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第三十八話 最愛と超えて行く過去

 消えた勇者に不安を覚えながら、俺は地の精霊都市への帰還を急ぐ。何か嫌な予感がする、止まらない胸騒ぎ。何を忘れている? 何を見落としている?


 そんな俺の元に、一筋の光が舞い降りる。若草色を基調とした、銀色のドレスアーマー。大鷲と天使の羽を備える、俺の最愛の存在が。


「兄さん、無事!?」

「ああ、何とかな。しかし、勇者は取り逃がした、と思う」


 俺の目の前に、舞い降りて来た安芸。状況を説明する為足を止めた。しかし、そこが俺達の運命の転換点。背後に感じる強力な殺意。


 一体どこに隠れていたのかと思う位に、完全にその姿を隠蔽し切っていた勇者。警戒こそしていたが、安芸の参上に俺は気を抜いてしまった。


「し、しまっ……」


 振り返る俺の眼前には、迫り来る勇者の凶刃。邪悪な笑みを浮かべながら、振り下ろされる巨剣と、巨剣に纏わり付く邪悪な影。俺が反応出来なかった速度。まさか……。


 ある言葉が脳裏に過る。その一瞬が命取りだった。間に合わない。俺は必死に防御の姿勢を取ろうとするが、恐らくその防御は何の意味の成さないだろう。


 俺はその斬撃で致命傷を負っていた。あの時見た未来で俺は、勇者の攻撃を止める事が出来なかったのだから。


「やらせるもんかぁぁぁぁ!!」


 しかし俺が反応しきれなかった斬撃に、安芸が超反応で対応。ギリギリの所で巨剣を打ち流し、俺は事なきを得る。


「ちぃっ!! このアマ!!」


 斬撃を受け流された勇者は、俺事安芸を切り裂こうと巨剣を横に薙ぐ。しかし、そうはさせない。油断したが今の一撃で目が覚めた。

 

「そこ!」


 そう言って俺はブレーカーユニットで、アッパーカットをするかの如く下方から巨剣を打ち抜く。巨剣を跳ね上げられた勇者は態勢を崩した。


「受けなさい!」

「ぐっ!?」


 体勢を崩した勇者に、安芸が追撃を行い勇者を弾き飛ばす。どうやら安芸は風魔法を行使し、その両刃直剣に纏わせて圧縮空気を開放したようである。


 参ったな。俺が守ると思っていた存在にこの命を救われるとは……安芸は、俺が気を抜いた一瞬さえ戦い続けていた。流石は四大精霊騎士の一角。


 元々争い事や戦いに嫌悪感を示していた安芸が、今は俺の最愛にして最強のパートナーとなって居る。本当に、この出会いに感謝しかない。


「すまない、俺としたことが」

「良いから、今は迎撃だよ。聖剣をお願い、ここで決めましょう。超えなきゃならない、過去があるんだ……」


 そう言って剣を構え直す安芸の瞳には、必ずここで決めると言う、強い意志が見て取れた。俺も聖剣を召喚し、きつく握り締める。


 安芸によって攻撃を逸らされた勇者は、少々離れた所で巨剣を構え直して居た。俺と安芸が油断なく警戒して居る為か、それ以上踏み込んでは来ない。


「……けけ、ああそう言う事か。兄さん、ね。成程、成程……くく、はぁーはっはっは! 愉快、最高に愉快だ! またこうして、あんたと会えるとはな。どうだ? 俺のマグナムは良かっただろう!?」

「黙れ。この腐れ外道!!」


 そんな状況に勇者が言葉を発する。俺がレオナ、安芸の兄である事を知り……また会えた、と言う。超えなきゃならない、過去。マグナム、これもアレの隠語だとすれば……。


 考えが廻った瞬間始まる勇者の語り。こいつが、安芸を……許さん、絶対に許さん。俺は怒りに燃えるが、安芸が小声で『落ち着いて』と言ってくれたお陰で冷静になれた。


「底辺野郎、低能なお前でも気付いた様だな。そうだよ、五年前……この女で、いや、違うな。転生前のこの女で、俺は卒業させて貰った。最高だったぜ? 泣き叫ぶ女ってのは」


 が、その言葉で再び頭に血が上る。ふざけるなよ、このクソガキ。俺がどんな思いで安芸を見送ったと思ってやがる。だが、堪えた。怒りは全てを見失わせる。落ち着け、俺の隣には安芸が居る。大丈夫だ、問題ない。


「……本当に精神破綻しているのね。やはり貴方は害悪でしかない」

「はっはぁ! だから何だってんだ? 頼ろうにも警察も居ないこの世界で、どうやって俺を裁く? なぁアキさんよぉ!?」

「簡単な話よ。私たち自身が貴方を裁く。その命を以て贖罪とさせる!」

「やってみろよ! 今度は犯すだけじゃ済まさねぇ。文字通り昇天させてやんよ、そこの底辺野郎と一緒になぁ!!」


 勇者と安芸の言葉の応酬。最後の一言と同時に勇者が踏み込み、安芸へと巨剣を振り落とす。


「させるかよ!」


 だが、俺が割って入り勇者の剣を受け止める。ブレーカーユニットは瞬時にグラップルアームへと変更していたので、巨剣を絡め取るのも容易な事だ。


「お前を殺す前に聞かせて貰おうか。残りの二人はどうやって逃げ延びた。日本の警察は優秀だ、お前程度の小悪党を見逃す程落ちぶれちゃいない」

「はっ!」


 勇者の言葉で俺も思い出したが、警察はあの事件を捜査していた筈だ。しかし、五年の間犯人は逃げ延びた。俺がこの世界に召喚される直後まで、その足取りは掴めていなかった。


 いや、公表出来なかったのか? 少年Aと言う形で、保護されたか。あるいは何かの権力で警察を黙らせた? 被害者である俺が、第二の加害者になる事を防ぐ為か?


 それにしても、何故こいつだけ? 少なくとも三人の加害者が居た筈だ。一体何故。見捨てられたにしても、こいつが警察にばらせば済む話だろうに。


「答えが聞けるとは思っちゃいないが、他の実行犯はどうした。警察の見立てでは三人と聞いている。何故お前だけ捕まる様な事が……」

「……既に逃げた後だったよ。当然俺も警察には話したが信じて貰えなかったな。それで思い出したのが、兄貴は凄腕のハッキング技術があるそうでな。俺はまんまと囮にされた訳よ」


 兄貴、まさかあの時安芸を殺したのが、こいつとその兄、と言う事か。もう一人いる筈だが、こいつの話を鵜呑みにするなら情報を攪乱して逃げ続けていると言う事か。


「……まさか、囮にされて自分だけ酷い目にあったのが、俺のせいだと言いたいのか?」

「そうさ。当時俺は13歳。少年法適用前だったが、保護観察がクソうざくてな。お陰で命拾いはしたが……色々苦労したぜ、だからあんたの名前は忘れなかった」


 言われて思い出したが、確かに少年法は未成年を社会復帰に、とか言う法律だった。しかしそれは14歳以上の場合だ。14歳未満であれば審判すら行われないんだったか?


 どちらにしてもふざけている。子供だからと、女性を弄び、挙句の果てに命を奪う行為。最低最悪の行為だ。本当の底辺はお前だろうに。


「まあ苦労したと言っても、兄貴が上手くやってくれたんだろうな。俺の被害は最低限で済んだよ。それでも恨みは晴らすべきだろ? あるべき所に。そしてこの世界。丁度良いじゃないか。俺を苦労させた、底辺野郎を殺すにはな!」

「……逆恨み、と言うにはお粗末過ぎるな。何様のつもりだ。人を殺して、未成年だからと守られた上で、原因が俺だと?」


 ふざけるな。俺は、両親、義母、そして義妹、次々に失い、失意の底であった。苦労した? 安芸を強姦したクソ野郎が、苦労しただと?


 挙句の果てに、逆恨みも甚だしい。そんな理由で俺は、この世界に召喚された時あんな目に遭ったって言うのか?


「まぁ、安心しろよ。お前が死んで、この女は俺が貰う。転生者らしいし、容姿も随分綺麗になってるようだしな。それで全て解決する、さぁ……審判の時だ」


 怒りに燃える俺を余所に、勇者がそう呟くと突如として風が吹き荒れる。何事かと思えば、勇者を中心として膨大な魔力が膨れ上がっていく様子が見て取れる。


 直後、空が陰る。俺達の頭上には、漆黒と言って良い程、真っ黒な雷雲が広まって居る。稲妻を走らせ、どんどん巨大化していく。勇者が、最上の笑みを浮かべる。それは、まるで悪魔が微笑むかのような――。


「消えろ。セレスティアル・ライトニングボルテックス!!」

 

 勇者の声と共に、無数の落雷が俺に襲い掛かる。咄嗟に防御態勢を取るが、恐らく防ぎ切れない。ただでさえ魔法耐性が低い状態なのに、避ける事すら敵わない。


 排土板シールドによって20パーセント程ならダメージを軽減出来るのは分かって居るが、目の前で貯められた強大な魔力の前には紙切れと同等であれば良い方か。


「大丈夫――」


 しかし安芸の声と共に、俺に降り注いだ落雷が消え去る。上空の暗雲も吹き飛ばされ、再び夕暮れの空が姿を現す。


「な!?」


 驚愕の表情の勇者。確かに安芸もレベルが上がって居るが、安芸の持つ防御障壁、魔法障壁では、この威力の魔法を相殺する事は不可能だ。


 その状況に驚いたのは勇者だけではない。俺もその光景に唖然とする。一体何が起こった?


「驚くのは無理も無いよ。でもね、これがある限り――魔法は無力化される。そして!」


 安芸の声と共に、リングから一条の光が放たれる。勇者は慌てて防御するが、その一撃は勇者の防御を突破。超爆発と共に、勇者は彼方に吹き飛ばされる。


 想像以上だ。防御のみ、と考えて居たリング。安芸の左薬指に備えられる、オリハルコン製の台座に各種宝石が装飾されたリングが輝く。完成はまだ先と思っていたが、あのエルダードワーフが頑張った結果であろう、しかし。


「間一髪だったよ。あと一歩遅れて居たら、このリングは永遠に日の目を見る事は無かった」


 そう、安芸達が精霊都市内の掃討を行っていた時、あのエルダードワーフの店も襲撃を受け、店主も殺される寸前であった。装飾の事は安芸に話していたし、風の精霊騎士は、神の使徒と深い関わりを持つ婚約者である。


 結果として、エルダードワーフは全ての状況を理解。完成間近だったネックレスとブレスレットは破壊されてしまったが、唯一完成していたリングだけは死守していたそうだ。


 そんな状況に辿り着き、店とエルダードワーフを救出した安芸に、このリングを託したと言う事だ。大小、対になるリングの片割れが、安芸の左薬指にある。なら、もう一つ俺のする場所も、決まって居る。


「すまないな、こんな状況で」


 俺は謝りつつ安芸から指輪を受け取ると、安芸と同じく左薬指へと装着する。リング同士が共鳴し、俺の内から力が沸き上がる。


 完全なる魔法耐性を得た俺は、安芸と並び立ち勇者を見据える。本当にすまないな、こんな状況じゃなければ教会で交換する物なのに。


「ううん、良いの。だからこそ、超えられる――行こう、兄さん。私達の悪夢に、終止符を打とう」


 そんな俺の心境を、安芸はしっかり読み取ってくれた。すまないな、不甲斐ない兄で。でも、だから超えて行ける、俺が安芸を守る。安芸が俺を守る。支え合う俺達を、たった一人の勇者が止めれる道理は無い。


 そうして安芸と睨む先には、幽鬼の如く俺達に歩み寄る、勇者の姿。安芸は、俺の持つ創世神の加護の庇護下にあり、俺の眷属として、超常殺しの力を保有している。確殺出来なかったのは、純粋に増幅が足りなかった為であろう。


「ああ、終わらせよう。聖剣よ、その力を示す時。今こそ、その真名を解き放つ……目覚めよ、聖剣シンフォニア!!」


 俺の言葉に呼応し、聖剣が光輝く。風の女神セラフィーナ様から託された想いを。創世神ゼフィロス様から託された力を。最愛の安芸と進む未来を切り開く為に。


 俺は聖剣の真の力を開放する。超常殺しの力を増幅させる神器、聖剣シンフォニアを手に、俺と安芸は悪夢と対峙する。勇者と呼ばれた、最強最悪の悪夢との、最終決戦だ。




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