「嫌いよ」、それが最後の言葉。
ボールはとてもきれな弧を描いて、リングに吸い込まれていく。騒々しいはずの体育館で、ボールがネットをかする音だけが異様に大きく聞こえた気がした。
久しぶりに打ったシュートは、やはり感覚だけは確かに残っていた。
「…マジかよ」
「逆転、でよかったよね?」
自分の足元を確認して、私は言う。
つま先には3Pのラインがあった。越えていないことに安堵して富樫君を見れば、驚いた顔で私を見ている。
…本気を出せっていったのは自分のくせに。なんでそんなに驚かれなきゃいけないの。
「すごい、千歳!やっぱあんたバスケ部に入るべきよ!」
時任さんは大きな声ではしゃいで言う。他の女子部員も頷いて私の手を握った。
「神崎さんってバスケ経験者?」
桐島君が転がっていたボールを拾った後に聞いてきた。私はそれに首を縦に振って返答をする。その時、ちらりと桐島君の後ろに一条の姿が見えた。
「すげぇな、今の。めちゃくちゃ綺麗なフォームだったし」
「‥そんなことない。昔に比べたら、感覚でしかやってない」
「それであんなシュート打てるって神崎って現役の時どんだけうまかったの」
「よし、チーム変えてもう1回するか」
誰かの言葉にチーム替えが始まった。
なんとなく、なんとなく嫌な予感はしてたんだ。
13人を2チームにわけるんだし。確率的には全然低くないし。
でも1回目きれいにわかれた次ももしかしたら‥なんて淡い期待を持ったのがだめだったかな。
運悪く私のチームには一条がいた。しかも公平にじゃんけんで決めたのに、なぜか女子が私1人。
なんつー偏り。
「「「一条君頑張ってー!」」」
2階の観覧席からは相変わらず黄色い声がとぶ。そしてそれと一緒に、私へのきっつい視線がとんできた。
これを目から光線でも出そうっていうんだよ。ああもう背中にぐっさぐっさ刺さってくる。
「女子って怖いな」
「ドンマイ、神崎」
私を憐れむように見た男子はかなり引き気味に観覧席を見ていた。
‥そんな憐れむくらいならあれ何とかしてよ。
それか諸悪の根源と向こうのチームの女の子とをトレードしてよ!
「千歳とバスケねぇ、」
「‥名前。呼ばないでって言ってるでしょ」
「無理。苗字とか出てこないもん」
「もんじゃない」
もんなんかつけたって可愛くないし。
そして私に話しかけてこないでほしい。切実に。いい加減、あの目から光線かなんかでそうだから。
「なぁなぁ、全面で一緒にゲームしねぇ?」
「いいけど?」
たまたま、ハーフラインの近くにいたから声をかけられただけなのに、一条はなんの相談も無しに両省の返事をした。
「一面でゲームしようってさ」
「マジ?ラッキー!」
「あれ、でも隣でやってるところってバスケ部と経験者でかためてるチームじゃない?」
「えぇ!?」
相手のチームのメンバーを見ていた、いつの間に来たのか日向さんは言った。その言葉に過剰に反応したのは他でもない富樫君。ほんと、仲良しだね、あんたたち。
「あー‥確かに。あいつらも景品ガチで狙いに来てるんだろうな」
「まぁそれは俺らも一緒だし、それに俺らもなんだかんだ言って条件は似たようなもんだし」
「違いと言えば向こうが男子しかいないってことか」
うん、大きな違いだし、問題点だよね。
戦力にすっごく大きな差が出るよね、それ。
「しゃあねぇ、こっちは秘密兵器を盛り込んだ形で出るぞ」
秘密兵器って、本番に出すから秘密兵器なんじゃないの?それ、練習の今出しちゃったら意味なくない?
「よし、行け神崎!」
「私かよ」
秘密兵器でもなんでもないじゃん。
「お前とバスケ部3人と一条」
「それさっきじゃんけんで決めたチームじゃん」
「文句あるか」
「‥ないですよ。出ればいいんでしょ、出れば」
こうなったら半分は自棄だと思う。富樫君にバカみたいな力で背中を叩かれてコートに入る。当たり前だけど、向こうはほとんどが私より身長が高くて、みんなを見上げる形になる。整列なんてしたら、そりゃあもう半端ない威圧感。怖いよ、これ。
「神崎、不慣れだろうけどガードのポジション行ってもらえる?」
「ああ、いいよ」
申し訳なさそうに頼まれたけど、このメンバーだと仕方ないと思う。だって、みんな私より身長高いし、がたいいいし。こんなのがセンターとか行ったらそれこそいっかんの終わりでしょう。
「へぇ、女子なんだ?俺てっきり男子が来るかと思ってた」
首を回してぽきぽきいわせながら私の前に立ったのは、ちょっとだけ私よりも身長の高い男子だった。
このナメくさった目が死ぬほどムカつく。
「じゃあ始めるよー」
誰かの言葉とほぼ同時にボールが上に投げられて、ゲームが始まった。一条がはじいたボールは迷うことなく私の元へと転がってくる。
‥ぁのやろう。
わざとだ。絶対わざと私のほうにボール飛ばしやがった。
ボールを手にした瞬間、目の前には先ほどのムカつく男子。
いらっ。
なんかよくわかんないけど、いらっ。
「神崎!」
名前を呼ばれてとりあえずパスを回す。私の仕事ってこれくらいじゃない?あとはバスケ部と一条が何とかしてくれるし。
「甘い甘い!」
「くっそ、」
余裕綽々でいたつもりだったけど、相手もだてにバスケを経験してないような動きで、まぁ簡単に言うと、よろしくない。かーなーり、よろしくない。
10分のゲームで残り6分を切ろうとしてる時だった。
点数は18対13。
こっちが負けている状態。
さっきまでこっちも余裕綽々だったのに、今じゃあ向こうだけが余裕綽々だった。
「君、1組の神崎千歳でしょ」
「それが?」
「俺さ前々からいいなーって思ってたんだよね」
ゲーム中にいきなり何言いだしてんの、こいつ。マジでふざけてるんじゃないの。
睨みつけてやったけど、対して効かなくて、それどころか口笛をフューとならしてはやし立てる。
「怒った顔もやっぱ可愛いね」
む・か・つ・く!
むかつく―――!
「この試合に俺らが勝ったらさ、デートしようよ」
「はぁ?」
思わず眉間にしわが寄ってしまった。いきなり何言ってんだこいつ、的な目で見たら、にこやかに笑ってこちらを見る。
うへぇ、気持ち悪い。
「いやならこのゲームに勝てばいい、それだけだろ?」
「乗ると思ってんの?」
「乗ってもらわなきゃね?そのためのゲームでしょ?負けたらデートね。あ、もちろんここに俺ら全員だから」
ありえない。
まじで、ありえない。
この時になって、本気を出そうとぶち切れたのは言うまでもなく。




