第三十五話 武人ムラマサ
我が名はムラマサ。それ以上でもそれ以下でもない。我に与えられた命令は、竜騎士と言う存在を足止めする事。主人であるアリシア姫の、ご友人の主君からの、ご依頼と言う事だ。
我には、記憶が無い。いや、漠然と覚えているのは、火の女神アンジェリナ様と言う存在の事だけだ。気が付けば、我は火の精霊都市の一角で、モンスターと対峙していた。この刀、ムラマサと共に。
それにしても、この竜騎士と呼ばれた男、中々筋が良い。いや、我が昔に比べて、技量が落ちている……昔? はて、昔とは一体。我は記憶が無い筈なのに、何故昔の事と言えるのだろうか。
「まぁ良い。さて、少年よ。ここから先へは往かせぬ。どうしても、と言うなら……我を超えて見せよ」
「……」
我の言葉に、少年の気配が変わる。滾る。心が、闘争を求めておる。こんなに心躍るのは……名も姿も思い出せんが、あの者との闘い以来。我は、記憶が無い筈なのに、何故だ?
思い出せない。我は、誰と戦い心が滾ったのか。あの者、あの者とは一体誰なのだ?
「異世界人、竜騎士、サエキカズヤ。いざ、尋常に勝負!!」
そんな風に思案していると、少年が名乗りを上げた。竜騎士、サエキカズヤ。カズヤ少年と言う所か。ふむ。良い気迫だ。ならば我も応えるとしようか。
「我が名はムラマサ。掛かって来るが良い、異世界人の少年よ。全身全霊を掛けて、受けて立つ」
我の言葉を聞いた直後、カズヤ少年が槍を握り込み、凄まじい瞬発力で我に肉薄する。素晴らしい瞬発力だ。一瞬でも気を抜いたら、それだけで終わるやも知れぬ。
その切っ先は、真っ直ぐに我が心の臓に狙い澄ましている。我はムラマサを抜き放ち、槍の軌道を僅かに逸らしてやると、カズヤ少年は驚きもせず、突き抜け態勢を立て直した。
「……やっぱり、一筋縄で行く相手じゃないか。いや、無理も無いか」
ふむ。どうやらカズヤ少年も決まるとは思って居なかった様だ。それにしても、これが異世界人か。我はこのムラマサによって身体能力を高められて居るが、カズヤ少年は素でその身体能力を上回っている様である。
「それで終わりか?」
はっきり言って、ギリギリのラインであるが決して慌てず。務めて冷静に対応している。余裕の状況を見せて居るが、後半歩移動しなかったら我は消し飛んでいたであろうな。
「正直言えば、もう終わりにしたいですがね。全然勝ち筋が見えないなんて、初めてですよ、っと!!」
そう言って、カズヤ少年が再び突撃してくる。今度は狙いを一点に集中して居ない。目は口ほどに物を言う。先の一撃も、心の臓を狙うと宣言していた様な物であった。
「解放、限界突破! 必殺、閃光針!!」
「ほう」
だからであろう。狙いを分かり辛くした上で、カズヤ少年の身体能力が劇的に向上する。同時に、その手に持つ槍を鮮やかに振るう。そして、閃光針と言う技を繰り出したかと思えば、我の眼前が、文字通り無数の光の針で埋め尽くされる。
しかし馬鹿正直に当たる必要も無い。我は少々身を翻しつつ、最小限の動きで光の針を迎撃。僅かに数本の針を、掠める程度に被弾を最小限に抑える。
確かにカズヤ少年のステータスは高いが、決して捉えられぬ訳では無い。我も高い技量を持っているが、それをも上回る攻撃には正直脱帽であろう。
「は、ははっ……おいおい、これを防ぐってどんだけだよ。やっぱり、終わらせた方が良かったよ」
そう呟くカズヤ少年の息が荒い。恐らく限界突破による副作用と言った所であろう。自らのステータスを向上させるのは良いが、それも下地があっての物。
我の見立てでは、カズヤ少年自体の身体能力は、限界突破による急激な成長に追い付いていないのである。
「そうであろうか? 確かにこの技術なら、並大抵の敵なら屠れるであろう。相手が我であった事だけが、残念ではあるな」
「……言い返せない。事実だけど、少しはオブラートに包もうぜ?」
オブラートとは何であろうか? しかし、竜騎士の心はまだ折れてはいない。まだ来るつもりであろう。滾る、心が滾る。より強き者との戦いが、我を更なる高みに登らせてくれる。
「次の一撃で終わりにする。文字通り全身全霊を掛けた一撃だ……受けて、貰えますかね?」
「良かろう、掛かって来るが良い。日ノ本の若人よ……日ノ本? 何故、我は日ノ本と? 我は……」
日ノ本。自然と出たその言葉に我は首を傾げる。何故日ノ本と言ったのであろうか。もしや、この日ノ本なる言葉が我の記憶を呼び覚ます鍵となるのではないか?
その様に我が過去の記憶に付いて悩んで居ると、次の瞬間、上空に一匹の竜が現れ、竜騎士の元へ舞い降りる。
ほう、流石に竜騎士と言うだけあり、竜を使役出来るのか。面白い、滾る。心が滾る。次の一撃と言ったカズヤ少年の言葉に、我の心は熱い溶岩の様に燃えておる。
「この技は、本当なら使いたくは無いんだ。でも、貴方を超える為なら……俺は鬼にでも悪魔にでもなる! ユニークスキル、人竜一体、発動!!」
そう叫ぶと巨大な竜が、カズヤ少年の中へと取り込まれて行き、瞬く間にその姿を変えた。今の彼は、竜騎士等と言う職業ではなく、竜人その物と言っても良いだろう。
対峙して分かるその圧倒的な力。恐らくカズヤ少年の脳が、無意識に力を制御しているのであろう。過ぎた力は己が身を亡ぼす。その制御された力を、竜の力で強引に行使していると思われる。
「うぐ、くっそ、まだまだ……扱いきれない、な。でも、一撃だけで良い、持ってくれよ俺の体。はぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
苦しそうな表情の中で、覚悟を決めた男の顔が見て取れる。その全身から発せられる、極限まで高め、練り上げられた、気と魔力の奔流。その覚悟、しかと受け止めた。
「覚悟を決めた男と対峙するのは、何時であっても心が躍る物よ……来るが良い、竜と成りし少年よ!」
そう言って我は、刀を大上段に据え置き、槍を構えるカズヤ少年と、真正面から相対する。この様な心が滾る戦いに臨ませてくれたアリシア姫と、依頼主には感謝せねばならんな。
そんな我の言葉を聞き、遂にカズヤ少年が真の力を解き放つ。放出される闘気に、我の肌が焼ける様な熱さを感じる。これよ、これこそ命の取り合いよ。
「行くぞッ! 奥義、烈波竜皇陣!!」
カズヤ少年の周りに、極大の魔法陣が描かれる。どちらかと言えば、魔法の術式ではなく、漢文の術式。呪法、呪術、唱術と言った類の魔法陣である。
直後、無数の竜の幻影を従え、カズヤ少年自身が鏃となり、我に突進攻撃をして来る。その後方には四方八方に竜が舞い、我の退路を寸断している。
面白い。真正面からの力のぶつかり合い。望むところである。
「我、火の精霊騎士の守護者なり……『妖刀ムラマサ』よ、我に力を貸し賜え。一意、専心ッ。はぁぁぁぁ!!」
カズヤ少年が文字通り全力を出すのだ。我も全力を出すのが当然の礼儀であろう。我も刀に、可能な限り力を注ぎ込む。妖刀ムラマサが、我の闘気を纏う事で、より一層その神秘性を醸し出す。
我は、カズヤ少年の突進攻撃を迎え撃つ形で、妖刀ムラマサを振り下ろす。結果――。
「おおおお!!」
「はあああ!!」
槍と刀。異なる二つの武器が、凄まじい衝撃波をまき散らしながら、強力な力場を成形。武器同士の接触はなく、純粋な力場同士のぶつかり合い。意志と意志のぶつかり合いである。
そして我は思った。まさかこれ程までに強力な物とは思わなんだ。しかし、脇が甘い。力の練りが甘い。踏み込みが足りん。ならば我が押し勝つのみ!
「チェェェェストォォォォ!!」
咆哮。我は妖刀ムラマサを振り切り、カズヤ少年の力場を叩き切る事に成功した。結果、竜と成りし少年が我の力の全てをその身に受け、崩れ落ちる。
「くっそ……やっぱ、届かねぇのか、よ……」
それでも、槍を杖にギリギリの所で倒れるのを拒んでいる。良い根性である。故に、我はカズヤ少年へと称賛の言葉を贈る。
「悔いる必要はあるまい、其方はまだまだ強くなれる。今は未熟でも、鍛錬を重ねればきっと、な」
「……は、はは……そう、っすね……まだまだ、強くなれるのか。お手合わせ、ありがとう……ございまし、た……」
そう言ってカズヤ少年が地に屈した。その心意気は正しく日ノ本のそれそのものである。面白い。鍛えれば、あの若武者に……あの、若武者?
「そう、か。そう言う事か……火の女神アンジェリナ様の采配に、感謝せねばならぬな」
思い出した。我は、かつて一人の若武者と戦った。最愛を守ると誓った彼に、自我を保つのが限界を迎えていた我は、終止符を打って貰っていた。騙すような形になったのは、申し訳なかったが、な。
天へと帰り、新たなる輪廻を迎える前に、火の女神アンジェリナ様によって、我は冥府の淵から救い上げられていた。そこで、もう一人の女神、風の女神セラフィーナ様と出会った。
曰く、あの若武者と共に、世界を駆けて抜けて欲しいとの事。その後は、薄れ行く意識の中、火の女神アンジェリナ様によって、再びこの大地へ舞い戻った。
「ふ、思ったより早く、彼と再会出来そうだな。そして」
我の目の前で、気を失う若人、ではなく若武者か。その傍らには、満身創痍で眠る幼竜の姿があった。まるでカズヤ少年に寄り添うように。
「くく、こやつも含め、鍛えるのもまた一興。この出会いに感謝をするぞ」
そう言って我は、主人に目を向ける。そこでは、我以上に激戦を繰り広げる、紅蓮の炎を纏いし我が主人と、四大元素属性魔法を行使する、魔法使いの戦いが繰り広げられていた――。
申し訳ありません、本日はここまでとなります。
あかん、異様に眠くて起きて居るのが辛い……。




