第七十九話 最後の敵
「……しかし、参ったな。ヤエ、航空偵察はどんな状況だ?」
「はい。現在各精霊都市の上空にて、偵察活動を行って居ます。軍の移動等は確認されていませんが、やはり至る所で、主様を貶める様な雰囲気があります」
そんな答えをヤエから聞いて、少し肩を落とす。そう、これから先、操られているとは言え、仲間達と戦う可能性が、一層高まった訳だ。
現状の戦力なら、打ち破る事も可能だとは思う。だが、そんな事をする訳には行かない。なんとしても、助け出さなければならない。
「……せめて、本丸だけを叩いて解決するなら、何とでもなるものを。世界が敵、か」
少なくとも、アリシア、マリン、フィリア、ノルンと言う、世界の守り手と対峙するのは、避けられない。そして超越者たるリチャード、対魔族を想定して、分厚い防備を誇る、精霊首都シンフォニア。
それだけではない。俺の予想通りだとするなら、ハイエルフの国、獣人族の国も恐らく敵となって居る。四面楚歌とは良く言った物だ。
「だが、何としてでもやり遂げねばならない。ヤエ、引き続き航空偵察を続けて、何でも良いから情報を――」
「お待ちください主様! 不味いです。F-35との回路が途絶。いえ、これは……せ、制御が……奪われ、ました……」
「な、なに!?」
その直後、俺達の頭上に、不気味な黒い靄が立ち込めると、徐々にその形態を、まるで巨大な瞳の様な形に変化させて行く。
「な、なんだ、あれは……」
そんな不気味な瞳を見上げつつ言葉を放つと、まるで呼応するかのように瞳から、思念が発せられる。それは嘗て対峙した、邪神に連なる、とても邪悪な物と同じ様な――。
『フフフ、いい気味だね。どうかな? 世界が敵に回った気分は。それもこれも、安芸が僕を受け入れなかったのが悪いんだよ?』
唐突な事で、一瞬言葉を失った。安芸が、受け入れなかった、だと?
「な、何を言って居る……? いや、待て。まさかお前は!?」
気付くのが遅過ぎた。間違いない、こいつが安芸を殺した、犯人最後の一人。世界に反逆せし者、勇者ヒグレショウの兄、その人か。
『察しが悪いなぁ。そう、君が殺した勇者。その兄とは僕の事だ。どうだい? 取引でもしないか? 安芸を渡せば、世界は解放しよう。現世では、犯すだけで結ばれなかったけど、今なら結ばれるのも可能だしね』
何を抜け抜けとふざけた事を。誰がそんな交換条件を受け入れるものか。例え神が許したとしても、俺がそんな事は許さない!
「き、貴様は……! 何故だ、何故そこまで安芸に拘る!? 勇者も、魔王も、何故安芸だけを付け狙った!? 答えろ、お前たちに取って安芸はなんだと言うんだ!?」
かつて、安芸は犯された上で殺された。不良に連れ去られそうになった時も、この世界に転生し、勇者を討った時も。魔王を討伐した時でさえ、何故ここまで安芸に拘るんだ?
『んーそうだね。人を好きになるのに、理由はいらないと思うよ? まぁ、弟は安芸で卒業したから、情が移ったとかそんなんじゃないかと思うけど、そんなのは本人に聞いてよ。あ、もう居ないか。君が殺したんだしね』
確かに俺と安芸の手で、勇者は仕留めた。だが、咎められる理由も無い。
「ふ、ふざけるなよ!? 確かに理由はいらんだろうが、それを強引にだの連れ去ろうだの、そんな合意も無い物を、許せる訳が無いだろうが!!」
怒りのままに言葉をぶつける。先に手を出し、安芸を殺したのは、他ならぬお前達だと言うのに。
『まぁまぁ、所詮女なんて、子を産む機械。それを、愛してやろうと言うんだから、大人しく従えば良いんだよ。それを断るから、あんな目に遭うんだ。自業自得さ』
――駄目だ。こいつは潰す、今ここで。
「ッ!!!!」
次の瞬間には、瞬時に召喚したアースオーガを纏い、最大出力を持って、ギガントドリルブレイカーを、上空の黒い瞳に解き放っていた。螺旋状の破壊の暴風が突き抜け、瞳の中心部を穿ち靄を霧散させる。
駄目だ、話にならん。精神破綻者とマコト君は言って居たが、文字通り最悪を超えた存在だ。それに、女性を道具としか思って居ないと言うのも許せない。嘘だとしても、質が悪過ぎる。
『あーはいはい。強い強い、でもそれは本体でもなければ、只の靄。無駄な力遣って、お疲れ様でーす』
ギガントドリルブレイカーによって霧散した靄が再び集合し、またあの不快な声が響き渡る。超常殺しの力を載せた一撃が届いて居ない。怒りに我を見失っていたが、よく観察すれば、黒い靄にも瞳にも、何の力も感じない。本当にただの靄、と言う所か。
『でもまぁ、正直ヒントもなく、只転がすのも面白くないから、答えを教えるよ』
「……!」
その言葉に、俺は第二波を繰り出すのを止める。いや、本当のことを言うとは思えないが、現状手詰まりであるのに間違いはない。例え罠だとしても、突破してこのクソガキをぶっ飛ばせば済む話だ。
『君の作った国? 精霊首都だって? しょぼい国作って、何が楽しいか分からないから、いろいろ改造して置いたよ。本当に感謝して欲しいね。それじゃあ、王城で待ってるよ。バイバイ』
最後まで不愉快なの言葉を残し、黒い靄は消え去った。しかし、これが罠であるとしても、俺は行くしかない。
「主様……」
「分かって居る。けど、行くしかあるまい。皆を会議室へ集めてくれ」
俺は努めて平静を保ちながら会議室へと向かう。内心ではマグマの様に熱い、怒りを渦巻かせている状況である。
「……集まったな」
会議場に、倒れていたマコト君達を含めて、戦艦ヤエザクラに乗艦した、全員が集められている。全員無言のまま、真剣な眼差しを向けている。
「遂に敵の、本体の所在が判明した。そして、名実ともに、俺達は世界の敵となっている」
『…………!!』
会場が騒めく。しかし、これは事実であり隠しきれるものではない。
「敵は、各精霊都市、四大精霊騎士。精霊首都シンフォニア、ヴァンパイアロードのリチャード、及び側近。そして、艦載機、F-35BライトニングⅡが四機。最後に、俺と安芸の、現世での因縁を持つ者だ」
敵の陣容を聞いて、会場は一気にお通やムードへと成り代わって行く。ただでさえ強力な精霊騎士が、邪神戦を経て超強化された状態で、対峙する事になる。
それだけではない。超越者たるヴァンパイアロードのリチャード、アークヴァンパイアである側近も、決して無視できない強力無比な存在。少なくとも、転移による直接攻撃があれば、既に俺達は死んでいる可能性さえある。
そして最後に、最新鋭のステルス戦闘機、F-35BライトニングⅡだ。戦艦ヤエザクラの艦載機で、偵察用装備とは言え、逆に驚異の秘匿能力を持っているので、探知も撃墜も容易ではない。
「聞いてくれ。だが、諦める訳には行かない。俺と安芸が現世での因縁を持つ者、こいつだけは仕留めなければならない。私情ではなく、奴と話して分かった。奴は、正真正銘世界の膿だと」
俺はボイスレコーダーの様な物は持って無いが、ヤエ自身にその様な能力があり、あの邪悪な声を会議場に流した所で、全員の意思が伝わって来る。特に女性陣の強い怒り。倒すべき、巨悪だと。
「で、でも兄さん。倒すべき敵と言うのは分かるけど、他の相手はどうするつもり? 防衛をするにしても、攻勢に回るとしても、最大の障害は間違いなく、最強の精霊騎士、マリン。多分、兄さん以外止められない相手だよ」
「……そうだ。実際問題として、マリンの相手は俺がする。そして、正直言えば、戦力の分散など愚の骨頂といえる。けど、同時に対処するしかない。攻勢に出る」
その一言に、会場が更に騒めき出す。確かに守れば守る方が有利かも知れないが、敵側には、操られているとは言え、海洋の絶対支配者が付いている。湖であっても、水上、水中戦闘では勝ち目がないだろう。
「少なくとも、軍勢は動かなくとも……全方面からの攻撃で、包囲殲滅される恐れがあるので、全軍で攻める訳には行かない。電撃的に行動しても、転移門の存在と、アークヴァンパイア達による転移、これで時間差は埋められてしまう」
転移、空間転移、転移魔法。あらゆる場面、分野に於いて絶対的優位を確保出来る、究極の移動魔法。こちらも行使は出来るが、使用者は万全の状態では無いので、無理をする訳にも行かない。
「……作戦の説明を行う。先にも言ったが……まずは、対マリンは俺が出る。恐らく、俺しか止められない」
「待って下さい。確かにレベルの上ではそうでしょう。ですが、ユウキさんが出るなど許容出来ません! 万が一、万が一トップが居なくなったら!」
と、マコト君を筆頭に俺の出撃には、否定的な声が上がる。確かにマコト君の言う通り、トップが前線に出る等、あってはならない事だ。
「それは今更だろう? だから、マコト君。君に付いて来て欲しい。俺の補佐を頼む。何より、本作戦の中心は俺じゃなくて、マコト君だからだ」
「え?」
まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような顔のマコト君。主戦力でもあるマコト君だから、と言うのもあるが、実際問題としてはその解析能力にて、少しでも情報を集めたいと言う意図がある。
「おいおい、そんな唖然とした顔すんなよ。誰が一人で行くって言った? 流石にもう、一人で抱え込むのは辞めている。マコト君には、解析鑑定を頼みたい」
「は、はい。確かに原初の記録書なら、もしかすると解析も可能だとは思いますが……で、でもユウキさんの補佐なら、アキさんかノーラさんが適任では?」
確かにマコト君の言葉にも一理あるが、俺は少し肩を落とし溜息を付く。
「……そうはいかないんだよ。来たれ、四大聖獣」
そう言って俺は無造作に四大聖獣を呼び出す。もっとも、ミニチュアサイズになった、ミニ聖獣と言う状態で、ではあるが。
「ガルーダ、ベヒーモス、ケートス、イフリート。状況は把握しているな? お前達には、各精霊都市の解放と、俺が任命する人員の補佐を頼みたい。いや、頼む。力を貸してくれ」
『ふ、やっと貫禄が出て来たな。良いだろう、我は安芸を伴い、風の精霊都市であるな?』
そう答えるのが、俺の相棒にして風の聖獣であるガルーダ。まぁ予想していたと言うか、理解が早くて本当に助かる。
「そうだ。頼むぞ。そして、ベヒーモスはノーラと地の精霊都市を。ノルンを救い出せるのは、ノーラ、姉である君だと思って居る」
「あなた……はい! 守護星騎士ノーラ、聖獣ベヒーモス様と共に、精霊騎士ノルンの救出へ向かいます!」
『おうよ、任せなあんちゃん。嬢ちゃんも、妹ちゃんも、俺達が助け出してやるぜ!』
本当に心強い仲間だ。もし俺一人だったらどうしようも無かっただろう。
「そして火の精霊都市は――」
「その役目は我であろう? イフリート殿と、アリシア姫の解放。筆頭護衛だった者として、剣の師として、我が往く」
俺の言葉を遮り応えるのが、転生者にして、世界最強クラスの技量を持つ、剣聖ムラマサ殿。俺の言わんとしている事を理解してくれている。
「待って下さい、ムラマサさん。俺も行きます。アリシアさんは、俺に取って第二の師匠の様な人、放ってはおけません」
「それなら私もです。アリシアさんに救われたから、今度は私が助ける番だと思って居ます」
ムラマサ殿に答える前に、カズヤ君とサツキさんが名乗りを上げる。そうか、そう言えば彼らもアリシアとは懇意にしていたしな。
「分かった。二人とも、ムラマサ殿の指示に従ってくれ。頼みます、ムラマサ殿」
「あい分かった。若人達よ、全力で駆け抜ける。付いて来れるな?」
『はい!!』
力強い返事をする若き精鋭たち。これで火の精霊都市と、アリシアは大丈夫だろう。
「最後に、戦艦ヤエザクラの護衛と、敵に捕らわれたF-35BライトニングⅡの撃墜は、ヤエを筆頭に、カエデさんとアンナさんが補佐。残された皆で対処を頼みたい。ケートス、皆を守ってやってくれ」
『任されたよ。マリンの事を頼むね。我らが主』
ケートスは護りに長ける聖獣。その言葉の安心感に、戦艦ヤエザクラに残る面々に、安堵の笑みが生まれている。
「つまりは、こう言う事なんだ。全方位が敵、既に俺達の所在地はバレている。ならば先手必勝、と言う訳でも無いが……まずは俺とマコト君で先行し、マリンを解析、救出後、集めた情報の共有をする」
「……成程。戦力の分散は愚の骨頂でありますが、最低限の解析結果を基に、一気に行く訳ですか。ですが連絡手段はどうします? 各精霊都市間になると、通常の念話は――」
確かに、念話による連絡には限界が存在する。しかし、俺個人が、聖獣達に連絡する分には、如何に距離が離れていても問題ない。
「所がそうでもない。俺と四聖獣は、魔力回路によって魂のパスが繋がっている。俺から各聖獣に呼びかけ、そこから一気に攻め落とすという作戦だ」
既に、魔界からこのパスを介し、四聖獣との連絡は取れている。恐らくではあるが、このパスにまでハッキングによる妨害は出来まい。出来ているなら、先の段階で俺は操られているだろうしな。
「で、では?」
「ああ。マコト君の転移で、水の精霊都市へ。他の精霊都市へは、ガルーダ、ベヒーモス、イフリートに送って貰う。移動速度を合わせる意味で、敢えて転移は使わない」
四大聖獣は、この世の理から外れた存在でもある。だが、俺が呼び出す召喚とは異なり、自力で移動するにはそれなりのタイムラグが存在する。その時間差を使い、先手を打ちたいのである。
「分かりました。大賢者マコト、神の使徒様の援護に回ります」
「ああ、頼んだぞ……そして、ミスティス」
「は、はい」
全員の配置を終えた所で、安芸、ノーラに捕まっていたミスティスと言葉を交わす。やはり、ミスティスは緊張が解れて居ない様子。
「ハイエルフの国の事もあるが、まずはこの戦艦ヤエザクラを守って欲しい。ラフィ、ティナ、サクヤ、ミリアの事を頼む。彼女らも強いが、相手は……」
「お任せ下さい。必ず生き延びて、彼女達も母国へ還します。だから、貴方様も、どうかご無事で」
俺の言葉を遮る様に、決意を表明したミスティス。ああ、帰らなきゃな。無事に全てを終らせて、きっとここに戻る。
「ありがとう、ミスティス。行って来るよ……総員、戦闘準備! 例え世界が敵だとしても、魔界で戦う仲間達の為にも、救済を求める人たちの為にも、生きて帰るぞ!!」
――轟く大歓声。皆の気持ちは、今一つとなった。こうして、戦力の分散と言う愚の骨頂を犯しつつも、俺達は世界と対峙する。願わくば、誰一人犠牲なく終わらせられる事を、切に願う。
閲覧ありがとう御座います。さて、そろそろ大詰めと言った所でしょうか。
現状の勢力図は、こんな感じになって居ます。
現在のユウキ達の戦力
神の使徒、守護星騎士二名、ガルーダ、ベヒーモス、ケートス、イフリート
大賢者マコト、上位僧侶カエデ、竜騎士カズヤ、超魔導サツキ、剣聖ムラマサ
ミスティス(ハイエルフ)、ラフィ(天使)、ティナ(竜人)、サクヤ(狐獣人)、ミリア(狼獣人)、アンナ(精霊騎士級)
戦艦ヤエザクラ 一隻、F-35BライトニングⅡ 一機
エルフ、ドワーフ連合(技術者)、精霊騎士マリン配下(精霊騎士級)
敵勢力(推定)
ヴァンパイアロード、アークヴァンパイア数名
四大精霊騎士、及び配下精霊騎士多数
F-35BライトニングⅡ 四機
冒険者、傭兵、兵士、その他全世界の戦える者
及び、操られているモンスター無数




