### 第8話:深淵の門、あるいは地下駐車場の業火
### 第8話:深淵の門、あるいは地下駐車場の業火
白虎を粉砕し、海軍道路の地下駐車場――その三層目へと降り立った霧崎を待っていたのは、冷たいコンクリートの静寂ではなく、肌を焼くような重苦しい熱気だった。
非常用照明が明滅し、スプリンクラーから漏れ出した水が床でジュウジュウと音を立てて蒸発している。
駐車場の最奥。そこには、空間が泥のように歪んだ「門」が口を開けていた。大宮の霊脈へと直通する空間の断裂。だが、その門の前に、一人の大男が立ち塞がっていた。
「白虎の奴、随分と呆気なく散ったものだな。所詮は大陸から流れてきた借り物の牙よ」
男は上半身裸の巨躯に、火傷のような赤い刺青を幾重にも彫り込んでいた。
彼が吐き出す息そのものが、陽炎となって空間を歪めている。
「四神が一人、南方を司る火の守護――『朱雀』だ。……零番目、お前の氷でこの『火床』が冷やせるか?」
「四神……。一晩に二柱も相手にするのは、少々退屈しのぎが過ぎるな」
霧崎は刀を構えず、ただゆっくりと歩を進める。
朱雀がニヤリと笑い、地面に拳を叩きつけた。
「――『炎獄回廊』!!」
床のコンクリートが真っ赤に溶け、そこから巨大な火柱が龍のように噴き出した。
地下空間は一瞬にして巨大なオーブンへと変貌する。酸素が急速に消費され、並みの人間なら呼吸すらままならない極限状態。
霧崎の足元まで迫る溶岩の奔流。
だが、霧崎が右手を横に一閃すると、迫りくる炎が凍りついたわけでもなく、ただ「立ち消えた」。
「何……!? 吹き消しただと?」
「言ったはずだ。俺はエントロピーを制御している。……お前の炎は、エネルギーの過剰放出だ。ならば、その『放出』という現象そのものを停止させれば、火はただの光に還る」
「理屈はもういい! ならば、この『純粋な暴力』はどうだッ!」
朱雀の背後から、巨大な炎の翼が展開された。
男自身が一個の恒星と化したかのような、凄まじい熱量。彼はその翼を羽ばたかせ、音速に近い速度で霧崎へと肉薄する。
激突。
朱雀の燃え盛る拳と、霧崎の鞘に納まったままの刀が交差する。
衝撃波で地下三階の柱が次々と折れ、天井が崩落し始めた。
「死ねッ! 溶けろッ!!」
「……熱すぎるな」
霧崎の瞳が、深く、静かな蒼に染まる。
彼は朱雀の拳を左手で受け止めた。肉と炎が触れ合う嫌な音が響くが、霧崎の掌からは冷気ではなく、漆黒の「虚無」が溢れ出していた。
「――『万象停滞・黒氷』」
朱雀の炎が、瞬時に「黒い結晶」へと変化し始めた。
それは冷たい氷ではない。熱エネルギーそのものを「凍結」し、情報の伝達を遮断する、宇宙の熱的死を体現した攻撃。
「が、あ……!? 俺の炎が……喰われていく……!? 腕が、腕の感覚が……!」
「お前の炎は、生を謳歌する熱だ。だが、俺が扱うのは、全てが終わった後の『無』だ。……どちらが上か、比べるまでもないだろう」
霧崎が力を込める。
黒い氷は朱雀の腕を伝い、瞬く間にその巨大な身体を侵食していった。
朱雀は絶叫しようとしたが、その声さえも空気の振動を止められ、氷の中に封じ込められた。
崩落する地下駐車場。
完全に沈黙した朱雀の残骸を背に、霧崎は歪んだ門の中へと足を踏み入れた。
「大宮、か」
光の中に消えていく霧崎の背中。
門を抜けた先。そこは、関東全域の霊脈を束ねる「大宮氷川神社」――そして、その地下に築かれた、適格者たちの魔都だった。
東日本騒乱編、第一の山場。
霧崎はついに、この騒乱の心臓部へと辿り着く。
(続く)




