第二十八話 堕ちた勇者
勇者の斬撃が、俺の首筋に届く寸前の所で、大地が揺るぐ。巨大な地震のせいで、勇者の手元が狂い、凶悪な斬撃が空を切る。
「じ、地震か? うおぉぉぉぉ!?」
地震の直後に、勇者を巻き込む巨大旋風が巻き起こる。周りの兵士、ワイバーン、ドラゴンが風の刃に切り刻まれる。
『すまぬ主よ、遅くなった。まさか勇者がここまで力を上げているとは、想定外であった』
『だが、俺らが来たからには、もう大丈夫だぜ。少し休んでな、今ここであんちゃんを失う事は、人類が滅ぶと言う事に等しい。久し振りに本気を出す』
それは、初めてこの世界で俺を助けてくれた、最強の相棒。それは、ノーラと俺を結んでくれた、相棒の喧嘩友達。風の聖獣ガルーダと、地の聖獣ベヒーモスが、今ここに参戦した。
「な、なんだこの化け物共は……って、お前は底辺野郎を攫った、クソ鳥! 勇者様に歯向かうとは、良い度胸だ。ぶっ殺す!!」
怒りに燃える勇者は、俺を放置しガルーダに斬り掛かる。
『吠えるが良い、三下。お主の刃では、我には届かんよ……吹き飛べ!!』
「うおお!?」
しかし勇者の攻撃は届かず、ガルーダに攻撃する為に飛び上がった隙を突かれ、あっさり遠方に吹き飛ばされる。
「ちっ! いい気になるな……」
『それはこちらの台詞だ。喰らいやがれぇ!!』
「ぐぁ!?」
吹き飛ばされた勇者は、空中で姿勢を変えるが、その無防備な背中に、ベヒーモスの剛腕が振るわれ、勇者は大地に叩き付けられる。
「この、クソ獣共が! 何処までも俺の邪魔をするか!! だったら、お望み通り相手をしてやる。まずはてめーだ!」
ベヒーモスの攻撃を受け、相当ダメージがある筈の勇者が立ち上がる。直後、瞬間移動でもしたのかと思う速度で肉薄し、巨剣による超高速の連続斬撃をベヒーモスに放つ。
『効かんな。まだガルーダの攻撃の方が、身に染みるぞ……これは、ノーラの嬢ちゃんの分だ。喰らえぃ!!』
「ごふっ」
が、ベヒーモスには一切通じず、逆に剛腕の餌食になる勇者。俺がやったように、勇者の体がくの字に折れて吹き飛ぶ。しかし、俺は今の一言は不味い気がする。
ベヒーモスは、ノーラの嬢ちゃんと言った。多分、勇者は鑑定能力も持っているだろう。そこからノーラの名前を検索すれば、恐らく彼女を人質とする様な手段を取るかも知れない。
ベヒーモスは追撃を加えようとするが、魔法使いにより回復したドラゴンと、竜騎士に行く手を阻まれる。
『貧弱!!』
その言葉と共に、ドラゴンと共に竜騎士が蹴散らされる。魔法使いは極大魔法を行使し、足止めをするが、それもベヒーモスには効いていない。
「……凄い、な」
まさに夢でも見て居るかのような光景。巨大化した聖獣、ガルーダとベヒーモスの前に、勇者パーティは赤子同然に捻られている。
だが、俺は知っている。確かに彼らは強い。けど、彼らに勇者は殺せない。何故なら、勇者は超常の存在。如何に聖獣とは言え、超常を討つ事は叶わない。そして、本来聖獣は勇者を助け、守る存在。
悪しき道に堕ちているとは言え、勇者の肩書は健在だ。倒せないにしても、撃退は可能だが、恐らく勇者が引く事は無いだろう。勝つ為なら、どんな手をも使う。
『鬱陶しい魔法使いめ、我が往く手を邪魔するなぁ!』
そう言って巨大な咆哮を放つベヒーモス。咆哮は衝撃波となり、魔法使いを弾き飛ばす。飛ばされ、地面に打ち付けられた魔法使いは、死んではいないだろうが気絶した様だ。
しかし、この一瞬の足止めにより、勇者はまた一つの切り札とを切る事に成功した。
「動くな獣共! これが見えるか? 見えるよなぁ!? 動くなよ、動けばこのメスガキを殺す。無駄な抵抗は止めて、俺に従え!!」
『き、貴様……!』
そう言って、磔にされている精霊騎士……寄りにもよって、ノーラに巨剣を突き付ける勇者。距離的にも、ベヒーモスが届く前に、ノーラの首が落ちるだろう。
「よーしよし、そのまま動くなよ。いやはや、まさかこんな古典的な手が通用するとは、凶暴な獣を躾けるのも、まあ勇者の務めだしな。さぁ、俺と契約させてやる。そうすれば、このメスガキは助けてやっても良い」
『ぐ、ぐぬぬ……』
『ち……』
ベヒーモス、ガルーダ共に動きを封じられる。ガルーダは関係なく動けるだろうが、俺とノーラの関係を知っている以上、動く事も出来ないだろう。
それにしても、本当に何処まで外道なんだ。勝てば官軍だろうと、勝てば正義だろうと、こいつが勇者なんて、間違って居る。
「ふむ、契約の意思は無い、と。仕方ない、お前ら獣の判断で、このメスガキが死ぬ。自分達の選択を呪うがいいさ。くく、はぁーはっはっは!! 死ね、メスガキ!!」
『や、止めろ! 分かった、貴様と契約を』
ノーラ他人質となった事で、動く事が出来ないベヒーモスは、仕方なく返事をしようとするが――。
「貴様? 自分の立場を分かってるのか? せめて『貴方様の為に尽くします』と言うべきだろうよ? なぁ、舐めてるのか?」
『……あ、貴方様の、為に……尽くします、どうか、どうか……その娘を、助けて、下さい……』
ベヒーモスの声が震えている。この世界を守る最上位の存在の一角。地の聖獣ベヒーモスが苦渋の決断を下すが――。
「声が小さいなぁ? 俺の剣は特別だ……触れるだけで両断可能なんだぞ? 誠意見せろやぁ!!」
勇者の脅しに屈したベヒーモスが、一息付き……姿勢を正す。彼の選択を、俺は否定する事が出来ない。俺も、同じ事をされたら、従うか、死を選ぶ。
勇者が邪悪な笑みを浮かべる。完全勝利、と思っているのだろう。俺には、どうする事も出来ない。何が神の使徒だ、何が超常を討つ剣だ。すまない、ベヒーモス、ガルーダ、俺は、無力だ。
サービス残業は嫌い。ちょっと肉付けが……推敲が……