### 第11話:降臨する聖域、あるいはバチカンの鎌
### 第11話:降臨する聖域、あるいはバチカンの鎌
大宮の地下宮殿を貫いた黄金の光は、単なる照明弾や魔術の類ではなかった。それは、物理的な「壁」そのものを概念的に消失させる、圧倒的な法力の奔流だ。
崩落した天井の向こう、夜空に浮かんでいたのは、巨大な「光の十字架」を背負った機械仕掛けの天使像――バチカン直属、聖遺物回収班『サンクチュアリ』の先遣隊であった。
「……空気が、薄くなったな」
霧崎は刀を鞘に収めることなく、上空の光を見据える。
先ほどまで彼を圧倒していた九条の『叢雲』さえも、その光を浴びて不快そうに震えている。
『迷える極東の適格者たちよ。その「呪われた鉄屑」を捨て、審判を受けなさい』
光の中から、一人の男がゆっくりと降りてきた。
純白の法衣に身を包んでいるが、その両腕は肩から先が銀色の機械義肢に置換されている。義肢がカチリと音を立てると、虚空から身の丈を越える巨大な「鎌」が顕現した。
「聖遺物、管理番号77番――『死の嘆き(デス・ミゼレレ)』。バチカンの執行官、ラファエルだ」
「バチカンの狗が、日本の霊脈に何の用だ。ここは、お前たちの神が統治する土地じゃない」
九条が叢雲の刃を向ける。だが、ラファエルは憐れむような笑みを浮かべ、巨大な鎌を無造作に一閃させた。
――キィィィィィン!!
九条の因果切断と、ラファエルの聖遺物が衝突する。
地下空間の酸素が一瞬で燃え尽き、真空の衝撃波が周囲の計器類を粉々に粉砕した。九条が数メートル後退し、顔を歪める。
「因果の書き換えが……効かない!? 攻撃が『確定』した後に、無理やり法で上書きされているのか……!」
「我らが主の御前では、因果などという瑣末な理は通用しません。法が『死ね』と言えば、宇宙は死ぬのです」
ラファエルが鎌を振り上げ、次は霧崎へと矛先を向けた。
「そして零番目。エントロピーの制御という『神への冒涜』を続ける貴様こそ、真っ先に浄化されるべき異端だ」
鎌が振り下ろされる。
それは物理的な軌道を持たない。鎌が動いた瞬間に、霧崎の心臓が「切断されるという結果」だけが固定される、聖遺物特有の絶対律。
だが。
「……法だの何だの、うるさすぎるんだよ」
霧崎は動かなかった。
ただ、彼の足元から漆黒の霧が立ち昇り、彼自身の姿を「曖昧」にした。
鎌の刃が霧崎の胸を通り抜ける。しかし、手応えはない。血も流れない。
「……なっ!? 『確定』した死を回避しただと!?」
「お前の法が『俺を殺す』と決めたとしても、そこに『俺という存在』がいなければ意味がない。……お前の目は、温度がない世界が見えないらしいな」
霧崎の姿が実体化する。
彼はラファエルの鎌の柄を、素手で掴んでいた。
その瞬間、銀色の機械義肢がパキパキと凍りつき、法衣が脆い紙細工のように砕け始める。
「お前の法は『秩序』だ。だが、俺が司るのは『沈黙』だ。……神の言葉も、凍りつけばただのノイズだ」
「あ、あああ……っ!? 私の聖遺物が、沈黙していく……!?」
ラファエルの瞳に、初めて恐怖の色が走った。
霧崎が力を込めると、聖遺物であるはずの巨大な鎌が、根元から真っ黒な氷の塊となって崩壊した。
「九条、勘違いするな。お前との決着はまだだが……今は、この『外来種』を追い出すのが先だ」
霧崎が九条を横目で見ると、九条は不敵に笑い、叢雲を構え直した。
「フン、珍しく意見が一致したな。関東を汚すのは、私一人で十分だ」
東京のバグ、東日本の支配者。
本来決して相容れない二人が、世界からの侵略者を前に、一時的な共闘の構えを見せる。
大宮地下宮殿、崩壊のカウントダウン。
アジア編の幕開けを告げる「聖戦」の第一撃が、今、放たれようとしていた。
(続く)




