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『十二都刀戦(じゅうにととうせん)』  作者: じょんどぅ


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### 第5話:不夜の霊地、あるいは町田・古淵の境界

### 第5話:不夜の霊地、あるいは町田・古淵の境界


 相模原の廃墟を越え、霧崎の足跡は町田市との境界――境川を跨ぐ橋へと至る。

 この付近は、かつてシルクロードならぬ「絹の道」と呼ばれた物流の要衝だ。古くから人の往来が激しい土地には、それだけ澱んだ感情と霊気が溜まりやすい。


 橋の中央。そこには、一人の女が立っていた。

 和服の上に分厚い毛皮のコートを羽織り、夜の闇には不釣り合いな真紅の蛇の目傘を差している。


「……随分と手荒な挨拶ね、霧崎。私の可愛い『捨て駒』たちを、あんな風に壊しちゃって」


 女が傘を傾ける。その顔には、禍々しいまでの美しさと、人間味の欠落した無機質な笑みが浮かんでいた。


「その声……無線越しの女か」


「名乗るほどのものではないけれど、議会では『紅葉くれは』と呼ばれているわ。大宮へ向かうあなたの『通行手形』を検品しに来たの」


 紅葉が指先で虚空をなぞる。

 途端、穏やかだったはずの境川の水面が猛烈に沸騰し始めた。

 水蒸気が霧崎を包囲し、先ほどまでの極低温の世界を、一瞬にして肌を焼く「熱地獄」へと塗り替えていく。


「あなたの刀は『熱』を奪う。けれど、奪いきれないほどの熱量を与えられたらどうかしら?」


 紅葉が蛇の目傘を閉じ、それを槍のように突き出した。

 傘の先端から放たれたのは、圧縮された超高温の水蒸気。レーザーのような破壊力を秘めた一撃が、霧崎の頬を掠める。


 じり、と霧崎の皮膚が焼ける音がした。


「……なるほど。単なる火術じゃないな。土地の龍脈から直接、マグマの熱を引き出しているのか」


「察しがいいわね。今の関東の霊脈は、私たちが埋め込んだ『杭』によって熱暴走を起こしている。あなたの氷が勝つか、私の熱が勝つか……楽しい死に比べをしましょう?」


 霧崎は、焼けた頬を指で拭い、ゆっくりと刀を抜いた。

 だが、その刀身からは冷気が出ていない。逆に、周囲の熱を吸い込むように、刃が赤黒く変色していく。


「勘違いするな。俺の刀は『氷』を出すための道具じゃない」


 霧崎が静かに構えを解き、無造作に歩き出す。

 紅葉は再び熱線を放つが、霧崎はその熱線を、あろうことか「素手」で掴み、そのまま握りつぶした。


「……なっ!? 手を焼かずに熱を……?」


「『エントロピーの制御』。それが俺の力の正体だ。お前が熱を上げれば上げるほど、俺はそれを『燃料』として、より絶対的な零度を作り出せる」


 霧崎の足元から、黒い霜が広がる。

 それは氷というよりも、存在そのものが停止した「死の領域」。


「一話で言ったはずだ。更地にする、と。それは物理的な意味だけじゃない」


 霧崎の姿が、熱の陽炎に溶けるように消えた。

 紅葉が慌てて傘を広げ、防壁を展開しようとするが――遅い。


「――『零度・点火ゼロ・イグニッション』」


 霧崎が紅葉の背後に現れ、彼女のコートに軽く触れる。

 爆発的な熱量が、瞬時にマイナス273度の静寂へと反転した。

 「熱すぎる」と「冷たすぎる」が極限で衝突し、空間そのものが悲鳴を上げて軋む。


「あ、あああああぁぁ!!」


 紅葉の叫びと共に、彼女が支配していた熱地獄が、一気に氷結の爆発へと変わった。

 境川の水面は一瞬で底まで凍りつき、沸騰していた水蒸気は美しいダイヤモンドダストとなって夜空に舞う。


 爆心地に立っていた紅葉は、蛇の目傘を握ったまま、膝をついていた。

 その右半身は完全に氷に閉ざされ、美しい顔の半分には痛々しい霜の紋様が刻まれている。


「……殺さないのか、私を」


「通行手形はもらった。……大宮の奴らに伝えておけ。お前たちが龍脈に打ち込んだ『杭』、俺が一本ずつ引き抜いて、全部お前らの心臓に刺し戻してやる」


 霧崎は一度も振り返ることなく、凍りついた境川を歩いて渡り、ついに東京を脱出した。

 そこから先は、神奈川の大和・座間へと続く激戦区。

 関東編の本当の地獄が、今、幕を開ける。


(続く)

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