第三十話 人類の末路
私は、風の高位精霊騎士レオナ。いいえ、転生者安芸と言った方が正しい。地の精霊都市から、転移門を介して緊急連絡が入った。
私を訪ねて来たのは、土の高位精霊騎士候補のノルン。彼女の話を聞くと、私は即座に地の精霊都市へ急行する決断を下す。出撃直後で疲労が残るが、お構いなしで転移門を潜る。
眩い光に包まれ地の精霊都市の転移門を出ると、広がるのは血の海。そして地面を埋め尽くす夥しい量の死体。私は死体に黙祷を捧げると神殿の外へ移動する。
ノルンも顔面蒼白のまま、私と共に神殿を出たのだけれど……そこに広がるのもまた、死体の海。一体何が起こったのか、予想は付いている。ノルンが私に伝えたのは、兄さんが『創世神』様の力を行使する、と言う言葉だった。
そう、兄さんは『勇者』を討つ決断を下したのだ。ノルンの話を統合していくと、兄さんが決断した理由はたった一つ。人類を守る為、人類の『敵』を討つ。それだけだった。
「兄さん、お願いだから無事でいてよ……」
繋がらない念話に、焦燥感だけが募って行く。最悪の結果なんて考えたくはない、無事でいて欲しい。そんな私の想いが届く事は無かった。
私は、神の使徒でもある兄さんの眷属だ。兄さん、ガルーダ様との魔力パスによる繋がりがあると同様に、私も兄さんと深い絆で結ばれている。その絆、魔力パスが途切れているのは、何かの間違いだと信じたい。
都市外縁を守る防壁を出て目に映る惨状。無数の死体、磔となった複数の精霊騎士達。そんな精霊騎士の中で一際損傷の大きい遺体。そして――それに寄り添うように倒れる男性の姿。その下に広がるのは、夥しい量の血。
「あ、あぁ……そんな、嫌だよ……嘘だよね……兄さん、ノーラ……」
受け入れがたい光景。信じたくない光景が私の脳裏に焼き付けられて行く。駆け寄り、その手を取り脈を確認する。兄さんの流す血で汚れようと気にせず、兄さんの容態を確認し――ただ、絶望する。
「目を、開けてよ……兄さん、お願い……私を一人にしないで……嫌だよ、いやだ……こんなの、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
目を瞑り必死に兄さんの亡骸を抱き締めると、私は子供の様に、ただ泣き叫ぶだけだった……それで現状が変わる筈も無いとしても、私は……何も出来なくて……。
「お、お姉さま……し、使徒さま……み、みんな…………ぅ、ぁ…………」
泣き叫ぶ私の横に駆け寄ったノルンが、姉であるノーラの惨状を見て絶望してしまったのだろう。ドサリ、と地面に倒れる音。恐らくノルンの思考能力が限界を超えたのだろう。受け入れ難い現実を直視する事が出来ないのは、皆一緒か。
そんなノルンを宥めようとした所で、目の前が真っ白に染まって行った――。どれ位経ったのだろうか? 泣き喚く私は何時の間にか意識を手放していたのだろう。気付けば見知らぬ天井。あぁ、そうか……誰かが、来てくれたのか。
「レオナ、目が覚めた? 私よ、アリシア。マリンも居るわ、辛いでしょうけど……聞いて」
朧げな私に告げられる火の精霊騎士アリシアの言葉。結論から言うと、この戦闘での生き残りは、極少数だと言う。ナグツェリア王国側の生存者は、異世界人の竜騎士、魔法使いの二名のみ。
地の精霊都市の生存者は、高位精霊騎士候補が数名、下位精霊騎士が数名、一般市民が数百人だけであった。彼らの証言により、首謀者はナグツェリア王国が召喚した勇者『ヒグレショウ』である事が分かった。
今回の戦闘により失われた命は数十万規模の物。一般市民、軍人、傭兵、冒険者。この犠牲者の中には、神の使徒サクラユウキと、地の高位精霊騎士ノーラの両名が含まれている。
また、勇者の攻撃により致命的なダメージを負った風の聖獣ガルーダ、地の聖獣ベヒーモスは、肉体の再生の為、数百年と言う眠りに就くと言う異例の事態となる。これにより世界を守護する聖獣は二体となった。
聖獣は対魔族、魔王軍への牽制をも兼ねている為、世界の守り手が大幅に減る事になってしまう。これにより魔族、魔王軍が再侵攻をした場合であるが、総力戦となっても人類側に勝機が無いと言う事実が付きつけられる。
この事実に世界中が震撼し、怒りの矛先はナグツェリア王国へ向き、世論もナグツェリア王国の討伐に動く。そんな事をしている場合でもないのであるが、一度付いた火は簡単に消える事は無かった。
こうして神の使徒、及び地の精霊騎士の弔いの為、私こと風の精霊騎士レオナ、火の精霊騎士アリシア、水の精霊騎士マリンが筆頭となり、全世界を挙げて勇者、及びナグツェリア王国討伐へ向かった。
結果として、ナグツェリア王国は滅亡。歴史から完全に消え去り、闇へと葬られた。残された勇者は徹底抗戦をしたが、水の精霊騎士マリンにより討ち取られ、この騒動は終結した。
この時、精霊騎士マリンが装備して居たのは、非業の死を遂げた兄さんが、風の女神セラフィーナ様から授かった聖剣シンフォニア。『交響曲』を意味する名を冠した聖剣。人々に響き、安寧を齎す為と名付けられた剣で、勇者、いや、愚者は滅んだ。
勇者召喚から始まる騒動は一段落着いたが、世界は未だ混迷のまま。愚者討伐を機に、外れて欲しかった予想が的中。魔界から魔王軍が侵攻して来る。
大規模な犠牲を払いつつ、辛うじて魔王軍を撃退する事は出来たのだが、これは勝った事にはならない。寧ろ敗北だ。この戦いにより人類は、回復不可能なダメージを負ってしまった。
絶え間ない、モンスターの襲撃。徐々に減っていく人口。人類が衰退して、もう数年が経過して居る。人類の生存域は、この聖域のみ。残された私は細々と生きるのみ。既に、モンスターとも魔王軍とも戦える力は残って居ない。
「……」
私は、この聖域にある四つの墓に手を合わせる。死後神格化された最愛の兄さん。死後兄さんの妻として寄り添う事になったノーラ。戦友として共に世界を駆けた親友アリシア。兄さんの聖剣を受け継ぎ悪を討った英雄マリン。
かつて共に戦った者達は、既にこの世に居ない。兄の最後の言葉、せめて私だけは生きてくれと言う言葉に支えられ、皆が私を生かしてくれた。皆が兄さんを失った私の為に、散って行った。
そして、残されたのは私一人。文字通り、人類最後の一人となって居た。ヒタヒタと、這い寄る死の音色。私は、一体何の為に転生したのだろう。何の為に、戦ったのだろう。
どんなに考えても答え等出て来る訳も無い。無、只管に無。生きる希望も失われた私の手には、唯一残された兄さんの形見である、聖剣シンフォニアが握られている。既に聖剣は力を失い、もうモンスターすら切り裂く力も残って居ないだろう。
でも、人間の柔い肌程度なら、余裕で貫く事は出来るの。そして今、私はその聖なる剣を穢そうとしている。
「……兄さん。今、お傍に参ります……」
創世神の加護を得た兄さんは、不老の力を持っていた。兄さんの眷属たる私も、その恩恵で不老であった。不死ではないのが、最後の救いだ。
生きてくれと願った兄さん。転生して、私を愛してくれた最愛の人。私は頑張った、兄さんの言葉があったからここまで来れた。でも――。
「……聖剣を、この様な形で使う事を、許してとは言いません……それも私の受ける罰だと信じております……もう二度と離れません。お慕いしております、お兄様――」
私は、兄さんの残した聖剣を、自らの心臓に突き立てる。痛みが無いと言ったら嘘になる、けど……これで良い。最期に目に映るのは、四つの墓越しに見える、最愛の人達の姿。
兄さんも、ノーラも、アリシアも、マリンも、皆私に手を差し伸べてくれる。もう私にその手を掴む力は残されていない、でも……怖くはない。だから、胸を張って言おう。
「……ただいま、もどり……まし……た…………」
こうして、人類は絶滅した。悲しき記憶と共に。その後この世界がどうなったのかは、誰にも分からない。
ただ一つ言える事は、私達は選択を間違えたと言う事だけだ。それが、人類が背負う罰と末路なのだろう――。
今日はここまで。……終わりじゃありませんよ。




