「嫌い」なんて言葉はもういらない。
あーもう、なんで私ここにいるんだろう。
いつぶりに穿いたかわかんないバスパンをヒラヒラさせながら、手にはバスケットボールを持って。
本当なら今ごろ家に帰って、ラフな格好をして、部屋でごろごろしてたはずなのに。
なんで体育館でバスケなんてしてるんだろう。
しかも、
「「「キャー、一条君かっこいいー!」」」
一条のギャラリー付き。
マジで面白くないんだけど。なに、あの黄色い声援。邪魔。ほんっと邪魔。
「すごい人気だねー、一条君」
「‥そだね」
一条に興味がないのか、時任さんは若干引き気味に女子たちを見ていた。
ていうか、単なる練習なのにあんなにギャラリー集まるの?当日どうなるわけ?
「さて、一番厄介だった神崎も来たことだし」
いや、お前が強制連行させてきたんだけどね?
という思いを込めて恨めしげに富樫君を見れば、目だけ合わされて、そしてすぐにそらされた。それにまたイラッとしたのは仕方ない。
「けっこうバスケ部多いんだよね、うちのチーム」
富樫君はみんなの顏を見ながら、バスケ部員の人数を男女とも数えていく。男子は7人中4人がバスケ部だったみたいで、富樫君は頭を抱えた。
「しまった、このままじゃ未経験者がフル出場の形になる」
「でも仕方ないんじゃねぇか?その辺は俺らがカバーすればいいし、富樫だってバスケそれなりにうまいじゃん」
富樫君をそれなりにフォローしたのは、おそらくバスケ部の男子。ていうか男子バスケ部、部活は?
「まぁそうか。っと、一条ってバスケしたことは?」
「俺?あるよ。ていうか俺ずっとバスケしてたし」
「マジ?だからあんなにうまかったのか!」
富樫君やほかの男子はなにやら喜んでいた。バスケ部員に関しては、バスケ経験者とわかってからすっごい勧誘してる。
「これじゃあますます人気者になっちゃうね、一条君」
そう言って時任さんは、さっきから一条ばかりを見ている女の子をちらりとうかがった。栗色のストレートの髪をくくりもせずに、ジャージをはいている彼女は、わかりやすいくらいに一条を狙っていた。
少し背が低くて、可愛らしい感じ。
あみだくじの戦争に打ち勝った、ただひとりの勝者。
‥失礼だけど、運動できなさそう。
「とりあえず5on5してみる?」
「あ、いいんじゃない?」
バスケ未経験の富樫君にかわって仕切りだしたのは、バスケ部のエース桐島君。‥名前、さっき知ったんだけど。
それに賛同したのは同じくバスケ部の時任さん。
「男女別?」
「いや、別にしたら厳しいだろうしぐっちゃでいいんじゃない?そっちのが楽しいし」
桐島君の言葉にみんなが賛同して、ぐっぱで決めることになった。
オールコートは借りれなかったから、というか隣のクラスに譲ったから半面での5on5。
「うっし、やるか」
ぐっぱで決まったチームでゲームをする。私の前にはやる気満々の富樫君がいた。ああもう、こういう熱いのほんっとに無理。
だから正直テキトーに流すつもりだった。
それなりにやっておけば、それなりにゲームは運べると思ったから。
「本気でやれよ」
ボールがまわってくる前、富樫君にぼそりとそんなことを言われた。それに返事をせずにパスを受けると、それを名前は知らないけど一条狙いの女の子へパスを回す。
…が、
「きゃ、」
「…は?」
女の子は私が出したパスをキャッチするどころかスルーしてくれて、ボールはそのままコートの外へと転がっていった。
いや、女子かっ!女子だけど!
なにが「きゃ、」だよ!こればバスケだっつーの!
ムカついたけど、ぶつけるわけにもいかず、気に入らないまま攻守交代。今度は富樫がボールを持つ番になった。
「本気、出さないの?」
それにまた黙ったままでいると、富樫は言葉を続ける。
「それじゃ、いくら運動神経がよくても俺止められないんじゃない?」
「‥別にとめる必要はない」
「ふぅん?じゃあなんで守備してんの」
「‥点を入れられないため。そのために守備してる、それだけ。それに、やる気でないし」
目でボールを追いながら、パスを出そうとされればちょっとだけ邪魔をしながら、私は富樫君の言葉に耳を傾ける。考え事をしながらでも、話しながらでも、大体のプレーを気を取られることなくできるのは、長年バスケをしてきたおかげなのだろう。やめたのに嫌になるほど、身体はその動きを覚えている。
「神崎のさ、やる気スイッチっていったいどこにあるの?」
そんな言葉、高校受験の時とか課題提出の時とか、よく言われたなぁ。お前はどこでやる気を落としてきたんだーって。
落としてないよ、もともとないんだから。
いや、もしかしたらあったのかもしれないよ?だから、もし落としたとしたら、母親のおなかの中だろうね。
「そんなのないよ、私の中には」
「いやあるだろ。どっかしらには」
富樫と話していたら、またあの女の子がいた場所からボールが弧を描いて飛んでいく。うち放たれたボールは吸い込まれるようにしてリングへと入ってしまった。
「あーあ、点数はいちゃった」
「面白くなさそうだね、その言い方だと」
「そりゃあね。あそこが穴になるのはわかってたことだから」
あそこ、とは間違いなくあの女の子のポジションのことだ。
「今コートの外にいる子は別にいいの?」
「あ、あの子は中学まで確かバスケしてた子だから。今は帰宅部らしいけど」
攻守を交替しながら会話は続けられる。はたから見たら、この2人だけずっと喋ってるし、すごく不真面目に見えるんだろうね。
「‥神崎さ、このままでいいの?」
「は?なにが?」
意味わかんない、的な顔で富樫君を見れば、今までよりも真剣な表情で私を見ていた。それはさっきまでの熱血な感じとはまた違った、真剣な目。思わず自分の動きをとめてしまった。
「お前をバスケに引きずり出したのは俺だけどよ、このままじゃ女子たちに好きなように言われ続けるぜ?」
「なにそれ、」
「俺たまたま見ちゃったんだよね、一条ファンの女子たちにここ連日で呼び出しくらっていろいろ言われてるところ」
「‥連日ってなんで知ってんの」
「ちょーっとばかし気になって朝早めにいったりとかしたんだよね。したら、大当たり。毎日違う相手に呼び出されてんの」
「趣味悪」
後つけてたのかよ、っていうか見てたのかよ。
「ぎゃふんと言わせてやる、くらいの気持ちないわけ?」
「めんどくさい」
「またそれ」
富樫君にため息をつかれたくらいに、私の手元にボールがまわってきた。一瞬だけ、富樫君から周囲に目を向ける。
バスケ部の女の子は男子バスケ部にマークされててパスは通らなさそう。
一条狙いの女の子はがっつりフリーだけど、ぜんっぜんパスとか通るけど、まぁ無理。
…あれ、選択肢なくない?
「お前はさ、めんどくさいめんどくさいって言って逃げてるだけじゃん?自分守ってるだけじゃん?それじゃ何の解決にもならないじゃん」
「‥解決なんて求めてない」
わかってる。自分が面倒くさがりなのは、弱い自分を隠すためだって。
見たくないものから目をそむけて逃げてるだけだって。
「それじゃ、今と何も変わんないじゃん。お前いろいろともったいないよ」
なんにも知らないくせに。
このお節介君は。人の触れられたくないところにずかずかと土足で入ってきて。何様なんだよ、ほんと。
苦情は恐ろしいほど心の中で出た。
だけど、どこかで踏ん切りもついた気がした。
少しだけ、本気を出してみようと思った。
だから、私は持っていたボールをリングにめがけて打ち放った。




