第二十九話 愛する人と共に――
ノーラを人質に、聖獣への絶対服従を迫る勇者。誰も手が出せない、動けばノーラの命は無い。刻一刻と迫る運命の時。ベヒーモスとガルーダが、声を出そうとした瞬間――。
「私の事は、気にせず……どうか、悪しき勇者を、打ち取って下さい……」
それは、磔にされていたノーラの言葉。その言葉に勇者が怒りを露にし、巨剣を振り抜く。まるでスローモーションの様に、ゆっくりと巨剣がノーラに吸い込まれて行く。
ノーラの目が、俺に向けられている。その目を通して伝わるのは『さよなら』の四文字……。くそ、俺はまた失うのか。こんな状況に何も出来ない自分が憎い。
『や、やめろぉぉぉぉ!!』
ベヒーモスの咆哮の如き叫びが轟くが、その刃が止まる事はない。勇者の巨剣がノーラを切り裂き血飛沫が舞う。
下方から切り上げられ、ノーラの小さな体は、容易く両断される事となった。勇者は、ノーラを切り裂いたその刀身を、べろりと舐めながら嘲笑う。
「ははは、愉快。痛快、爽快! 本当に殺しは辞められねぇぜ。それにしても馬鹿なガキだ。これだからメスガキは……ったく、死んじまったら人質の価値も無いだろうが。この役立たず!」
息絶えたノーラの遺体を、勇者が剣の腹で殴る……こ、この腐れ外道が。人を、命を何だと思っている。憎い。憎しみだけで人を殺せるなら、今ここで俺が殺すのに……。
『あ、あぁ……ノーラ、ノーラァァァァ!! こ、この外道がぁぁぁぁ!!』
ノーラに加護を与えていたベヒーモスは、言ってみれば我が子を殺されたも同然だ。当然ベヒーモスが怒りに身を任せて突撃するが、怒りによって、完全に我を見失っているベヒーモスの攻撃は、容易く避けられてしまう。
「は、所詮獣って事だ。ほらよ、もってけ。冥府までな!!」
先程俺が受けた、勇者の持つ巨剣による極大閃光剣が繰り出された。怒りで視界の狭まったベヒーモスに、回避する余裕もない。苦し紛れに障壁を張った様だが――。
『ぐああああああ!!』
その一撃は、ベヒーモスに致命傷を与えるには十分だった。少なくとも超重機融合状態の俺以上の耐久力を持ち、強力な障壁を張れるベヒーモスも地に伏せ、その腹部からは大量の血液が流れ出す。
『ベヒーモス!』
「逃がさねぇよ! お前も死ねぇ!!」
致命傷のベヒーモスの援護に向かうガルーダを、勇者が捕らえた。不味い、ベヒーモスを切り裂く一撃、防御の面でガルーダが勝るとは思えない。
『く、回避が間に合わぬ!? 風障壁!!』
回避不能の一撃が、ガルーダに吸い込まれて行く。辛うじて風の障壁を展開するが、その風壁は、まるで熱したナイフでバターを切る様に両断され――。
『な!? ……ば、馬鹿……な……』
驚愕するガルーダ。風障壁の為に、勇者の一撃の威力は多少落ちたが、その火力を受けきれる耐久力は、ガルーダには無い。ガルーダもまた、一撃の元に撃墜された。
『……す、すまぬ……ある、じ……よ……』
勇者の攻撃により、地上へ墜落したガルーダの生命反応が、弱まっていく。魔力回路を通じて、命の灯が消えかけて行くのが分かる。
「弱い、弱い弱い弱い!! これで俺を阻む者はもういねぇ! 今度こそ、終わらせてやるよ。底辺野郎!!」
巨剣を構え直し、勇者がじわじわと迫り来る。間もなく俺も死ぬだろう。だが、最後にガルーダが残してくれた魔力で、魔力回路を通して伝わるその力で、俺は再び立ち上がる。
今ここで死ぬ訳には行かない。ガルーダの命を無駄にする前に、決着を付ける。
「おいおい、立ち上がれたのか? それだけの気力があれば、あのメスガキを助ける事も出来たのにな。この殺人野郎、あのガキはお前のせいで死んだ。犯罪者には、俺が天罰を下す」
「――」
好き勝手な事を言って俺を煽る勇者だが、既にその言葉は何の意味もなさない。今俺の感情は、たった一つの言葉で埋め尽くされている。
残された力の全てを振り絞り、再度、重機召喚、超重機融合、重機外装を発動し、勇者を迎え撃つ。全身が悲鳴を上げている。骨が軋み筋肉が裂けて鮮血が舞う。
こんな状況に陥るのも無理は無い。今の俺は……戦闘用車両をフル装備の状態だ。全ては俺の不徳故、もっとレベルを上げて居れば、もっと厳しい特訓をしていれば。
少なくとも俺の体は耐えれた筈なのだから。
「な、なんだ……それは!?」
今までとは一線を画す存在。現代地球が誇る最新鋭の技術を持つ戦闘用重車両。それらを装備した俺の姿に、勇者の足が止まる。ここだ、ここを逃せば……この外道を仕留められない。
「勇者……貴様は、殺す。俺の手で、今ここで……ぶっ殺す。例えこの身が滅びようとも、何度でも生まれ変わって、貴様を殺す」
俺はそう言いながら射撃を開始した。恐らく、弾薬が尽きる前に体力が尽きるかと言う所だが……どちらにしても数分と持つまい。だが、それは問題ではない。
この腐れ外道を『殺す』には、何の問題も存在しない。
「全兵装、自動照準……連続射撃、開始」
そして打ち出される戦車砲弾。現代戦に於ける陸戦の花形、主力戦車が装備する120ミリ滑空砲が号砲を上げる。
着弾と同時に広範囲を爆風に包む、榴弾砲。155ミリの砲弾が大地を穿ち、勇者へ爆風による火傷、破片や礫による裂傷を与える。
弾幕を展開する、対空機関砲。35ミリの大口径機関砲弾が勇者の逃げ道を塞ぐように、徐々に攻撃範囲を絞っていく。
煙を引き、空中を飛翔する誘導弾。現代の戦闘では、たった一発のミサイルで決着が付く事が殆どだ。その超火力、只で済むと思うなよ。
勇者は初めて見る俺の攻撃に、慌てて回避行動を取る。恐らく本能レベルで気付いたのだろう。一発一発に、超常殺しの概念が付与されて居る事に。
「く、くそ! なんだこれ、なんなんだよ、これは!!」
どんどん迫る、弾丸の包囲網。超高機動の誘導弾が、外れても反転し勇者を追う。堪らず巨剣で切り払うが、爆風が勇者を包み込む。
「ふざけるな、ふざけるなよ!? 俺は、勇者だぞ!? こ、こんな、ぐっ!!」
あと少し、あと少しで勇者に届く。殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す! 絶対に殺す!!
「く、撤退する! 生き残ってる奴は俺を守れ! これは勇者からの命令だ、俺さえ生きて居れば、あとはどうにでもなる!」
俺の猛攻に、堪らず勇者は撤退を選択した。そして哀れな生き残りが、盾を持ち俺の前に立ち塞がるが、無意味だ。
無意味な隊列に防御の姿勢。あんな極悪非道の勇者の命令を聞かなければ、生き残れたかも知れないのに。
「…………」
俺は無言で射撃を続ける。勇者と言う役職に、異世界人特融の高いステータスを持ち、最高級の鎧に身を包んだ勇者であの様だ。
それよりも下位の装備しかしていない、一般の兵士等何の意味もない。俺が放っているのは、大口径の『砲弾』である。この世界の盾や鎧なら余裕で貫く。人に止めれる道理は無い。
しかし、俺の前に立ち塞がった兵士を攻撃した事で、勇者への攻撃が薄くなる、この機を逃さず勇者は撤退。竜騎士や魔法使いを残して、自分だけ撤退して行った。
「……」
勇者が去り、ナグツェリア王国の軍勢も、一匹残らず掃討された。真っ赤に熱される砲身、散らばる大量の薬莢。立ち上る硝煙の匂い。立ち込める死臭。ここは、この世の地獄か?
いや、この際地獄でも良い。俺は、殺し過ぎた。神の使徒の名を使い、虐殺をした。数万からなる命を刈り取り、大切な友を、愛する者を失った俺には、丁度良いのかも知れない。
「く、っそ……力が入らない……まだだ、動け、動きやがれ俺の体……」
そう呟きながら俺は一歩一歩と前進する。歩く度に全身から血が抜け力が抜けていく。まだだ、まだ持ってくれ。せめて彼女の元まで。
「……あと少しなんだ、せめて……」
精魂尽き果てる寸前だが、俺は最後の気力を振り絞り前進を続ける。力無く項垂れる彼女の元へと。
「ぐ、おおおお……と、届けぇぇぇぇ!!」
その手が、遂に彼女へ届く。同時に全身の力が抜ける。ああ、安堵したからか。彼女、息絶えたノーラへ手が届いた瞬間、俺は膝を付く。
「すまない、ノーラ……お前だけを、逝かせはしない……そして、安芸。せめて、せめてお前だけは……生きてくれ……」
ノーラへの言葉と告げ、この世界に残す事になる安芸への懺悔の言葉を呟き、俺は崩れ落ちた。きっともう、戻って来る事も無いだろう――。




