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星の降る夜に、僕は何を願うのだろうか  作者: 大澤陸斗
星の降る夜に僕は何を願うのだろうか・下(少年編)
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第五章「魔法剣士」3

 みんなが死んだ後のことを僕はあまり覚えていない。馬もめちゃくちゃに殺され、後ろから礫が飛んでくる中、自分の足で歩いた。


 僕一人だけ、星の子の加護で生き残ってしまったのだ。


 僕にだけ弾が当たらないなんて、そんなことが起こるはずがない。リオラが直接弾を制御したのかは、定かではない。だが、また城の地下から不思議な力を働かせたのだろう。


 僕は敵の矢が当たったことも鉄砲の球が当たったこともない。魔力を失い倒れても必ず生存してしまうのだ。どんなに希望が持てない状況でも絶対死なない。仲間は死んでしまうというのに。


 ——ふざけている。


 死んではいけない人間は僕以外にもいる。なのにどうして……。


 考えたところで僕の求める答えが出るわけがなかった。答えはもうとっくのとうに出てしまっているのだ。答えは僕が星の子の最後を見送る見送り人であるから。たったこれだけで全て片付けられてしまう。 


 僕の周りの戦友は見送り人ではないから——。だから犠牲になったんだと。


 僕は放浪するように歩いた。仲間の声はもう聞こえてこない。


 なのに、仲間の叫びは頭の中で繰り返されている。言葉にならない絶叫だ。もうおかしくなりそうだ。


 ふらつく足で陣営に続く丘の斜面を登った。陣営の入り口に誰か立っている。


「戦が終わったと聞いて来てみれば、何だその有様は。帰ってきたのは、ロドリゲスただ一人。他の者はどうした?」


 いま最も聞きたくない声だった。総士官リアム・ファージルのやけに俯瞰した声。リアムは一際目立つ甲冑を身に着けていた。後衛の安全なところで、ただ戦が終わるのを待っていたこの男に説明をしても無駄だ。


「みんな戦死した。ただ、それだけのことだ」


「ただ——、それだけ?」


 リアムはわざとらしく失笑する。


「おいおい。貴様が負けないと豪語したから、前衛を任せてやったんだぞ。その対価がなんだ。魔法剣士十九人を失い、生還したのが貴様だけであると。これから先の防衛をどうするつもりだ」


 僕とリアムの間にモーゼスが入った。モーゼスはリアムを睨みつける。


「リアム。その言草は何だ。こいつのおかげで、敵は引き揚げた。こいつが引き揚げさせたんだ。これ以上の対価があるなら言ってみろよ」


「なにを馬鹿げたことを言っているんだ、傭兵ごときが。貴様はわからないかもしれないが、その場しのぎで得た対価など意味がないのだよ。戦をするたびに魔法剣士を何人も殺されてはたまったもんじゃない。魔法剣士をいくら優先的に育てていたとしても、これでは供給が間に合わない」


 リアムはモーゼスに向けていた不快な視線を、今度は僕に向ける。


「わかったかロドリゲス。道具は無限ではない。だから次はもっと慎重にことを運べ」


 道具呼ばわりか……。


 聞こえなかったのかとリアムは強めの口調で聞いてくる。


「わかっている。リアム総指官」


 リアムは踵を返した。


「しかし圧倒的に経験値不足だ。こいつに上等兵を任せて本当によかったのか…………」


 リアムは厭味ったらしくブツクサと呟きながら歩き去った。その背中から目を背け僕は反対側へ歩く。


 五年前と同じだ。


 また多くの人を失ったのだ。大切な、家族と呼べるほど近しい存在だった戦友を。


 五年前はただ、力がなかったせいで家族を失った。だが、今回は違う。今回は圧倒的な力を持って挑んだのに。


 一体何人失ったら僕は完璧になれるんだ。僕の求める強さは何人失えば手にいれられる。 


 仲間のいなくなった僕に唯一声をかけてきたのは、モーゼスだった。


「おいラルフ。しっかり気を保てよ。戦場に行ってれば仲間が死ぬことなんていくらでもある。兵士は死ぬもんなんだよ」


「モーゼス。お前は死んでも仕方がないと思っているのか?」


「いーや、そうは思わん。だがな、兵士じゃなくても人はいずれ死ぬ。病気や不慮の事故。飢餓、あげたらキリがねえ。だから悔いのないように正しい道をみんな探っている。ここにいる奴は兵士としてその道を選んだんだ。


 前線がどんな惨状だったのかは知らねえ。だけどこっちの犠牲者は一人もでなかった。いま、ここにいる兵の命を救ったのはお前なんだぞ……」


「勝手に言わないでくれ。何も見てないくせに」


 僕はモーゼスを睨み背を向けて去った。


 あの時、陣営に籠って消耗戦をしていたら、もっと犠牲を出さずに済んだのだろうか。いや、その場合もっとひどい惨状になっていたかもしれない。自陣に籠っていたら、敵兵はあの未知の大筒で陣営を崩壊させに来ていただろう。もしそうだとしたら。僕の選択は正しかったと言えるのだろうか。


 肯定するには、あまりにも犠牲が大きすぎた。


 僕は、早足で野営地に戻ると、補給隊が帰り支度のために馬車に積荷をする中、兵士用の馬車に乗り込んで静かに目をつむった。







 怪我人の手当てが済み、野営地を出発したのは陽が天辺を越えた後だった。馬車は渓谷を進んでいく。


 兵士たちが馬車に乗り込むと、血と汗の匂いが鼻腔を刺すようだった。初めてモーゼスと馬に乗った時もそうだったが、僕はこの匂いが嫌いだった。単純に臭いからという理由ではない。人の死を思い起こす匂いだからだ。


 いつも悲しい記憶の側にあるこの匂いは、今の僕にとって一瞬でも嗅ぎたくない嫌悪の対象だった。


 だから、僕は馬車の上では眠れたことがない。目を閉じた瞬間、仲間が死んだ時の光景が頭に浮かんでくるから。


 そんな僕とは対照的にモーゼスは隣でいびきをかいて寝ている。


 僕には理解ができない。いや、この男は、慣れてしまっているのだろうか。


 モーゼスはバーバスカムの生まれではなく、ヨサで生まれ育った。それならこの国の人間がどうなろうと、あまり知ったことではないのかもしれない。


 だが、僕にとっては……。


 やはり悔いてしまう。もっと良い方法があったのではないか。そもそも正面から乗り込んだのが間違えだったのではないか。魔法剣士が破れることはないという慢心がなければ、正しい対処ができたのではないのだろうか。


 気づくのは、いつも取り返しがつかなくなった後だ。後悔したって何も変わらないのに。


 渓谷の木々は一部の葉が色を変えていた。頬をなでる風はひんやりと冷たかった。





 馬車に揺られて戻った後、僕はリアムに報告を押し付けられ、ゼルフィーの部屋へ向かった。部屋の前に来ると、扉を叩く。入れと中から聞こえ、扉を開けた。部屋は落ち着きのある雰囲気。神聖さとどこか不気味さも醸し出している。


 床は黒紫の絨毯が敷かれ、正面には物書き用の机。その奥の壁には古い本でびっしりと埋め尽くされた本棚が並ぶ。


 その両脇にある小さな窓は申し訳なさそうに陽の光を入れていた。


 聞いたところによると魔道士は陽をあまり好まないという。


 それは陰を見るから。


 魔道士は陽の光では、現れることのない陰にこそ真実があると考えている。つまり彼らにとって陽の光というのは、導きを乞うときに邪魔になる存在でしかないのだ。


 だから、この部屋の窓は最低限空気の入れ替えができる程度にしかない。明るい時間帯だというのに、部屋の中はとても上流階級者の部屋だとは思えないほど薄暗い。


 そんな暗い部屋の机に水晶を置きゼルフィーは何かを見ているようだった。


 僕が扉を閉めた途端、ゼルフィーは卓上の水晶から手を外す。


 この男に報告なんて必要ないと思うのは僕だけだろうか。


「奴らは新型の武器を使っていたようだが、よく無事でもどったな。ラルフよ」


「星の子の加護があっただけのこと。僕は何もできなかった」


「違うぞ。お主はちゃんと敵の総統を撃破し、あの戦を終息させたではないか。それだけで貴様の役目は果たせておる。リアムは、自分に能力がないくせに高望みしすぎている。そろそろ降ろすべきか……」


 ゼルフィーは、期待をまとった視線を送りつける。


「ラルフよ。お主次の戦から総督になってはどうだ」


「僕は今年で任期が終了するはずです。もう兵士は懲り懲りだ」


「ウィリアムズと共に北部領の統治をしたいというのかね」


「はい」


 僕は迷わずに返事をした。その返答を聞いてもゼルフィーは眉根をピクリとも動かさない。さらに予想外の返答をしてきた。


「その希望なるべく叶えられるようにしよう」


「貴殿の立場からそのような言葉が出るとは……。王国唯一の魔法剣士を本当はやめさせたくないはずです」


「此度の戦で既に答えは出ておる。魔法がもっとも強かった時代はもうじき終わる。それなのに魔法剣士を残しておく必要なんてないだろう。お主は魔法だけでなく剣の腕もたつが、最強の兵士と呼べたのはその両方の腕があってのこと。


 だが、魔法が通うじないとなれば、もう貴様は用済みということだ。星の子の見送りが終わったら自由に生きるがよい」


「貴殿の心遣い、感謝いたします」


「思ってもいないことを吐かすな」


「さすがにすべて詠まれますな。ですがこれに関しては本当に感謝しているのですよ」


 ゼルフィーはむず痒そうに鼻を鳴らすと、もうよい、と言った。用は済んだから、早く出ていけという合図だ。


 僕は一礼だけして、ゼルフィーの部屋をあとにした。




 ゼルフィーの部屋を出た後に真っ先に向かったのは湯場だ。城の使用人が兵士の帰りに合わせて湯を焚き、兵士が帰ってすぐ、身も心も休められるようにしてくれている。


 時刻はお茶の時間だった。湯場に向かう途中、使用人が焼いた菓子の甘いバターの香りが厨房から漂ってきている。


 夏が過ぎてからだいぶ経った。澄んだ空気。少し冷たい風。あと、二月もすれば雪が降るだろう。


「どうやらこの星は、僕を慰めてはくれないみたいだな」


 一人ぽつりと呟く。


 王宮から出てぐるりと北の方へ回る。城の北側は、掘削した岩山の壁面が城の城壁にくっついている。誰も登ろうとは思えないほどの断崖絶壁の下に石造りの大きな建物がある。そこが湯場だ。その湯場の出入り口でモーゼスと会った。


「おう、ラルフ。今から入るのか」


 長めの前髪が濡れて垂れてくるのが鬱陶しいのか、モーゼスは前髪をかき上げていた。


「ゼルフィーのところに報告に行ってた。たくっ。リアムの野郎、自分の仕事押し付けてきやがって」


「まあ、あいつはその程度のやつだ。そろそろ降ろされるだろう。あんま憤るなよ」


 モーゼスはポンと僕の肩に手を置いた。子供の時と接し方が変わってない気がする。


「もう中に人はいない。ゆっくりと入んな。じゃあな」


 モーゼスがひらりと手を振って去っていく。


 僕は、脱衣所で血と汗の匂いが染みついた衣を脱いだ。床の冷たさが肌を刺してくる。つま先歩きで浴場に入った。モーゼスが言ったように中には誰もいなかった。僕はさっと体を手拭いで洗い、湯船に浸かる。沸かしてから少し時間が経ったのか肌を刺すような暑さはない。ゆっくりと浸かりたい僕にはちょうど良い湯加減だ。


 誰もいない湯船で足を伸ばし、スーッと深く息を吸い込む。ふうっと吐いた時、やっと力が抜けた気がした。


「今日は何人死んだ?」


 十九人。兵士としての僕を入れれば二十人か。


「結局最後まで生き残ったのは僕だけだった……」


 あいつらは一人生き残った僕をどう思っているのだろう。魔法が通じなくなるという形であいつらは消されてしまった。国から用済みと宣告されて。


 四年間、昼夜をともにし、訓練を耐えてきた。ときに笑い、ときに泣き、ときに喜びあった仲だった。本当は一緒に死んでしまいたかった。


 だけど、それは許されない。僕にはやらなければいけないことがあるから。まだ、死ねない。


 悪いな。僕がそっちにいくには、まだ時間がかかりそうだ。僕にはリオラを見送るという責務とエミリーと一緒に北部領の統治をするという役目が残っている。だから、待っていてくれ。


 お湯は体の芯まで温めてくれても心までは温めてくれない。胸の内の冷たさを感じつつも、湯船から上がった。

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