消したメッセージ
あの、有本とのデートのような時間のあと。
中村は、理由をうまく説明できないまま、ショッピングモールを後にした。
なんとなく、寂しくなった。
それだけだったはずなのに、足は自然と早足になっていた。
いままで考えてきたプランが、音もなく崩れ落ちた瞬間だった。
楽しくなかったわけじゃない。
むしろ、楽しかった。
それなのに、別れた途端、胸の奥にぽっかりと空洞ができたような気がした。
そうか――。
有本がいないショッピングモールって、
ここって、こんなに寂しい場所だったんだ。
人の多さも、店内に流れる音楽も、
さっきまでとはまるで違って見える。
にぎやかなはずの空間が、急に自分だけを置き去りにしたみたいだった。
なーんて。
そんな勝手な想像を巡らせながら、
中村は一人、出口へ向かった。
***
ショッピングモールで中村と別れたあと、
有本は家族とファミレスに立ち寄っていた。
席に着いて、ドリンクバーから戻りながら、
何気ない調子で、中村との出来事を話す。
どこを回ったか、何を見たか。
一緒にプレゼントを選んだことも、全部。
話し終えると、
お母さんは終始にこにこしていて、
お父さんは、なぜか横を向いたままだった。
そして、不意に。
「そうか」
短い一言とともに、父は小さくうなずいた。
有本は、思わず首を傾げる。
――なに、その「同じ男にしかわからない」みたいなリアクション。
少しだけ引っかかったけれど、
深く考えるほどのことでもない。
まあ、いいや。
有本はそうやって、その話題を流した。
***
夜になって、中村はひとり考えていた。
――あれ、あの子、同じ学校の……?
一瞬浮かんだ疑問に、すぐ自分で首を振る。
違うよな。たぶん。
でも、いや、ちょっと待てよ。
もし同じ学校の子だったら、
少しは情報があったりするんじゃないか。
マンガやゲームの好みなら、だいたいわかっている。
でも、有本のことは、意外なほど知らない。
どうなのかなー。
また誘えるようなきっかけ、あるのかなー。
プレゼント代はおごってみたけど、
反応は、悪くもなく、特別良くもなかった。
せっかく次のゲームのために、
こつこつためておいた資金だったけど。
……まあ、いいかな。
これが、僕の生き方だ。
そう言い聞かせるように心の中で呟きながら、
中村は天井を見つめ続けていた。
***
有本は、無事に友達へ、あの誕生日プレゼントを渡すことができた。
包装を解いた瞬間の相手の表情を見て、胸の奥で小さくガッツポーズをする。
喜んでくれた。
それだけで、今日はもう合格だ。
おっけー。
ミッション完了。
結果的に、少しだけお金が浮いた。
プレゼント代として用意していた分――カラオケ代、になるのかな。
とはいえ、まだ使ってはいない。
せっかくだし。
また、あの子をカラオケに誘っちゃおうかな。
そんな軽い気持ちで、
スマホをポケットに仕舞い、
家に帰ったった。
***
ーーそして今。
有本は――怒っていた。
本気で。
スマホの画面を睨みつけながら、思わず声が出る。
「なんで! この曲は! こんなに! 難しいの!」
指は動いている。
反応も悪くない。
序盤は、むしろ調子がいい。
フフフ……。
何をやっているかって?
これは、いわゆる「音ゲー」だ。
結構進んで、いいところまでは行く。
なのに。
――この組み合わせ、何?
何がしたいの?
指の動きと視界が、微妙に噛み合わない。
絶妙に意地の悪い配置。
――「パーフェクト」取らせる気、
ないでしょ、これ。
「あー、また!」
コンボが切れる。
「手が追いつかないっての」
画面を軽く指先で叩きながら、
思わず悪態が漏れる。
「誰だよ、こんなの作ったの……」
でも、やめない。
「あーもう。もう一回!」
文句を言いながら、
迷いなくリトライを押す。
***
その頃、中村は、別のことを考えていた。
ショッピングモールでの、あの行動。
家族が仲がいいというのは、いいことだ。
すばらしい。
本当に、そう思う。
そして……
僕は、一人になった。
……なんてな。
笑えない。
やっぱり、女の子が考えることって、よくわからないなぁ。
そもそも、この学校は女子が少ない世界だ。
情報が、圧倒的に限られている。
あのモールで見かけた子。
違う子だったけど、どこか似ていた。
あの子なら、
有本のことを何か知ってるかもしれない。
たしか、あのとき……
LINE、交換してたよな。
たしか……
千代田って名前だった。
***
「どうだ! どうだ! どうだ! どうだ!」
有本は、画面に向かって声を上げる。
「私にかかれば、こんなもんよー!」
指が軽やかに動く。
「できる子なのよ、私はね」
「あー、今のは神だったわ」
完璧に近い流れ。
一瞬、すべてが噛み合った。
「神、下りてきた、私に」
この感覚を、忘れる前に。
「もう一回」
「おっけー、もう一回、パーフェクトいっちゃおう!」
***
中村は、スマホを手に取っていた。
これだ。
えっと……メッセージで、なんて書く?
格好つけても、しょうがない。
相手は千代田だしな。
変に取り繕うより、
そのままでいい。
ああ、とりあえず……
こんな感じでいいか。そう思って、
中村は、文字入力画面に指を落とした。
中村は、スマホを握ったまま、
しばらく画面を見つめていた。
「女の子にメッセージ打つんだしな、
失礼の内容に……っと」
深呼吸してから、指を動かす。
――突然でびっくりするだろうな。
でも、今聞かなきゃ、たぶんもっと拗らせる。
「突然ごめんね、ちょっと聞きたくて」
送信。
一拍置いて、既読がつく。
「何? びっくりした。LINE交換してたね、
そういえば」
ああ、そうだった。
その程度の距離感。
中村は直ぐに話題を切り出す。
「千代田は、有本と仲良かったよね?」
少しだけ、核心に近づく。
「うーん、いつも一緒ってわけじゃないけど」
即答ではない。
でも、含みもない。
「ああ、そこまででもないんだ」
「でも、女子少ないから、もちろん友達だよ」
なるほど。
特別でもないけど、無関係でもない。
「でも、まあ知り合い……って感じなのかな」
「そうねー、そっちの方が合ってるかも」
文字を追いながら、中村は思う。
千代田は、言葉を選ばない。
でも、嘘もつかない。
ここからが、本題だ。
「ごめん、文字入力苦手なんだよね…」
中村は送信した。
一瞬、間があく。
「返信遅くて申し訳ないからさ、今、通話できる?」
送った直後、
――言い過ぎたか?
と、思った。
「ちょっと!…本気で言ってる!?」
文字なのに千代田の焦りが読み取れる。
やっぱり突然は駄目かー。
驚くよな。
直ぐに追加で送信。
「うん。ダメならいいけど」
逃げ道は残す。
「いや、まぁ、ちょっと待ってよ。
ここじゃ、あれだから…移動する」
その一文で、肩の力が少し抜けた。
「オッケー、了解」
これは送信に迷う事はなかった。
数分なのか、十数秒なのか。
体感時間は、やけに長い。
「はい、良いよ」
短い返事。
それだけで、なぜか緊張が増す。
「お言葉に甘えてと…」
受話器のアイコンをタッチ。
そして千代田との通話が繋がる。
「改めまして、こんばんは」
中村はわざとらしく丁寧な挨拶をする。
「あ、こんばんは。なに?礼儀正しいじゃん」
その一言で、少し救われる。
「相談に乗ってもらうんだしさ」
そして、言葉を選びながら。
「そんで、あの……有本ってさ、
彼氏とかいるのかな?」
一瞬の沈黙。
「彼氏? 聞いたことないなぁ」
心臓が、ほんの少し軽くなる。
「聞いたことないか。あの感じだもんね」
「彼氏とか情報って回るの早いからさ、
いたらすぐわかるよ」
確信を持った言い方だった。
「特定の人と一緒にいるところも、見たことない?」
「偏りなく、誰とでも仲いいって感じだけどね、
あの性格だし」
なるほど。
有本らしい。
「だよなー。スカッと抜けるような気楽さっていうの?」
「で、いつから気になってるの?」
核心を突かれて、言葉が詰まる。
「え、なんの話? 言ってることわからないなー」
自分でも苦しい言い逃れだと思った。
「ふーん」
千代田の声に、少しだけ笑いが混じる。
「まあ、望み薄いと思うけど、頑張ってね」
その言葉が、胸に引っかかる。
「なに、『頑張ってね』って」
「じゃあねー」
通話が切れる。
「はいよー……って」
スマホを下ろして、中村は息を吐いた。
そうだな。
頑張らなきゃだな。
ちょっと、勇気を出して、
ちゃんと、伝えてみるか。
不思議なことに、
千代田に相談したら、少し落ち着いていた。
答えは出ていない。
でも、逃げたい気持ちは、少しだけ薄れていた。
静かな部屋で、
中村はもう一度、スマホを握り直した。
***
「うっひょー、私天才」
有本は画面に向かって、思わず声を上げた。
指は軽やかで、テンポもいい。
「あれ、おっとっと」
コンボが続く。
視界の端で、スマホの通知が光った。
「中村からLINE?」
画面をちらっと確認する。
「『今、通話できるかな?』」
少しだけ考えて、すぐに結論を出す。
「今忙しいから、あとでねーっと」
相手に届かない口頭での返し。
内心では焦りも迷いもない。
今は、これだ。
メッセージを返す時間さえ、惜しい。
「よっしゃー!」
テンポよく指を叩く。
「トントントーン!」
「おっけー!」
成功の余韻に、満足そうに息を吐いた。
***
結局、あれから通話することはなかった。
中村は、スマホを伏せたまま、天井を見上げていた。
何をしているのか。
気にならないと言えば、嘘になる。
でも、ここまで来てLINEっていうのもな……。
やっぱり、気持ちは直接言うべきか。
いきなり通話っていうのは、
そもそもメッセージも返ってきていないし。
もう一回、メッセージを打つ?
……くどいか。
「『しつこい人って苦手なんだよね。バイバイ』」
そんな有本の言葉が返ってくる光景を、
勝手に想像して、ひとりで苦笑する。
あー、どうしたらいいんだ。
……あ。
千代田に、また聞いてみるか。
そう思った直後、
ふと、別の考えが浮かぶ。
あ、やっぱり。
さっき有本に送ったLINE、
削除しておこう。
画面を操作して、履歴を消す。
***
「はぁー。ここまで頑張ってこれか」
有本は、スマホを置いて大きく息を吐いた。
「私も、まだまだだな」
そのタイミングで、家の中から声がかかる。
「はぁーい、なにー?」
返事をしながら、立ち上がる。
「あー、お風呂ね、わかった!」
少し名残惜しそうに画面を見てから、
「お風呂入ってこなきゃだわー」
「リベンジは、また今度」
そう言い残して、部屋を出た。
湯船につかって、
有本はゆっくり息を吐く。
「はぁ……」
――ちゃぷ。
少し、水音。
さっきの曲、やっぱり難しかったな。
でも……。
「中村なら、ああいうの好きそう」
自然と、名前が浮かぶ。
「……今度、このゲーム、勧めてみるか」
たぶん、ハマる。
あの人、変なところで凝るし。
そういえば。
あのマンガも、
なんとなく好きそうな気がする。
「……なんで、思い出してるんだろ」
自分で不思議に思って、
小さく笑う。
「フフッ……まあ、いいか」
面白いものは、共有したいだけ。
「……うん。それだけ」
ふと、思い出す。
「あ、そういえば……中村からLINE来てたな」
あとで見ようと思いながら、
特に深く考えずにいた。
「……あれ、削除されてる」
履歴を確認して、首を傾げる。
「まあ、いいか」
「そのうち、聞いてみよう」
***
結局、夏休みに入ったけれど。
あの削除されたメッセージの真相は、
聞かれないまま、日々は過ぎていった。
一方で、中村も。
夏休みの間、
有本と会うことはなく、
二回目のデートをすることもなかった。
とはいえ。
なんとなく、
千代田に相談することだけは、続いていた。
そして、夏休みが終わり、二学期。
何も起きないまま、
季節は、いつも通り、過ぎて行った。
――何も起きなかったようで、
確かに、何かが残ったまま。




