第三十一話 運命の分岐点
俺の脳裏に映された、悲しい記憶。現実以上にリアルに再現される光景。これが、この世界の未来? 俺の選択で、こうなるのか?
そんな俺は右手に違和感を覚え視線を向けると、手の中に小さなクリスタルが握られていた。何時、こんな物を手に入れた? これはなんだ? なんとなくクリスタルに魔力を通せば、またあの未来が映し出される。
そうか、これは記憶媒体的な何か。入手理由は恐らく神様経由の物だろう。不老であって不死ではない、そんな俺が手に入れたのは、巻き戻された未来の記憶。なら、俺のすべき事は。
「し、使徒様……あ、あれ……」
ノルンの言葉に、デジャヴュを感じる。ここか、ここが歴史のターニングポイント。創世神の加護により、最悪の未来を見た俺。今なら、全てを救える可能性がある。
「ノルン、精霊武装を開放して、転移門へ行くんだ。これをレオナに渡してくれ。頼む、ノルンにしか出来ない事だ」
「分かり……ました。お姉さまを、お願いします……」
そう言って、俺は持っていたクリスタルをノルンへ預ける。ノルンに渡したクリスタルは、俺が視た未来を映像として記録している物。安芸なら、全てを理解してくれるだろう。俺も、怒りに身を任せて、最悪の結果を招いた。未来は変えられる。
俺は、フィリア達に説教していた筈だ。人は、お互いが支え合って生きている、と。俺がその言葉を破り、一人で全て背負った結果があの未来だ。ならば、今取れる最善を尽くすのみ。
「すまない、ノーラ。もう少しだけ我慢してくれ……」
そう言って、俺は物陰からナグツェリア王国軍を観察している。陣形、人員、人質の数、位置。それを確認している間も繰り返される、一般市民への凌辱行為。女性の尊厳を踏み躙る、最低の行為。耐えろ、今はまだその時ではない。
必死に感情を押し殺し、怒りを鎮める。あの未来が確かなら、俺が一人で行ってどうにかなる問題ではない。ノルンを信じろ、安芸を信じろ。俺は、一人じゃない。
一分が一時間にも感じられる。ただ、座して待つのがこれだけ辛い事なのか。どれだけ時間が経過したのか分からない。数分? 数時間? まるで永遠に思える時が流れる、そして――。
『兄さん!!』
そんな言葉が、俺の脳裏に響き渡る。どうやら無事、ノルンはレオナに会えたらしい。同時に、長く停滞していた時が動き出す。
『ノルンから貰ったこれ、これが未来? 認めない。私はこんな結末を認めない! 兄さん、私の独自権限で、神の使徒の名を使ったよ。ごめん、でも』
俺の予想通り、安芸は全てを理解してくれた。その上で俺の肩書、神の使徒の名を使ったようだ。何度も言うがこの世界では神の言葉が絶対とされる。故に、これが安芸が執れる最善の一手だ。
「それでいい。最悪の未来を回避出来るなら、その程度何の問題も無い。どの位掛かる?」
『……今すぐにでも、可能だよ。アリシアも、マリンも、そして……大賢者と、上位僧侶の二人もね』
安芸の言葉に、俺は驚きを隠せないで居た。転移門を介して連絡の取れる精霊騎士ならともかく、大賢者と上位僧侶、マコト君とカエデさんが、何故?
『賢者と僧侶の二人なんだけど、どうやら兄さんを連れ去ったガルーダ様を手掛かりに探し当てたらしいの。それと、兄さんがノーラ達と居る間に、精霊通信網を広めて置いたの。これで、他の精霊都市との直接通話が可能になっているんだ』
安芸の話によれば、俺の処刑を聖獣ガルーダによって妨害された。と言う話から、大賢者マコト君は様々な推測を立てた上で行動し、俺に行き着いたと言う事だ。
そして精霊通信網は、どうやらあの長距離念話のペンダントの応用で、火と水の精霊騎士との連絡が可能になったそうだ。超遠距離での通信網の確立。そして転移門の存在。これなら、俺の思い描く、最善の策が執れる。
「良くやった。と言う事は、これからの会話も他に繋げられるんだな?」
『うん。精霊通信網にアクセスすればね。これは個別回線だから、パスを繋ぎ直せば。そして、準備は万端だよ。後は兄さん……いえ、神の使徒様の号令さえあれば』
「分かった。他の関係者に繋げてくれ、作戦を説明する」
安芸が精霊通信網にアクセスすると、俺の脳裏に二つの女性の声が聞こえて来る。恐らく精霊騎士アリシアと、精霊騎士マリンだろう。
「まずは、今回の作戦への協力に感謝する。神の使徒、サクラユウキだ」
『……知ってるわ。レオナから貰ったクリスタル、アレ通りの未来何て、あたしもごめんよ……名乗り遅れたわ。火の精霊騎士、アリシアよ』
一人目に通信を返して来たのが、勝気な感じの女性、精霊騎士アリシア。俺がノルンに渡したクリスタルは、転移門を介して火の精霊都市にも送られた様だ。
『ですが、あのクリスタルだけでは、信ずるに値しませんでした。水の精霊騎士、マリンと申します。幾ら神の使徒様とは言え、荒唐無稽過ぎます』
二人目に通信を返してきたのが、雰囲気的に冷静沈着なイメージの、精霊騎士マリンだ。確かに信じがたい内容だ。神の言葉は絶対ではあるが、俺は使徒と言う立場。
精霊騎士は神々から個々に神託を受ける事もある。故に、簡単に信じる訳にも行かないのだろう。
『しかし、水の女神メルヴィア様の神託があったとなれば、話は別です……何より、精霊騎士ノーラは、私にとっても妹の様な存在。例え勇者だろうと、許しません。これが協力理由になります』
そんな心配をする俺に、精霊騎士マリンは水の女神メルヴィア様からの神託があったと告げる。待ってくれ、この短時間に神々からの神託? 都合が良過ぎる気がするが、正直助かる。
そして俺が精霊騎士マリンから感じたのは、冷静な声からも伝わる、強い怒りのイメージ。十分だ。元から俺は、精霊騎士マリンに、ノーラ救出の中心となって貰うつもりで居た。
「どんな理由で有れ、協力してくれる以上、感謝を伝えて置く、ありがとう。そして作戦は単純だ。もう直ぐ日が落ちる時間帯だ。夕暮れ時と言うのは、視認性が悪い。この隙に人質を解放する。俺が突撃して隙を作る。精霊騎士ノーラの奪還を第一目標とし、俺が引き付けている間に、人質、捕虜を解放してくれ」
第一目標は、何と言ってもノーラの確保。彼女を失う事だけは避けなければならない。俺の選択肢による未来分岐の他に、ノーラの死も未来分岐に関わっていると思われる。
「俺が突撃すれば、恐らく勇者が俺と対峙する。その隙にマリンは、ノーラ、及び精霊騎士達を救出してくれ。方法は問わない、敵兵の生死を含めて、な」
『承りました。ノーラを痛め付けてくれた礼は、存分に返させて頂きます』
恐らく皆殺しに近い状態になるだろうが、それはナグツェリア王国軍の自業自得だ。民間人、一般人を襲う等、言語道断。
だが、これでノーラ救出の目途は付いた。さて次の一手はやはり敵対する異世界人、勇者パーティの面々だ。
「第二段階として、俺が勇者を抑える間、アリシアは魔法使いを、そして……アリシアには、協力者がいると聞く。協力者には、竜騎士の相手を願いたい。可能か?」
そう精霊通信網を介して精霊騎士アリシアへと問い掛ける。協力者、火の精霊都市を襲撃したダークドラゴンを一刀の元に撃破した人物は、今や精霊騎士アリシアの筆頭護衛だと聞いている。
協力が得られるなら、アリシア、マリンと同格の仲間を得る事になる。勝算を上げる為に、共闘して欲しい所だ。
『可能よ。現役勇者パーティの面子と戦えるなんて、光栄ね。それと、協力者なんて他人行事は止めて頂戴。彼には、ムラマサと言う名前があるわ』
「失礼した。ムラマサ殿には、竜騎士の相手を頼むと伝えて欲しい」
『ええ、分かったわ』
これで俺の同時対処数が減る。幾ら高いステータスを持つ異世界人でも、同じ異世界人を複数相手取れば、無事では済まない。あの記憶が見せた未来のお陰で、今はこうして対策が取れる。
「次にレオナ。マリンがノーラの救出を担当するが、その間に広域魔法で、兵士達の足止め。その後、可能なら一般市民を守るんだ。大変だと思うが、頼む」
『承りました。細かい調整は各々の判断に委ね、使徒様への負担を減らす方向で行きます』
レオナ、もとい安芸の役目は、持ち前の広域魔法による敵兵の足止め。これにより救出がスムーズに進められる。広域攻撃、広域防御を得意とする、風の精霊騎士の力を、十全に発揮して欲しい。
そしてもう一組。この世界で最初に俺の味方になってくれた二人へ声をかける。
「裁判の場以来か、久しぶりだな。大賢者マコト君、上位僧侶カエデさん、聞こえているな? 二人には、精霊騎士達、一般市民の回復を頼もうと思う。回復系統も、広域回復も可能だろうか?」
『はい、お久しぶりです。積もる話もありますが、今は急を要する事態ですのでまた後程。回復の話ですがお任せ下さい。少しでも貴方の力になれるなら!』
『ええ、回復魔法なら任せて下さい』
「すまない二人とも、感謝する」
前回は俺一人だけで全てを背負った結果、最悪の未来を演じた訳だ。しかし、今回は違う。各方面の、最強と呼ばれる者達が集結する。俺はもう一人じゃない。背中を任せる仲間がいる。
『では、使徒様……ご命令を』
「創世神、ゼフィロス様の名の下に。神の使徒として、今ここに宣言する。人類の未来の為に、世界の守り手達よ、立ち上がれ!!」
安芸の言葉に俺はそう宣言すると、再度重機召喚を行い、超重機融合を発動させる。各部の換装と組み換えを行い、重機外装として纏う。あの時は出し惜しみをして、己の身を滅ぼした。同じ轍は踏まない。そして、ナグツェリア王国軍の前に名乗りを上げる。
「我が名は、サクラユウキ。創世神ゼフィロス様の名の下に、神の使徒として、悪鬼羅刹に天罰を下さんとする者なり!!」
こうして、最悪の未来を回避する為に、俺達は立ち向かう。勇者と呼ばれる、邪悪なる存在に。