### 第10話:東日本の支配者、あるいは玉座の空虚
### 第10話:東日本の支配者、あるいは玉座の空虚
砕け散った鋼鉄の破片が、磨き抜かれた床の上を滑っていく。
その最奥、大宮の地下宮殿の心臓部。
議事堂の円形ホールには、関東を支配する「東日本統一議会」の重鎮たちが並んでいる……はずだった。
だが、霧崎の目に映ったのは、静寂だった。
並べられた豪華な椅子。そこには誰もいない。ただ中央の、最も高い位置にある玉座にだけ、一人の男が深く腰を下ろしていた。
白いスーツを隙なく着こなし、膝の上には一本の「鞘」を置いている。
男の名は、**九条 厳馬**。
かつて東京の「都刀戦」を影で支えたフィクサーであり、現在は関東全域の霊脈を管理する議会の長。
「……遅かったな、霧崎。四神の接待は少々、退屈すぎたか」
九条はゆっくりと立ち上がる。
彼が動くだけで、大宮地下の広大な空間に満ちていた「霊液」が、共鳴するように激しく波打った。
「議会の連中はどうした。逃がしたのか?」
「いや。もう必要なくなった。関東の霊脈を『東日本』から『アジア』へ繋ぐためのプラグ(……)として、彼らには先ほど龍脈の底に沈んでもらったよ。……おかげで、この刀もようやく目を覚ました」
九条が膝の上の鞘を抜く。
現れたのは、都刀であって都刀ではない、異形の長刀。
刀身には血管のような紅い筋が走り、周囲の空気を吸い込むように拍動している。
「――都刀・零型『叢雲』。……東京の適格者たちが必死に奪い合っていた十二本の雛形となった、真の『都』の意思だ」
「……それが、お前の切り札か」
霧崎は刀を構える。
これまで対峙してきた準都刀や四神とは、次元が違う。その刀から放たれる気配は、一都市どころか、日本列島そのものの重みを背負っているかのようだった。
「霧崎。お前はエントロピーを操ると言ったな。だが、この『叢雲』が操るのは、因果そのものだ。お前が温度を奪おうとする『結果』さえも、振るわれる前に切り落とす」
九条が踏み込む。
音も、予備動作もない。
ただ、九条がそこに「存在した」という事実が、霧崎の眼前で「切り裂かれた空間」へと置換される。
――ガギィィィィン!!
霧崎の無銘の刀と、叢雲が真っ向から激突した。
衝撃波だけで、議事堂の壁が全壊する。
霧崎の周囲数メートル、絶対零度の防壁が展開されているが、九条の刃はその「停止した空間」を強引にこじ開けて侵食してくる。
「どうした、零番目! お前の『無』は、この国の『意志』に勝てるのか!」
「……意志だの、国だの。……お前の言葉は、重すぎて反吐が出る」
霧崎は、敢えて防御を捨てて前に出た。
叢雲の刃が霧崎の肩を裂く。だが、そこから流れる血は赤くない。流れた瞬間に「黒い氷」へと変わり、九条の刀身へと絡みついていく。
「な……肉体を、触媒にしたか!?」
「お前が『因果』を切るなら、俺はその『因果が流れる時間』そのものを凍結させてやる」
霧崎の左手が、九条の胸元を掴んだ。
瞬間、二人の周囲の景色が反転する。
大宮の地下宮殿が、一瞬にして「色彩のない、極寒の荒野」へと変貌した。
霧崎が展開した、彼の心象風景そのもの――『絶止世界』。
「ここでは、どんな『意志』も動かない。……九条、お前と一緒に、関東の野望ごとここで眠れ」
霧崎の刀が、蒼い閃光を放つ。
九条の叢雲が因果を書き換えようと脈動するが、それを上回る速度で、霧崎の「停止」が世界を塗り潰していく。
だが。
勝負が決しようとしたその時。
二人の間に、天井を突き破って「黄金の光」が降り注いだ。
『――そこまでにしておきなさい。日本の適格者たち』
上空から響く、荘厳な声。
霧崎と九条が同時に顔を上げると、そこには翼を広げた「何か」が、大宮の空を埋め尽くしていた。
それは刀ではない。
それは適格者でもない。
海を越え、大陸のさらに先――「西欧」から送り込まれた、第一の**聖遺物**。
「……ちっ、予定より早い。……『バチカン』の介入か」
九条が忌々しげに吐き捨てる。
関東編、クライマックス。
それは東日本の統一を意味するものではなく、世界という名の「本当の戦場」への扉が開かれた瞬間だった。
(続く)




