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星の降る夜に、僕は何を願うのだろうか  作者: 大澤陸斗
星の降る夜に僕は何を願うのだろうか・下(少年編)
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第五章「魔法剣士」4

「やっと帰ってきた。どうしてあなたは、いつも遅いのかしら。モーゼスはとっくに挨拶を済ませて帰ったっていうのに」


 僕が寮の談話室の扉を開けて、最初に飛んできたのがこの言葉だった。声の主はもちろんエミリー。


 僕の無事をモーゼスから先に聞いていたからなのだろう——。彼女は椅子に座ったままで、全く心配する素振りを見せてくれない。椅子が暖炉の方を向いていて彼女は顔すら見せないときた。


「だったら城門で待っていればいいだろ? そしたらすぐ会える」


 呆れながら僕は返した。すると彼女はくるっと顔だけこちらに向けた。


「そんな血生臭い人を出迎えられるわけないでしょ。いいから早くこっちに座りなさい」


 エミリーは、自分の隣を指差す。まるで、姉のような物言いだ。


 僕は、エミリーが出迎えてこない理由を知っている。はじめての戦から返ってきたとき、エミリーは馬車から降りてきた僕を泣きじゃくりながら抱きしめた。その時エミリーは百繰りが出るまで泣き続け、落ち着かせるために僕が寮まで連れ添ったのだ。その姿がまるで夫婦のようだったみたいで、あとからモーゼスたちにからかわれたりしたのだ。


 僕は「気にすることない」といったのだけど、エミリーは「リオラに悪いから」と周りから茶化されるのも良いと思っていないみたいだった。結局、二回目以降は談話室で迎えてくれるようになり、それが慣れて泣くことがなくなった今でも続いているというわけだ。


 僕はエミリーの隣に座ると肩を寄せた。


 エミリーは前の低卓に置かれている焼き菓子を指さす。


「その焼き菓子。今日お城の人と作ったの。お茶も入れたから食べて」


 カップの中には青い液体が注がれていた。僕が知る限り青いお茶はチョウ豆のお茶しかない。


「これ、リオラの……」


「もう二ヶ月もないでしょ。だから少しでも思い出に暮れていたくて」


 言うと、エミリーはもう一つのカップにお茶を注ぐ。


 僕は熱いお茶を一口飲むと、カップを掌で包み込むように持つ。手が温まるだけなのに、不思議と全身が温まる気がした。


「ねえ、ラルフ。まだリオラはなにも応えてくれないの?」


「そうだな。一方的に夢の中で何かを語って、僕の質問には一切答えてくれない。ほんとうになんなんだろうな、あいつは」


「このまま当日まで起きないなんてことないよね」


「流石にないんじゃないか。リオラが会いたくないって言うんだったら別だけど」


「そうだよね……。やっぱり今日も会いにいくの?」


「一応な。まあ、なにも答えてはくれないと思うけど」







 僕が寮を出たころには、空は夕闇に染まっていた。僕は急ぎ足で兵舎の地下倉庫へ向かった。あまり遅くなると、晩食の時間に間に合わない。


 扉をノックすると、中からルカの声が聞こえてくる。


「誰だ?」


「王国随一の魔法剣士だ」


 扉が勢いよく開けられ、中からルカが朗らかな笑顔をのぞかせた。


「ラルフ、無事だったか」


「無事に帰ったよ。ついでにモーゼスも」


「そうか。お頭も……、もう四十だというのになかなかしぶといな」


「まだしばらくは、いけそうだよ。さすがに前衛は厳しいけれどね」


「まあ、それもそうだろう。退役していてもおかしくないというのに」


「それで蛹の様子はどう?」


「残念だが、君が最後に見に来た時となにも変わっていない。気になるなら私は外すが?」


「いやいい。今日はいてくれ」


 いつもなら外してもらうところだが、ついでに話したいこともあり、一緒にいてもらうことにした。部屋の中の階段を降り、蛹の近くに歩み寄る。いつの間にか誰かが掛けてくれた布を捲り上げると黒い結晶が露になる。いつもは冷たく黒に近い色の結晶も、篝火のおかげか少し温かみがあるような気がした。


 僕は、そっと結晶体に触れる。


「ただいま、リオラ。無事に帰ったよ」


 当然のように返事は返ってこない。あの元気に僕の名を呼ぶ声はいったい、いつになったら聞けるのやら。


 ルカが階段を降りてきて、僕の隣に立って声をかける。


「何か返事はあったか? 星の子はテレパシーを使えるのだろ?」


 その問いに僕は首を横に振った。


「まったく、とても生きているとは思えないよ」


 僕は冗談紛れに笑い、聞きたかったことを口にする。


「それで、搬送の方法は知らされたのか?」


「ああ、明朝、船でヨサの南岸の街、ラスチオに向けて出港する。その後は星見の台座まで馬車で向かう予定だ」


「なるほど。最も安全な路を選んだわけか」


「しかし、不思議なものだ。残りの時間からして、そろそろ出てきてもいい頃だろう? なのになかなか出てこないのだな。しかも、大地の侵食が加速してきていると聞く」


「それ、どういうこと?」


「昨日、南西部の作物の収穫量が例年の四割ほどになると通達があった。リオラが、大地の力を吸っているのだとしたら、とんでもないことをしてくれる」


 それは、リオラの仕業ではない。僕は、彼女が大地から力を吸い取る必要がないことを知っている。


「実は、本当はそうでないらしい」


「どういうことだ?」


「リオラから夢の中で聞いた。寝ているとき、たまに話しかけてくるんだ」


「それで、なんと言っているんだ」


「どうやら星の子の魔力の源は、その星そのものらしい」


「つまり地球ということか?」


 僕は頷いた。


「となると、やはり土壌から……」


「違う。土壌からはいっさい吸い取っていない。もっと下の方の、星そのものが持つ莫大なエネルギーだ」


「なるほど……」


 ルカは返事はしたが、あまり納得のいかない様子だった。


「現状、周りの国々では飢餓に直面しているが、それはどう説明するんだ?」


「大地の生命力を吸い取っている存在が他にいるとしか考えられない」


「具体的にはわからないのか」


「ああ。けれど、おそらくは悪魔が絡んでいるのは確かだと思う」


「ディアトロスのような存在か?」


 僕は頷く。


「そうか。なら、かなりの脅威になるな」


「でも、今度は絶対に守りきってみせるよ」




 ◇


 


 その日の晩は祝賀会が開かれた。


 僕ら生き残った兵士は城の大広間に通された。国内国外ともに飢餓が蝕んできているというのに、今まで見たことがないくらい豪華な料理が卓上に並び、集まった兵士はまるで今日あったことを忘れてしまったかのように、夢中で大皿に乗った料理に食いつく。


 ハーブを効かせ衣をつけて揚げた鶏肉。牛肉、香味野菜をビールとワインで煮込んだシチュー。他の麦が混ざってない純粋な小麦だけのパン。他にも沢山ある。


 こんなご馳走を兵士にたらふく振舞えるほど、食糧に余裕はないはずなのに……。


 民衆はどれだけ苦しんでいるのか。国内の収穫量は前年の半分もないはず。民衆に我慢を強いている状態が長く続けばいずれ内乱が起こる。


 ——外の戦が終わってもすぐ内乱が起こるな。


 僕は気分が浮かないままシチューを口にする。


 飢餓が原因で起こった戦を終わらせたご褒美が、ご馳走だなんて馬鹿馬鹿しい。


「ラルフ、なんでお前そんな浮かねえ顔しているんだ? おめえがあの戦を終わらせてくれたからみんなここにいるんだぞ」


 ビールを飲んで頬を赤く染め上げたモーゼスが僕に絡んでくる。ビールを左手に、反対の右腕を僕の肩にかけると横柄に笑った。


「お前がそんなんじゃこっちも素直に喜べねえじゃなえか。嘘でもいいから笑えよ」


「モーゼス。お前は疑問に思わないのか? 飢餓が進行しているのにこんなご馳走用意されて」


「ラルフよ。俺たちはいま、戦場から無事に帰ってきた事を祝っているんだぜ。それに周りの国が飢餓だとかそういうのは関係ねえよ。第一、バーバスカムでは食料の備蓄が十分にある。お前は少し考えすぎなんだよ」


 僕はモーゼスの腕をほどくと席を立った。周りでどんちゃん騒ぎをしている音がとにかく不快だった。


「おい、ラルフ。このシチューはどうすんだよ」


「くいたきゃ食ってくれ。僕は食欲がなくなった」


「おい、明日からまた、ちゃんとした食事にありつけないっていうのにか?」


 僕はモーゼスを一瞥する。虚を突かれたような唖然とした顔。本当に理解できないのだろう。


 僕は、やっぱり気分が合わないなと思って、すぐに広間を出た。


 明日から口にできるものが遠征用の携帯食(雑穀粉を水と油で練り上げて焼いたもの)だけであっても関係ない。僕にとってはあの部屋の空気そのものが不快だった。仲間の供養もできてないのに、なぜ祝える。


 明日も早い。もう寝てしまおう。


 自分の部屋に戻りベッドに潜りこんだ。しばらく眠れずにいると誰かが扉を叩く。


 誰——と聞くと扉の向こうからエミリーの声が聞こえてくる。


「私よ。聞いたわよ。食事あまり摂らなかったんだって」


「誰から聞いたの?」


「モーゼスよ。さっき届けに来た……。談話室にあるから早く食べて」


「エミリーが食べていいよ」


「あんたが食べなさい。蛹の護衛のために力を養わないといけないんだから」


 エミリーの強めの口調に僕は、渋々ベッドから抜け出す。部屋を出てエミリーと一緒に談話室に行くと、いい匂いが満ちていた。


 椅子の前の背の低いテーブルには、大きな盆に乗った料理が数種類あった。見る限り会場にあった料理は全部ある。


「一通り持ってきたのかあいつ」


 僕が座って黙々と食べていると、隣にエミリーが座った。二人掛けの椅子に二人。空きのスペースがほとんどなくて、ここにきた時よりもだいぶ狭く感じる。


「おっせかいかもしれない。聞き流しててもいいから言わせてほしい。ラルフ。みんなは、あなたみたいに必ず生きて帰れるわけじゃなの。


 ラルフはいざとなったらリオラが守ってくれる。でも他の人は違う。みんな死ぬ覚悟で戦地に向かっている。だから、生き残れただけでも、お祝いしたいのよ。ラルフがさ、死んでしまった人たちを思いたいのはわかるけどね」


 僕は口の中の物を飲み下した。なぜだか視界が涙で霞んだ。


「僕の周りにいた仲間はみんな死んだ……。見たこともない砲撃を喰らって訳もわからず死んだんだ。仲間が一人一人と倒れていく横で、僕は敵陣に向けて光弾を放った。結果的に総監を殺すことはできたけど、敵の頭を殺したからといって、すぐに攻撃が止まるわけじゃない。砲弾の雨から逃れられなくて、みんな死んでしまった」


「ラルフ、言わなくていい」


「あの作戦を考えて実行に移したのは僕だった」


「やめて……」


「みんなを死なせたのは僕だ」


 突然、僕はガバッと抱きしめられた。彼女の息遣いが嗚咽を漏らして泣いているようにも聞こえた。


「もう疲れたよね。見送るばっかりで。苦しいよね」


「苦しいけど、受け入れた運命だから仕方がないよ」


 仕方がない。みんなが死んでしまったことが仕方のない事であるのと同じで、僕が見送り人としてみんなを、リオラを見送ることは仕方ない事なのだ。最初から分かっていた。後になって苦しくなることくらい。


「私にだったら弱いところを見せてもいいから。私もリオラと一緒。ラルフの味方だから」


「ありがとう。エミリー」


 僕の身体を包み込むエミリーの身体から暖かさを感じる。だけど、その温もりが僕の心に刺さった棘を溶かしてくれることはなかった。



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