第三十六話 火の精霊騎士アリシア
緊急連絡。風の精霊都市、発信者は風の精霊騎士レオナ。私の親友にして、最大のライバルだ。彼女の連絡と共に送られてきたクリスタルに、私は眉を顰めた。正直に言うと、半信半疑。このクリスタルに封じられた記憶が、この世界の未来だと言う。
眉唾物と思ったが、レオナの目は真剣その物。そして、このクリスタルは神の使徒から預かった物だと言う。神の使徒。この火の精霊都市でもその話が伝わって居る。風の女神セラフィーナ様に選ばれた、神の使徒サクラユウキ。
そして私の頭に流れ込む、未来の姿。私は背筋が凍った。その場に自分が存在する、その記憶の中で、自分がした経験を追体験する。私は、勇者との決戦後に、魔王軍との戦いで命を落としている。
でも、そこでこの記憶は途切れない。最後に生き残った、レオナの視点に切り替わり……数年の時が流れる。たった一人で戦い続けた、私のライバル。最後は呆気なかった。兄と呼んだ最愛の存在を追い、その人生に終止符を打ったのだ。
『アリシア、この戦いが終わったら、本当の事を話したい。だから、協力して欲しい。この世界の、未来を紡ぐ為に』
かつて見せた事のない、真剣な表情。親友からの心からの願い。私も、あんな未来は認めたくない。だから私は、立ち上がった。神の使徒への協力、と言うよりかは、精霊騎士レオナの願いを聞き入れた形である。
「仕方ないわね。貸し一つ……何て言わないわ。親友でしょ? 助けるよ、レオナも、ノーラも。マリンも行くんでしょ? 教えてあげよう、勇者に。この世界を守る者の矜持を」
そう言って、レオナが立ち上げた精霊通信網にて、実際に神の使徒と会話を行ったが、成程。レオナが心から愛していると言うのが、良く分かる。決して奢らず昂らず、冷静に状況を分析し、的確に作戦を立案していく。
正直言えば私は、作戦立案能力が低い。故に彼の言葉が完璧とさえ思えた。尤も、マリンからすれば、薄氷の上を渡り歩く位危険な作戦、らしいが。
その結果として、私は勇者パーティの一員、魔法使いと対決する事が出来るのだ。強者との戦いは、自分の糧となる。神の使徒曰く、間違いなく強者であり、ステータスの面では、レオナと同等かそれ以上とさえ言わしめたのだ。
「上等よ」
負けるつもりは毛頭ない。が、勝てないにしても、勝つ必要は無いと言われている。無力化するだけでいい、と言うが、戦いに勝つより難しいと言う事を、彼は理解しているのだろうか?
けれど、そんな事を考える必要は無かった。単純に、魔法使いの足を止めれば良いだけ。捕虜として捕らえるとか、そう言う事は一切考えなくて良い。最悪の場合、魔法使いが命を落としても、問題が無いらしい。
彼の優先度は、何に置いてもノーラ達、人質の救出が最優先。その為には、私とムラマサが足止めする対象の殺害も、やむを得ないと言う事だ。
「にしても、あのノーラが、ねぇ……」
精霊通信網からは、声しか聞こえなかったが、実際に会って話をしてみたいと思った。あのレオナが最愛と称し、あのノーラが落とされたのだ。どんな色男なのかと、気になるのは私だけでは無いだろう。
「……まさか、私まで落とす気じゃないわよね? ただの女ったらしだったら、一発ぶん殴ってやるんだから」
声だけ聴けば熱血漢的な男性と言う感じであるが、それだけでレオナが靡くとは考え難い。ノーラだって、あの容姿故に私は結婚はしなくても良いかな、とまで言っていたのだ。
「兄さん、ね。義理の兄妹の契りでも結んだ? それとも、純粋に兄のように慕って居るから? まぁ考えても始まらないか」
そして現在。転移門を潜り、地の精霊都市に到着。その惨状は酷い物だった。詳細は省くが、未だ都市内で狼藉を働いて居る者がいる。レオナの言葉で、私たちは都市内の掃討を優先した。
「レオナ、この状況……」
私の問いにレオナは、未来が変わりつつあるとだけ答えて、略奪者と成りし暴漢を殲滅して行く。身包みを剥がれた女性に覆い被さる暴漢を、レオナと協力して潰していく。
ええ、男の象徴たるアレも念入りに潰させて貰った。婦女暴行に対して情状酌量の余地はない。強姦魔は死ぬべし。慈悲は無い。
結果的に、後顧の憂いを絶つ事に成功。生き残りも数多く居たが、私達の救援が一歩遅く、心神喪失状態の者も少なくなかった。私は怒りに燃える。同じ女性として、絶対に許さない。
そんな思いを胸に城壁内部で、外の様子を見ながら待機。彼が号令を出したら、一斉に行動する手筈になっている。
「今、使徒様が敵兵力を、この場から引き離しています。合図が来次第、全力で行きます。皆、準備は良い?」
レオナの言葉に、全員が頷く。
「出撃!!」
レオナの号令で、私たちは各々の戦場へ散る。さぁ、戦闘開始よ。
「降り注げ、光の刃よ。識別せし悪鬼羅刹を打ち滅ぼさん。ブラウズニル・ホーリーライト!!」
先手を打ったのは、レオナ。広範囲殲滅魔法、ブラウズニル・ホーリーライトにて、精霊騎士を始めとする人質周辺の兵士を、文字通り消滅させる。
異変に気付いた竜騎士と、魔法使いが反転して戻って来るのを確認した。私はムラマサを伴い迎撃に向かう。
「ムラマサ、死ぬんじゃないわよ?」
「承知しております、姫」
ムラマサも、私の言葉に短く返事をして、竜騎士の前へと移動していく。さて、私もやりますか。
「剣閃烈火……紅蓮波動撃!」
超速で距離を詰めた私は、火の精霊騎士の誇る剣技が一つ、紅蓮波動撃にて先制攻撃を仕掛けた。比較的遠距離から攻撃できるこの技で、魔法使いの出鼻を挫き、その隙に接近戦に持ち込む考えだった。
最大射程付近で攻撃したので、届く頃には威力は相当減衰しているだろう。しかし、迫り来る紅蓮波動撃は、見た目が一条の、火炎を纏う極大閃光である。恐怖により足を止める意味合いもあった。いわば、牽制の一撃。
「へぇ」
私の心配を余所に、魔法使いはあっさりと紅蓮波動撃を防ぐ。水の防壁を展開し、相殺した様だ。尤も、減衰率から考えれば、大した防壁ではないのかも知れない。
しかし、お陰で魔法使いの足が止まった。私は脚部に魔力を集中。吹き出る炎を推進力に変え、突進。途中、魔法使いが攻撃を仕掛けて来るが、単純な氷の初級魔法。あちらが攻撃を相殺した様に、私も自身が纏う炎で、氷の矢を相殺する。
「そこっ!」
火の精霊騎士に代々受け継がれる、魔剣レーヴァテインを振り抜く。捉えたと思った魔法使いが、陽炎の様に消え去っていく。これは、闇と火の複合魔法を、幻影として投影した偽物だった。
直後、私の頭上から強烈な風が吹き下ろされる。動きを制限された私に、無数の氷と雷の槍が飛来する。その全てをレーヴァテインで叩き落として行くが、最後の最後で、小粒の石礫を全身に浴びて、軽く怯んでしまった。
「まずっ……!」
私は直感で危険を感じ取り、炎の推進力を以てその場を離脱。直後、吹き下ろす風の中心に、巨大な石杭が突き刺さって居た。あと数秒反応が遅れたら、滅ぼされてたのは、私だ。
「……全元素魔法使い? ちょっと、今までにないタイプよ。二属性でも稀有だと言うのに、これが異世界人、ね」
乾いた笑いが出て来る。成程、彼が言っていた意味、やっと理解したわ。最低でもレオナと同等かそれ以上と言っていたが、明らかに異常な能力だ。少なくとも、全力を以て当たっても、良くて四割が勝率だろう。
「降伏して下さい。貴女では、私に勝てない。降伏するなら、それ以上の攻撃は控えます、どうか」
そう言って私の射程範囲内に魔法使いが現れた。瞬時にその場に、だ。瞬間移動か、空間転移か、幻影魔法による完全隠蔽か。何にしても、厄介な相手だ。
「降伏? 冗談きついわ。こんな楽しい戦闘を出来るのに、戦わない何て選択肢は無いわ!」
「繰り返します。降伏して下さい。貴女も女性です。私の一言で、貴女を守る事が出来るのですよ?」
その言葉が、私の神経を逆撫でした。それは、明らかなる上位者の視線。私が負ければ、慰み者にされる。それは女性として看過できないから、と言う事らしい。
「結構よ。気が変わったわ、戦いを楽しむのは止めましょう。あんたは今ここで倒す。現実を教えてあげるわ」
「……仕方ありませんね。負けても、どんな目に遭っても、助けませんからね」
直後、魔法使いの間合いに入り、レーヴァテインを振るう。当然魔法使いは陽炎の様に消えるが、よく見ると制御が甘い。消える陽炎とシンクロする様に、少し離れた所に、ぼんやりとした輪郭が見える。
私は初級魔法、フレイムショットをそこに打ち込む。陽炎が出現と同時に着弾。魔法使いは忌々しい、と言う感じの表情でこちらを睨む。
ダメージ自体は然程無いだろう。魔法使いならば、常時魔力障壁を張る事も可能。叩くなら物理攻撃しかない。私は、今までの戦いの経験から、魔法使いに対してどんな戦術を取るべきか、その道筋が見えている。
「ふっ!」
踏み込み、剣を振るう。消えられ、逃げられる。そこに着弾する初級魔法。延々と繰り返していくと、遂に魔法使いが息切れを起こしたのか、遂にその体に剣を着弾を許してしまう。
「きゃあ!?」
尤も、その魔力障壁の堅さは、間違いなく最上級。魔法使いは、可愛い悲鳴をあげて、軽く吹き飛ばされるだけ。しかし、魔法使いは起き上がって来ない。体力回復を行っているのか、と思って接近するが、魔法の類も一切飛んで来ない。
まさか、今の一撃で脳震盪でも起こして、気絶してしまったのか? 余りにも呆気ない結末に、少々呆けてしまったが、これが私の最大の油断だった。天から降り注ぐ、無数の流星。
いや、流星ではない。超高空から、無数の巨石が自由落下してくる。恐らく、瞬間移動の派生、瞬間転送で、土魔法によって生み出した巨石を高空へ移動させたのであろう。
「……最後の慈悲、です。降伏しなさい、そうすればあの巨石も、解除します。このままでは、貴女だけではなく、都市や民間人にも被害が出ますよ?」
「降伏はしないわ。諦めもしない。あの攻撃、自滅も考えた最大攻撃、でしょ? 止められる訳が無い。なら、やる事は一つ。あの巨石を砕くだけよ」
私の言葉に、魔法使いは驚愕の表情を浮かべる。まさか、真意を見抜かれるとは思って居なかったのだろう。まぁ推理自体は簡単だ。確かに異世界人としての能力は破格だが、その力は無限ではない。
故に、蓄積したダメージ、常時展開している障壁の維持、最後に行使した瞬間転送。その累計を考えれば、解除にどれだけの魔力を必要とするか。彼女が立てないのは、魔力消耗による減衰状態。見抜くのも容易だった。
「……そうですか。なら、諦めて死んだ方が良いと思いますよ? 実際私は、もう死んでも良いと思っています。もう嫌なんですよ、こんな世界で生きる事」
魔法使いの目からは、生気が抜けている。何となく想像が付く、女と言う存在。異世界人で、魔法使い。勇者パーティの一員。この世界の男、貴族、権力者が見逃す筈がない。中には、法外な方法を取る者も居る。恐らく、彼女は既に……。
「理解してくれているようですが、私の初めては、カズヤ……竜騎士となので、ご心配なく。まぁ、嫌な事には変わりないですが。貴族なんて、クソばかりでしたから」
「そっか、でも同情はしない。でも、戦うなら……まだ戦えるなら、道はある」
ナグツェリア王国での女性の地位は、決して高くはない。諦めるのは勝手だけど、巻き込まないで欲しい物だ。私は、魔法使いを一瞥し、レーヴァテインを構え、魔力を練り上げていく。
「無駄ですよ。私が込められる最大の魔力を込めましたので。壊せる訳がないです。まぁ、壊せたら……私も、戦ってみましょうかね。無駄でしょうけど」
確かに、今のままでは足りない。私の最大魔力は、良くて魔法使いの数分の一。消耗状態とは言え、簡単に行くものではない。けれど、レーヴァテインなら別だ。
「その言葉、忘れないでよ? じゃあ、行きましょうか。レーヴァテイン!!」
練り上げられた魔力を、レーヴァテインが吸い上げ、その刀身が紅蓮に染まる。同時に、レーヴァテイン自身が、周囲から魔力を集積させる。その光景に、魔法使いは驚愕の表情を浮かべる。
「レーヴァテイン、第一拘束解除。神霊力解放、魔力との融合開始。第二拘束解除……まだ行けるわね、レーヴァテイン!?」
私自身からも魔力と、生命力を吸い上げる、魔剣レーヴァテイン。代々受け継がれて来た、この忌まわしき剣には、歴代精霊騎士の魂が宿って居る。その出力は、超常の存在にすら致命傷を負わせると聞く。
「良いわ、やっちゃえレーヴァテイン。最終拘束解除、命を糧に、想いを糧に、討ち貫け、魔剣レーヴァテイン。その忌まわしき記憶と共に!! 神技、リミッティング・グロウキャリバァァァァ!!」
私は、レーヴァテインを振るう。上空から飛来する巨石へ向けて、巨大な光の柱が立ち上り、一閃の元に、複数の巨石を両断し、消滅させる。
「う、うそ……そんな……」
まさか、本当に巨石を消されると思っていなかった魔法使いは、魔剣レーヴァテインの威力に震えている。無理も無い、己の誇る最強の魔法が、一刀の元に打ち払われたのだ。
「ふふ。少しは、信じてみる気になった? 未来を、明日を」
「……ええ、悔しいですが完敗です。そして、生きてみます。戦って戦って、生きて行きますよ。彼も、私の死を望んでないですし、ね」
そう言って魔法使いが向けた視線の先には、ムラマサとの戦闘に敗北し、気を失って居る竜騎士の姿があった。その傍には幼いドラゴンが眠る様に寄り添っている。
「でも、まだ戦いは終わって居ない。後は貴女次第よ……掴みなさい、未来を」
魔法使いは、頑張ってみます。とだけ言って気を失った。文字通りの魔力枯渇と、気力が尽きた事で気を失ったと推測出来る。
そういう私も、割と限界に近い。レーヴァテインにより吸われた生命力が、完全には戻って居ない。レーヴァテインを杖代わりに、辛うじて立てている状況だ。
「……でもま、レオナの援護にはなったし、良しとしましょう。後はお任せします、使徒様」
そう言って頭を上げ、地平線の遥か先を見据える。そこには、激突を繰り返す巨大な魔力反応。今の私に出来る事は無い。ただ純粋に、神の使徒たる彼の勝利を願うのみ。




