### 第9話:魔都大宮、あるいは氷川の地下宮殿
### 第9話:魔都大宮、あるいは氷川の地下宮殿
空間の歪みを抜けた先、霧崎を待っていたのは夜の静寂ではなく、眩いばかりの光と人工的な喧騒だった。
そこは大宮氷川神社の広大な敷地のさらに直下、深度数百メートルに位置する巨大なジオフロント。関東全域から吸い上げられた龍脈のエネルギーが、巨大な円筒形の水槽に「霊液」として蓄えられ、青白く発光している。
「……ここが東日本の心臓部か。随分と趣味の悪い改築をしたものだ」
霧崎の目の前には、近未来的な研究施設と古風な社の様式が混ざり合った異様な光景が広がっていた。そこでは、白衣を着た研究員たちが「準都刀」の量産ラインを監視し、スーツ姿の適格者たちが端末を手に忙しなく動き回っている。
「侵入者だ! ゲートから『零番目』が現れたぞ!」
警報が鳴り響く。
だが、霧崎は止まらない。
彼が床を一歩踏み出すごとに、高度に管理されていた地下施設の温度が数度ずつ低下していく。空調システムが異常を検知し、警告音を発するが、その機械音さえも凍りついていく。
「どけ。俺の用は、この『箱庭』を作った飼い主だけだ」
通路を塞ごうとした警備兵たちの銃口が、霧崎が指を鳴らすと同時に凍結して破裂する。破片を浴びて倒れる男たちを視界にも入れず、霧崎は最奥の「審議会場」へと歩を進める。
その時、広大な吹き抜けの空間に、鈴を転がすような笑い声が響いた。
「朱雀まで一蹴するなんて、やっぱりあなたは『東京のバグ』なのね」
天井から、ひらりと一人の少女が舞い降りた。
見た目は十四、五歳。ゴシック調のドレスを纏い、背中には巨大な玄武岩の盾を背負っている。
「四神が最後の一柱、北方の『玄武』――本名、北条しずくよ。おじさん、ここで止まってくれないかな? これ以上進むと、議長が怒っちゃうから」
「子供か。四神の層も薄くなったな」
「子供だと思って舐めると、一生出られない『殻』の中に閉じ込めちゃうよ?」
少女が地面を叩くと、床のタイルが一変して液状化し、そこから巨大な「蛇」の形をした水の激流が霧崎を飲み込もうと襲いかかる。
「北方守護、水の権能――『永久凍土の檻』!」
少女が放ったのは、単なる水ではない。触れたものを瞬時に分子レベルで固定する、超高密度の重水だ。霧崎の得意とする「凍結」と同じ性質を持つ攻撃。
だが。
「……同じ属性で挑むなら、より深い『深淵』を知っている方が勝つ」
霧崎は、迫りくる水の蛇を正面から素手で掴んだ。
通常、触れた瞬間に凍りつくはずの重水が、霧崎の手に触れた瞬間、逆に「蒸発」し始めたのだ。
「えっ……熱!? なんで、おじさんの手から熱が……!?」
「言ったはずだ。俺はエントロピーを制御する。冷気を作るために奪ったエネルギーは、別の形で放出できる。……例えば、お前の水分を全て『沸騰』させる熱量としてな」
霧崎の周囲の空気が激しく歪み、赤い熱気が渦巻く。
冷酷な氷の死神が、一転して、全てを焼き尽くす焦熱の化身へと変貌した。
「――逆転・焦土」
霧崎が踏み込むと、少女が展開していた水の檻が一瞬で爆発的な水蒸気爆発を起こし、地下空間を真っ白な霧で埋め尽くした。
「あ、あついっ……! なにこれ、もう意味分かんない……!」
少女が盾を構えて防御するが、霧崎はその霧の中から音もなく現れ、彼女の額に指先を突き立てた。
「……寝ていろ。次はない」
指先から放たれたのは、熱でも冷気でもない。脳内の電気信号を完全に一時停止させる「情報の凍結」。少女は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
霧崎は少女を跨ぎ、ついに議事堂の巨大な扉の前に立つ。
その扉の奥からは、関東、そして世界を裏から操ろうとする「東日本統一議会」の真の支配者の気配が漏れ出していた。
「開けろ。……冬が来たぞ」
霧崎が扉に手をかけると、鋼鉄の大扉が、霜に負けて脆くなった陶器のように、粉々に砕け散った。
(続く)




