第八十六話 人魔の垣根を超えて
「兄さん……じゃなかった、国主様。会議場の準備が整いました」
「ああ、いよいよだな」
控室に入って来た安芸、国主側近にして補佐官の言葉に応えて、会議場へと向かう。この日、精霊首都シンフォニアにて、人類と魔族による新たな歴史が刻まれる。
コツコツと言う音を立てて廊下を歩く。この精霊首都シンフォニアは、元々対魔族の拠点として構築された要塞国家であった。要塞とは言え巨大な国家だ、当然外交用の建物も存在している。
この会議場はその建物をリフォームした物だ。国家間での会議の際に使うと言う事で予算を組み再編したが、こんなにも早く活用する事になるとは思わなかった。
「本当に現実になるとはな……」
ぼそりと呟いた言葉は、本当に感慨深い物だ。人類と魔族は、長きに渡り戦いの歴史を繰り返してきた。しかし、今日。その歴史に終止符が打たれるかも知れない。
その歴史の立会人、いや、当事者として対応するのだ。元々只の一般人には少々荷が重い。
「!」
そんな俺の内心を見越したのか、安芸はそっと俺の手を握ってくれる。不思議と心が安らいで行く。落ち着きを取り戻した俺は、一呼吸を置いて会議場の扉を開く。
風の精霊都市で開発され、改良を施された魔力ライト。土の精霊都市で作られる落ち着いた雰囲気の調度品に彩られた、会議場はある種の幻想的な光景を醸し出す。
「こちらへ」
安芸に手を引かれ上座へ移動する。既に精霊首都シンフォニアの重鎮達が勢揃いしており、準備は万全の様だった。今日この場で行うのは、魔族、魔王国公爵家の当主、いや。もう違うな新たなる、魔族の王との会談だ。
俺が入って来た扉とは反対側から、ノーラが先導して、長身の超絶美青年を会議場へと招き入れる。傍には壮年の執事と、安芸と同等の美しさを放つ美女達が控えて居る。
「ようこそ、ヴァーミリオン・ロードクラヴィス陛下。精霊首都シンフォニア国主、サクラユウキです」
「お会いできて光栄です、国主サクラユウキ様。魔王国、新王。ヴァーミリオン・ロードクラヴィスです。陛下等と呼ばれるとは、光栄の至り。とは言え若輩の身、ご指導賜われればと思います」
そう言って会議場でがっちりと握手を交わす。魔神との最終決戦から、六日が経過して居る。魔神討伐に関してはも伏せられておらず、俺とヴァルの関係は広く知れ渡っている。これも魔神の残した副産物だが、この会談に向けて丁度いい広告となったのである。
人族と魔族の戦いの歴史に終止符を打ち、共に手を取り合い、真なる邪悪と戦い、人類滅亡の危機を乗り越え、勝利を収めた。共に命を預けて戦った仲だと言うのに、公には初対面として、国を代表する者として向かい合う事になるとはな。
「ふ」
「くく」
それはヴァルも同じだったのだろう。俺が小さく噴き出すと、ヴァルも釣られて笑ってしまう。即座に俺は安芸に、ヴァルは隣に控える美女、ジュリアさんに肘打ちを入れられてしまう。
『ウッ!!』
ふざけるつもりは無かったのだが、仕方あるまい。先の人魔連合とは違い、ここには国家の重鎮が揃っている。戦友としての対応は不味い。
俺達は握手を解き席に付く。俺はノーラの魔眼により、ヴァル達の目的が人類との共存と言う事を知って居るが、この場に居る重鎮達は半信半疑である。今まで散々戦ってきたのだ、そう割り切れるものじゃない。
「さて、では始めましょうか。魔族の今後と人類との未来についての、対話を」
「ええ。まずは……私がもっと早く動けて居れば、交戦派を止める事が出来たかも知れません。間に合わず、人類へ迷惑を掛けた事へ謝罪を。申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げるヴァル。側近バモスさんと、婚約者の三名。ジュリア嬢、マイヤ嬢、ヘカテリーナ嬢も習って頭を下げる。この謝罪は、魔族の大侵攻。魔界転移門を介して戦った、あの邪神戦の事だ。
「頭を上げて下さい、ヴァーミリオン陛下。起こってしまった事は仕方ありません。幸いにも、真の敵は打倒しました。これ以上、魔族が責を負う必要はありません」
「そう、言って貰えると、幾分か気持ちが楽になります。しかし、このような事態を引き起こした上で、この様な申し出は無礼かと存じますが……我々魔族は人類と共存の道を模索しております」
俺の問いに答えるヴァル。その言葉に会議場が騒めく。昔から魔族は敵と教えられていた者達には、やはり受け入れ難いのだろう。それだけ人魔の戦いの歴史は、辛い物だったのだ。
「……皆様の反応は御尤もです。ですが、それこそが暴くべき歴史なのです。お話します、人魔の戦いの歴史に付いて――」
そうして語られる、魔族に伝わる原初の神。破壊神シヴァ様の話が始まる。破壊神シヴァ様とは、創世神ゼフィロス様が生み出した、魔界を統括する分身、弟分的存在の神だ。
創世神ゼフィロス様と破壊神シヴァ様は共に協力し、世界の平定に努めていた。時に創造を行い、時に破壊を行い文明を昇華していく。これが創世神ゼフィロス様と破壊神シヴァ様の本来の役割だと言う。
そんな神々、創世神ゼフィロス様の守り手として天使が、破壊神シヴァ様の守り手として悪魔が。時に世界の調停者として働いたのが、原初の世界。この世界が現文明に至る最初期の事だ。
しかしある時、世界を構築する結界を超えて、魔神と呼ばれる存在が魔界へと現れた。
この脅威に対抗するべく、破壊神シヴァ様が悪魔たちを従えて立ち向かったが、激闘の末に破壊神シヴァ様は消滅。悪魔たちも破壊神シヴァ様を追う様に魂を砕かれてしまう。
その事実を知った創世神ゼフィロス様は、魔神を討つべく行動するが、破壊神シヴァ様の力を取り込んだ魔神に攪乱され、行動は全て阻害された。
この世界の管理者たる創世神ゼフィロス様を上回ったとして、魔神は増長しその神の力を行使。魔界と人界を繋ぐ転移門を作り出してしまう。神の力を行使して地上への干渉は禁忌とされているが、魔神は構わず使った。
そして始まる人類と魔族の戦い。魔神によって唆された魔族達が人界へ侵攻。その強大な力を以て暴虐の限りを尽くす。対抗不可の実力差に、人類は救世主の存在に縋る。
あらゆる方法で救世主を呼ぼうとして、遂に編み出された秘術が完成した。その名も勇者召喚。この世界とは異なる世界から、勇者を呼び出し魔族と戦わせると言う物だ。
最初に呼び出されたのが、原初の勇者と呼ばれる勇者で、その力は想像を絶する物だった。暴虐の限りを尽くしていた、上位魔族を一瞬で葬り去る姿に、人類は息を吹き返す。
その勇者を旗印に対魔族の信念を抱え、魔族討伐に動きだす。結果として、魔族でも和平派や、人類でも民間人が犠牲になると言う代償を伴う事になると言う結果を残して。
最終的に当時の魔王は討たれたが、結局魔神は逃す事となってしまった。不幸中の幸いは、この戦いにて、破壊神シヴァ様の力は、魔神から切り離された事だと言う。魔神は再びそれを取り戻そうとしていた。それが後を引き延々と闘いの日々が続いていたと言う事である。
「これが、魔界に伝わる、始まりの記憶。謝って済む問題ではありませんし、魔神と言う存在のせいとも言いません。全ては、我々魔族の心が弱かったと言う事です」
ヴァルの口から語られた、伝記を聞いた国家の重鎮達も、只沈黙を続けるのみ。突拍子もない話といえばそれまでだが、実際に魔神は存在し、俺達が討伐したと言う記録は、全世界に知れ渡っている。
追記するならば、その魔神を乗っ取り、この世に破滅を齎そうとしたのが、現世で安芸を殺した犯人、最後の一人。元勇者、ヒグレショウの兄である、ヒグレユウその人である。
だがその目論見は、他ならぬ、俺とヴァル。創世神の加護を受けた俺と、破壊神の加護を受けたヴァル。そして創世神ゼフィロス様をその身に宿した、先々代精霊騎士オーディン殿。
この他にも、世界各地で戦った多くの仲間達の協力があったからこそ、あの場で魔神と言う名の、根源たる闇の権化を葬り去る事ができたのだ。
「弱いと言う事には同意をします。人は弱い。只の一人では何も成し得ない。人は、支え合って生きている……それは、魔族も人族も、生きとし生ける者、全てに言える事。だから手を取り合う。助け合う。これが、俺達の想う人魔の未来。ですよね、ヴァーミリオン陛下」
「はい。我々魔族も、多くの血を流して来ました。この日を迎える為に、永遠の平和を作る為に。もし、それでも償え、贖罪しろというならば、喜んでこの首を差し出しましょう。その代わりに、必ず、必ず平和な世界を作って頂きたい。我々の願いは、それだけです」
そう言って深々と頭を下げるヴァル。ヴァルの言葉に、嘘偽りはない。もし俺が、首を差し出せと言ったら、ヴァルは本当に首を落とすだろう。だが、そんな事は決してさせない。俺の知る限り、ヴァル以上に人魔の未来を考える人物など居ないのだ。
「とんでもない話です。陛下、我々も数多の命を奪ってきた。失われた命は戻りませんが、新たに道を作り、手を取り合う事が出来る。そんな世界を、我々も望みます。そのお覚悟は受け取りましたので、どうか頭を上げて下さい」
「……はい」
頭を上げたヴァル。俺は更に一歩前へと踏み出し、スッと右手をヴァルの前へと差し出す。ヴァルも深く頷き、その手をしっかりと握り返してくる。握り返された手からは、本当に若干の震えを感じる。そう、俺達は成し得たのだ。不可能と思われていた事を。
「今ここに、人魔の垣根を超えて」
握手を解くと、一歩二歩と後退し、そう言いながら俺は、神剣ロード・オブ・シンフォニアを眼前に掲げる。
「人魔の戦いの歴史に終止符を」
続いてヴァルも、神剣シヴァを、取り出す。視線で合図を送り、俺の剣と交差させる。決して交わる事が無いと思われていた、人族と魔族。いや、これだけではない。あらゆる生命とも、分かり合え手を取り合う事も出来る、必ず。
俺とヴァルの言葉と光景に、一拍を置いて。会場に、高らかに拍手と歓声が響き渡る。重鎮達の他にも、この会議は多くの人々が見守っている。先にも言ったが、魔神の置き土産によって、所謂ライブ中継の様なことが出来ている。
この会場の外、各精霊都市、大陸に点在する、大国、小国。様々な国で、同様の結果が起こっていると、各国を見守る聖獣達からの報告を受けている。
「前魔王様の掲げた目標であり、親父の意思を引き継ぎ、遂にここまで来れた。でも……本当に大変なのは、ここからだ。ユウキ、改めて宜しく頼む」
「勿論だ。大変な事だけど、俺達は支え合って行ける。今ここに、争いの歴史に終止符を打てた。人魔共栄圏と言う、快挙まで成し得たんだ。どんな困難だって、きっと乗り越えて行ける。こちらこそよろしくな、ヴァル!」
その言葉に、再びの大歓声に包まれながら、この日この時。ここに人魔の戦いの歴史は終った。新たな未来を見据えて、新しい歴史が刻まれる。俺達は歩み刻んで行く。輝かしい未来へと向かって――。
閲覧ありがとう御座います。明日、遂に最終回となります。




