「いやだ」と否定ばかりを口にして、
「話、まとまったみたいだな」
携帯を投げつけたい衝動に駆られながら、ギリギリのところで踏みとどまった私は、それでも力を込めて一条の携帯を渾身の力で握る。
けっして「ミシッ」とか音を立てないところが悲しい。
「ありえない」
「ごねんな、諦めろ、向こうでそう話がついてんだよ」
だからマジでありえない。
「お前な、なんのために2DKなんていう部屋の広さがあると思ってんだよ」
「別にあんたをここに住まわすためじゃないと思う」
「まぁそれもそうなんだけどな」
「なら言うなよ」
そう、我が家は一人暮らしにしては馬鹿広い2DKなのだ。
なんて無駄な!って思ったでしょ?私も思った。だって一人暮らしに寝室用の部屋2つもいらないもん。
でもロシアでしばらく過ごしてたせいか、親が馬鹿なのか、こっちの家を借りるとき何の知識も無しにテキトーに借りてくれたんだよね。
今思えばこれが間違いか。
こんなことになるなら自分でしっかり選んでおくんだった。
「どっち部屋が空いてんの?」
「…左。でも荷物とかいろいろいらないもの置いてあるからそれからどけないと無理」
ああもう、なんかこいつが住む方向に流れていってる気がする。
「あ、家賃は折半らしいから。まぁ俺も親が出してくれんだけど」
「あ、そ」
別に家賃は親が出してくれてるから、どんだけ出すって言われても今一つピンとこないし。
そんなことより、やっぱり本当にここに住むの?
「いい加減諦めろって。俺だって向こうで最初親が言いだしたときは否定したから」
「じゃあなんでこうなってんのよ」
「‥いろいろあったんだよ、こっちも」
一条は言葉を濁して私から目をそらすと、先ほど運ばれてきた段ボールを開ける。必要最低限のものしか持ってこなかったんだろう、段ボールの中は、箱のでかさのわりに少なかった。おまけにほとんどが自分の私物みたいなものだった。
「ほんっと、ありえない」
「はいはい、その言葉さっきも聞いたから。とりあえず片付けるの手伝ってくれる?これじゃあ夜までかかる」
一条は空き部屋の扉を開けて中を見ながら言った。
別にそんなに汚くしているわけじゃないけれど、きれいにしようと思ったらそれなりに時間がいるくらいには汚かったらしい。
「いや」
「は?」
「いや。だって私あんたがここに住むの了承してないもん」
住みたいなら自分ですればいい。
冷たいって、優しくないって思われたって別にいい。
なにより、これ以上こいつと距離を近くしたくない。
「相変わらずだな、お前」
「なんとでも」
冷たくあしらうようにして、私は自分の部屋へと入った。
**************************************
隣の部屋へと入っていった幼馴染の後ろ姿を見送ってからため息をこぼす。
母親が少し前からこまめにメールをしていると思ったら、千歳の母親が相手で、俺がその内容に気付くころには、俺がこの部屋に住むことは決まっていた。
そしてあの学校に通うことも決まっていた。
「なにがあいつがいるからだよ、」
久しぶりに会った幼馴染は、見違えるほどきれいになっていた。
それでもすぐに千歳だと気が付いたのは、その辺にいる人よりも異様に色素の薄い茶色い目があったからだ。
ドキリとした。
胸が高鳴ったのを覚えている。
だけど、千歳は俺のことを覚えていなかった。
まるで自分には幼馴染なんていないとでもいうように。
だから思い出させた。俺を。
なのにあいつは思い出した途端、俺のことをあからさまに避けだして、挙句距離をかなりとろうとする。
それがイラついて、もどかしくて。
やっと会えた幼馴染は、変わっていなかったけど変わってしまったように思えた。
あの時と同じ。
千歳と話さなくなったあの頃と同じ。
何があっても離れることはないと、一緒にいることが当たり前だと信じて疑わなかった、あの頃と。
気付けばもう手の届かないところにあいつはいた。
「幼馴染じゃなかったらよかったのに、」
この言葉を俺は一体何度言葉にしただろう。
そのたびに押し寄せるこのどうしようもない思い。
「‥まぁ時間はくさるほどあるか」
一緒に暮らすことは正直望んではなかったものの、そばにいられるならそれでいい。
これからだ。
これから、近付いていけばいい。
幼馴染なんて時間は、もういらない。




