「これからも一緒」と囁くの。
なんで。
なんで。
どうして。
「あんたがここにいるの」
放課後。
誰よりも早く、速く、教室から飛び出て帰ってきたはずなのに。
そりゃあ路地裏に見えた猫が可愛くてじゃれてたっていうタイムラグはあるけど。
なんで、家の前にこの男が立っているんだ。
ありえないんですけどーーー!
「なんでって言われても、なぁ?」
だからその意味深な言い方やめて!
でもって、「なぁ?」って聞かれたってこっちは何も知らないから!
「ほんとに何の用?」
「用とか言う前になんで家知ってんだって聞くのが先じゃない?」
知・る・かっ!
それはあんたの中のルールであって私の中のルールじゃないの!
それでも聞いてしまうのは、一条がそれしか答えてくれそうにないからだ。
問えば一条は鞄の中から1通の見慣れないこじゃれた封筒を取り出した。それを訝しげに受け取って中身を見れば、今度は見慣れた文字が並んでいた。
『親愛なる娘、千歳へ
あなたにこんな風に手紙を書くなんていつぶりかしらね。
こっちは寒いけど、父さんとは仲良くやってるわ。
日本での生活もだいぶ慣れた頃だと思うわ。
そこでなんだけど、あなたにお願いがあるの。
覚えてるかしら、小さいころから仲が良かった旭君のこと。
この前旭君のお母さまから連絡があって、旭君が日本に帰ることになったみたいなの。
でも、旭君1人だし心配だから、あなたの家に泊めてあげてほしいの。
そっちの方があなたとしてもいろいろと心強いでしょう?
じゃあお願いね。
追伸 この際だからくっついちゃいなさい。 』
なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁあ!!!
泊めるってなに!?
ていうかこの追伸、なに!?
え、マジでなに!?
これが母親からくる手紙の内容!?
あまりのこと過ぎて、手紙を手の中でくしゃってしてしまった。まるまってしまったこじゃれた手紙を見てたら「あーあ」なんて声が聞こえてきた。
「そういうことだから」
「これで納得すると思ってんの?」
「納得してもらうしかないじゃん。ていうか中入れてくれる?俺コーヒー飲みたいんだよね」
わがままか、こいつは。なんでこの展開で部屋の中に入れると思ってんの。
ど厚かましいわ。
「ていうか、俺ここに住まなきゃ住むとこないんだけど」
知らない、知らない、知らない。
「久しぶりの日本で家ないんだけど」
聞こえない、聞こえない、聞こえない。
「野宿なんかさせるつもりー?」
ああもう知らない、聞こえない。
「女の子じゃないんだからほっつき歩いてても襲われないでしょ」
「春って言ってもまだ夜は寒いよ」
「あんたを泊めるっていうリスクに比べたら全然大丈夫だから」
だいたいおかしいでしょ。
私、華の女子高生なんだけど。
こういうの、真っ先に反対される立場なんだけど。
「まぁおばさんから鍵もらってるから入れるんだけどね」
「は?」
一条は鼻歌を歌いながらポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に通して扉の鍵を開けた。「ほら」なんていう顔を私に見せてから、中へと入っていく一条をただ見るしかなかった私は、とりあえず鍵を送った母親を恨む。
「へぇ、けっこう綺麗にしてるんだ」
玄関に入ると、中からそんな声が聞こえてきた。
「勝手に入らないでよ。ていうか泊めるとか絶対嫌だからね」
「えー?ていうかそれ言うの遅いし」
「‥何言って、「「ちわー!塩田引っ越しセンターでーす。お荷物お届けにまいりましたー!」」…は?」
開けっ放していた扉からやたらとでかい男の人の声が聞こえてきたかと思うと、どたどたどたと中に荷物を運び入れていく。さすが業者というか、専門というか、かなり手際はよく、10分足らずで荷物を運び入れて去って行ってしまった。
積まれた段ボールを見ると、見慣れない並びの文字が書かれている。
おそらく、ていうか99%くらいの確率でドイツ語。
「さすがだなー。仕事はえぇー」
「‥これ持ってとっとと出てって」
「は?無茶言うなよ。男2人で持ってきた荷物持って出ていけとか鬼だろ」
「鬼だろうがなんだろうが、あんたをここに住まわす気はさらさらないの」
こんな面倒事を引き受けるほどお人好しでもなければ、家がないからっていう人を住まわすほどの優しさもない。
だいたい、この男を家に入れるつもりなんて毛頭ない。‥入ってるけど。
「しゃあねえなぁ、」
頭をがしがしと乱暴にかいて、一条は携帯で何かを調べ始めた。そしてそのままそれを耳に当てて、どこかへ電話をかけた。
‥物件、探してくれてるのかな。
そう思うと、どこかホッとした。
『hello?』
…あれ。英語?
こいついったいどこに電話かけてんの?
不思議に思って一条を見たら、こちらを見る一条と目が合った。
『はい』
「‥は?私に?」
『うん』
『もしもし?』
電話の相手が誰だかわかんなかったけど、私によこしたってことは多分、私も知ってる人。でも英語を話してたから、日本人じゃないんだろう。そう思って、一条と同じように英語で話しかけた。
『千歳?久しぶりね』
『……母さん‥?』
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
え、ていうか母さん?
なんで母さんの電話番号知ってるの。いや、その前になんで母さんに電話なんかしてんの、こいつ。
『旭君とは会えたのね、よかったわぁ』
『‥まさかとは思うけど、あいつに学校とか教えたのって母さん?』
『そうよ~。母さんも心配だったのよ、あんたを日本でひとり暮らしさせるなんて』
『なんで余計なことしたのよ』
まさか黒幕が自分の母親だったなんて。灯台下暗しってまさにこのことか。
『何言ってんのよ。旭君と一緒の方がいろいろと安心できるでしょう?』
なんの安心だよ。
むしろ危険の方が多いんだけど。
『いくら治安がいい日本だって、今じゃ物騒だし。男の子が近くにいた方が心強いじゃない』
そのために娘と、ヤりたい盛りの男子高校生と一つ屋根の下に住まわすってどういう思考回路してんのよ。
こっちのほうが危険じゃないのか。
『それに昨日帰国したばっかだと思うし、旭君だって心細いじゃない。あんただって独りで日本に着いたときは心細かったでしょう?』
『でも私は乗り切った』
「それは私と父さんが家とか学校とか、そういう手続きをすべて済ませてたからでしょう?旭君は全部自分でしてるんだから、一緒に住むくらいいいじゃない』
『ちょっと待ってよ。一緒に住むってなに。聞いてない』
別の家が見つかるまでの間とかじゃないの!?
『いいじゃないの、一緒に住むくらい。幼馴染なんだし。手紙に書いておいたでしょ、くっついちゃいなさいって。そしたら問題ないじゃない』
大ありだよ、バカヤロウ。
なに人の人生設計、勝手にしてくれてんだよ。これで私に彼氏とかいたらどうしてくれてんだよ。シャレになんないだろうが。
『無理だってば!』
『なにを根拠に無理なんて言ってるのよ。やってみなきゃわかんないでしょ?』
『じゃあ何を根拠に一緒に住めるとか思うわけ?』
『あなたたちあんなに仲良かったんですもの。一緒に住むくらいわけないでしょ。とにかくそういうことだから。喧嘩なんかしないでよ?あ、もし旭君追い出しでもしたら、仕送りは今後一切しないからね。家賃も自分で払いなさいよ』
『え、ちょ、』
母さんは言うだけ言って、電話を切ってしまった。ツーツーという音が、空しく耳にただ聞こえてくるだけで、私はさっき言われた言葉を思い返す。
‥なんでこの男の肩を持ったわけ?




