第七十八話 混迷の先
私的用事が重なり、少々遅れました。申し訳ございません。
安芸とノーラの熾天使へ進化。これに伴い戦艦ヤエザクラの内部に、膨大な聖のエネルギーが満たされて行く。その力に呼び起こされる様に、大賢者マコト君と、超魔導サツキさんが目を覚ましたという念話がカエデさんから届いた。
「ああ、ともかく二人が無事目を覚まして良かったよ。ただ、引き続き安静にはしていて欲しい」
『分かりました。こうなると、看護の勉強をしていて、良かったのか悪かったのか、分かりませんね』
俺としてはありがたい。この世界での治療は、基本魔法であり、医療技術は確立されていないと言っても良い。その為、深手を負ったり、骨折した場合など完治が難しいのである。
例外的に、エリクサーの様な霊薬で回復する事はあるが、基本出回る事も無ければ、高価過ぎて一般人が使える様な物でもない。
「ともかく、カエデさんはマコト君達の傍に。色々働き詰めだったんだ、少し休養も必要だろう」
『はい。マコトもしっかり見て置きますよ。二言目には、俺もユウキさんを手伝うんだ! って言いますので』
マコト君らしいと言えばらしいな。だが、それで無茶をさせたのも事実。ともかく今は休んで回復して貰うのが先決だ。
「ま、どちらにしても待機はして貰うけどな。それに日程も明日と決まっている。だからと言う訳でもないが、どうにもハイエルフの国側としても、多数を受け入れるリスクは避けたい様でな……」
少数で有れば万が一の処理も容易い、大多数となれば拡散の速度も処理も難しいと言う背景がある、と俺は見ている。それだけ情報戦を重視する以上、仕方も無い。
『ええ、その辺もしっかり言い含めて置きます……あ、マコト!? もう、寝て居なさい!!』
ゴンっと音が聞こえた直後、念話が途切れた。多分、引っ叩かれたんだろうなと思い、俺も休息を取る事にした。全ては明日だ。
翌朝。俺、安芸、ノーラ、ミスティスの四名で、戦艦ヤエザクラの後部甲板へと移動。それぞれ空間格納等で、最低限の着替えや物資等を持ち、後の事はヤエに任せて、俺達はハイエルフの国へと転移を行う。
念の為にと、安芸、ノーラが協力して、隠蔽魔法を俺達の周囲に張り巡らせた状態での転移。一瞬で光に包まれ、気付けば見知らぬ森の中へ佇んでいる。
「はい。到着しました既に障壁内部。今暫くしたら、門番的な者が来ますので、少々お待ちを」
ミスティスはそう言って黙り込むだけとなる。本当なら説明して欲しい所だが、情報漏洩を恐れてと言う事だろうと、納得する事にした訳だ。
『ここまでは順調だね、兄さん。まだ嫌な予感がする?』
『……まぁ、な。振り払えていないのは事実だ。安芸、周囲の警戒だけは忘れないでくれよ』
と、秘かに安芸との念話を行い、警戒態勢は崩さない。ミスティスは信じている様だ、いや。信じたいと言う感じなのだろう。その表情に少しばかり、焦りが視えている。
『! 兄さん、魔力探知に反応有り。これは、ちょっと大規模な軍勢。姫様一人を迎えに、これなの?』
『まあ、相手はお姫様だし、何かあったら不味いと言う感じ。と取りたいが、多分違うだろうな……一戦交えるのは避けたい、ミスティスの魔力量は大丈夫か?』
『少なくとも、余程派手に魔力を消費しなければ、直ぐにでも転移可能と言うレベルだね。撤退するにしても、念の為相対して、ノーラの鑑定を受けてからの方が良いかも知れないし』
ミスティスには申し訳ないが、そんなやり取りを秘かに安芸としている。正直な所、ミスティス自体は信用出来ても、ハイエルフの国が信用出来るかは別問題なのだ。
「……ミスティス!」
暫くして、大勢の兵士がこの場に現れる。多分、魔力反応からして転移魔法だろうと思う。その中でも、一際豪華な装いの青年が、ミスティスの名を呼ぶ。多分、服装からすれば、ミスティスの父親、多分国王に当たる人と思われる。
それにしても、そんな大声を出していいのか? と思うが、ここは障壁の内部。外から確認も出来ないので、良いと言えば良いのだろう。
転移で兵士が現れる直前まで、安芸との念話でもしているが、ミスティスは一国のお姫様。無事と知り慌てるのは無理も無い事だし、それを守る為に大勢の兵士を投入すると言うのも、間違って居るとは思えない。
「総員構え! ミスティスの傍にいる狼藉者を捕らえよ!!」
「……は?」
豪華な衣装の青年の言葉に、固まるミスティス。ある意味予想通りではあったが、俺はそっと視線を向けると、ミスティスもブンブンと首を振る。ノーラに確認させるも、ミスティスは白。と言う事は、独断。いや、違うか。既に、だろうな。
「父上、何を言って居るのですか!? 私は無事ですし、此方の方々は私の恩人です!! それ以上無礼は、父上と言えど許しませんよ!!」
「親に口答えするか、ミスティス。その者は、お前を拉致し、あろう事か初めてまでも奪った、極悪人だ。そんな輩を、狼藉者と言わずして何と言う!!」
酷い言われようだ。しかしこの状態だと、既にハイエルフの国は落ちていると見るべきだな。再びノーラに視線を送る。嘘を見抜く魔眼を介し、ミスティスの父親の意思を読み取って貰う。
『あなた。引きましょう……あの方は、既に自我を失って居ます。操り人形の様な状態。多分、あなたの予想通りだとすれば、ここで捕まれば、命はありません』
『……そう、だな』
残念な事だが、ミスティスの父親の自我はない様だ。俺がミスティスを犯したと信じている。いや、正確にはそう言う風に記憶を塗り替えられていると思われる。ノーラの言葉に、俺は撤退を決意。ミスティスへと念話を繋ぎ問い掛けるが、ミスティスも信じられないと狼狽えている状況である。
『そんな、こんな事……ユウキ様は、間違いなく世界を救う為に……』
『大丈夫だ、引こうミスティス。多分俺達に味方は存在しない。情報を集めるのも大事だが、今ここで捕らえられれば、全てが無に帰してしまう』
『で、ですが……こんな、こんな事……』
ここまでの狼狽え様だと、完全にミスティスは白だと言う事も分かる。母国が心配なのだろうが、今は引くしかない。
「何をしておるか、者共! あの者共を捕らえよ!! いや、今この場で裁きを与える!! ミスティス以外は、殺しても構わん! 弓矢、魔法、放て!!」
「父上!? お待ち下さい! ユウキ様は――」
なんとまぁ。情状酌量の余地、と言うか弁解の余地さえないとは驚きだ。ミスティスの父親の声で、数千からなる軍勢から、一斉に矢と魔法が放たれる。まるで面制圧される様な、夥しい数の攻撃が迫り来る。
「あ……」
そして、不運な事に……その内の一本の矢が、まるで吸い込まれるかの様に、ミスティスへと向かう。余りの出来事に、対処不能だったのか、ミスティスは剣を抜く暇すら与えられず――。
「やらせるかよっ!!」
俺は瞬時に重機召喚から、D475ブルドーザーを召喚し、排土板シールドを構えながら、ミスティスと矢の間に割って入った。間一髪の所で、シールドが矢を弾き返し、ミスティスは事なきを得る。
排土板シールドは鋼鉄製の盾。これだけでも通常の矢程度なら弾けるが、現在はパッシブスキルでもある重機超強化により、シールド自体の耐久値が向上している。この為、更に強固な防御力を有する盾へと進化を遂げているのだ。
「ゆ、ユウキ……様……」
「気を確かに持て、ミスティス! 大丈夫だ、何があっても、俺が君を守る!! 絶対に、傷付けさせなど……するものか!!」
我ながら恥ずかしい台詞を言った物だ。けれど、本心でもある。ただでさえ敵が多いこの状況。恐らくハイエルフ族の中でも、唯一の仲間であるミスティスを、こんな所で失う訳にも行かない。
『ミスティス! 呆けている場合じゃない。急いで転移の用意を! 俺を信じろ、安芸とノーラ。熾天使と言う仲間もいるんだ、必ず無事に帰れる!』
『わ、分かりました……暫く、援護をお願い致します!』
念話にて発破を掛けると、遂に立ち直ったミスティスが転移魔法の詠唱に入った。大賢者マコト君や、リチャード等は膨大な魔力を有する為、詠唱破棄が可能だ。しかし、保有魔力量の少なめなミスティスでは、詠唱が必須となってしまう。
それでも、ミスティスとの念話が途切れると、瞬間的に魔力の増大が見て取れる。魔力な流れから推測するに、安芸とノーラが補助に回って居るのだと思う。
「何をしているか、総員突撃! ミスティスを奪還せよ!!」
ミスティスの父親の言葉に呼応する様に、兵士達も抜刀し、突撃を仕掛けてくる。不味い、な。絶対数が違い過ぎて、恐らく捌き切れない。一応範囲攻撃で倒す事は出来るが、ミスティスの同族を無駄に殺す訳にも行くまい。
そんな風に、一筋の汗を流しながら、どうしようか考えて居た所に、転移魔法の詠唱を終えたミスティスの声が、戦場に響き渡る。
「黙りなさい!! 恩人にその様な無礼を働く者等、もはや父とは思いません!! どうしても恩人を捕らえようと、殺そうと言うなら、私は全力で使徒様を守り、新緑の姫騎士の名を以て……貴方達を、斬る!!」
『ッ!?』
直後、ミスティスから凄まじい殺気が発せられ、突撃を仕掛けた兵士達は、思わず後退りしている様だ。その気迫は、全力の俺やヴァルに匹敵するかと思われる程、途轍もない圧力となって居る。
「ミスティス! 父の言う事が聞けんのか!!」
「――聞けませんね。もう、貴方を父とは思わない。だから、これだけは言って置きます……お父さん何て、大っ嫌い!!」
これは痛恨の一撃だろう。世のお父さんが、娘から一番言われたくない言葉だと思う。俺もラフィに、こんな言葉を言われたら立ち直れない自信がある。
「ミスティス、貴様……育てた恩を忘れて、その様な事を!」
「恩着せがましいわよ。育てたからと言って、私の命の恩人を殺す理由には成らない……さようなら。もう二度と、戻る事も無いでしょう」
その直後、俺達は光に包まれる。無事ミスティスの転移魔法が発動し、気付ば戦艦ヤエザクラの後部甲板へと戻って来ていた。俺達がハイエルフの国へ転移して、僅か十数分の出来事。見送った筈の俺達が舞い戻り、ヤエも慌てて後部甲板へとやって来る。
「主様、そのご様子では……」
「ああ……少なくとも、ハイエルフの国は敵の手に落ちている。他ならぬ、ミスティスの父、国王があの状態……多分、他の国も同様の可能性が高い」
わざと捕まって、内部情報を得ようと言う方法も思い付いたが、あの状況では、即座に殺されて終わりである。そして、現状でハイエルフの国へと移動できるのは、ミスティスのみ。仮に潜入出来たとして、無事に出れる保証も、外部から助けが入る事も無い。
「……ユウキ様。本当に申し訳ありません。私が、私が……情報収集等と言わなければ、この様な事には……」
力無く言葉を発するミスティスの目からは、大粒の涙が零れ落ちていた。強く握りしめた拳は、ふるふると小刻みに震えている。
「ミスティス、諦めるのはまだ早い。必ず方法はある、必ず何かある筈だ」
「ですが、ですがっ!! ッ!?」
発狂し出そうかと言うミスティスを、俺は強く抱き締める。ポンポンと、子供をあやす様に頭を叩きながら。努めて穏やかな声で、言葉を紡いでいく。
「俺だって悔しい。今もリチャード達は、敵に操られ苦渋と辛酸を舐めさせられている。辛いのはミスティスだけじゃない。諦めない。必ず助けよう、不幸な誤解を解き、ハイエルフの国も救う。俺は、決して諦めない」
「……クッ、わかり、ました……です、が……もう少しだけ、このまま……」
――ミスティスは、感情を殺し切れなかったのだと思う。嗚咽を上げながら、俺の胸で泣いていた。自我を失って居たとは言え、あの様な別れ方は……やはり想像以上に辛いのだろう。いや、辛くない訳が無い。
「……す、すみません。取り乱してしまって」
暫くして、泣き止み、何とか平静を取り戻したミスティス。今はちょっと離れた場所から、申し訳なさそうに頭を下げ居る訳だ。
「気にするな。俺もな、吐き出せば良いのを溜め込んで、全てを背負おうとする癖がある。ミスティスもそうならない様にしてくれ。俺に言い難ければ、安芸でもノーラでも、相談には乗れるんだから」
「……はい!」
力無く俯いていたミスティスは、俺の言葉に勇気付けられたのだろう。そこには凛々しく佇む、一人の姫騎士が存在している。安芸もノーラも、穏やかな笑みを浮かべ頷く。もう大丈夫だな。
「ね、兄さんちょっと良い?」
「ん? 何だ安芸、どうかしたか?」
「うん、少しだけミスティスさんとお話をと思ってね。ちょっとだけ離れるけど、良いかな?」
ミスティスの状況が好転し、さてどうしようかと思った所で、安芸が俺の元へやって来た。何かミスティスと話がある様だ。
「構わんよ。って、もしかしてミスティスも一緒に離れるのか? なら、予定を聞いて、難しそうならやめて置けよ」
「いえ、私としては、無理矢理にでも連れて行きたい所です。大事な事ですので」
安芸に追随する様に、少々真剣な顔つきのノーラも、ミスティスを連れ出そうとしてくる。嫁二人が、ミスティスを連れ出したいと言う意味。そして、無理矢理にでも。と言う言葉で、何となく察しが付いた。
「……ミスティス」
「あの言葉とは、逆になってしまいましたね……本来なら、処断されるべきですのに。行ってきます、貴方様を支える様になれる為に」
そう告げるハイエルフの姫騎士の言葉は、正に王侯貴族が持つ、覇気を持ったモノ。その直後、ガシっと安芸とノーラによって、両腕を拘束されるミスティスと言う光景が目に映る。
「あ、アキさん? ノーラさん? えっと、ちょっとだけ手を引く力が強い気がしますが……」
『はい、続きはあっちでしましょうね?』
安芸とノーラの声がハモり、まるで引き摺られる様にミスティスが、艦内へと消えていく。そんな光景を、ヤエと見送る俺であった。
閲覧ありがとう御座います。父親は娘が大事なもの。古今東西これは変わらないと思います。
同時に、父親が娘から言われたくない台詞ナンバーワンは
『お父さん何て、大っ嫌い!』
だと思うんです(;´・ω・)<ダヨネ? ソウオモウヨネ?




