が手を上げる。


「遅刻したら朝ご飯奢り」


「それまだ採用なの?」


「採用」


千代田が即答する。


「二対一だから」


「えー!」


有本が笑う。


「じゃあ中村も遅刻したら?」


「僕?」


「そう」


有本がニヤッとする。


「主催者だから、一番高い朝ご飯」


「理不尽!」


「主催者でしょ?」


「そうだけど!」


三人の笑いが、また廊下に広がった。

中村も笑っていた。


そして、ふと思う。


 ――これでいい。


完璧じゃなくていい。

予定通りじゃなくてもいい。

自分一人で全部やらなくてもいい。


三人で行って。

三人で笑って。

三人で帰る。


それだけでいい。


「中村」


千代田の声がした。


「ん?」


「日曜さ」


千代田は少しだけ視線を落とした。


「……ちゃんと楽しもうね」


中村は少し驚いた。

でも、すぐに笑った。


「うん」


有本も二人を見る。


「じゃ、決まり!」


そして、明るい声で言った。


「朝活遠足!」


中村は二人を見る。


「行って帰るまでが遠足」


「そうそう」


「うん」


三人の声が重なった。

まだ日曜日は来ていない。


でも、

三人がその約束をした瞬間から。


もう、遠足は始まっていた。

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