第42話 深い夜の朝チュン
夜は、いつまでも火の匂いを残していた。
霧杜中央署を出た時、空はもう深く沈んでいた。街灯の光が濡れた舗道に細く伸び、車道を走る車の音だけが、遠い水音のように響いている。雨は降っていない。けれど空気の底には湿った冷たさがあり、資料室に残っていた焦げた匂いが、服の繊維に染み込んだように消えなかった。
クラウディオ・ルジェリウスは、署の玄関を出ても工房《箱庭》の方へは歩かなかった。
それは、本人が何かを言ったわけではない。
帰らない、とも。
戻りたくない、とも。
怖い、とも。
そんな言葉をクラウディオが口にするくらいなら、たぶん人類はもう少し賢くなっている。現実は残念ながらそうではない。
ただ、彼は署の階段を降りたところで一度だけ足を止めた。
駅へ向かう道。
工房へ戻る道。
ルスト・ヴァルレインの部屋へ向かう道。
三つの方向が、夜の中でそれぞれ違う暗さを持っていた。
クラウディオは工房の方を見なかった。
それだけだった。
ルストは何も聞かなかった。
大きな体で、ただ隣に立つ。灰銀の髪が街灯の下で鈍く光っている。鋼色の瞳は、クラウディオの顔ではなく、彼の足元の影を見ていた。
「行くぞ」
ルストが言った。
クラウディオは顔を上げる。
「命令するな」
「なら、来い」
「言い方を変えただけだろう」
「来るのか」
クラウディオは、署の玄関前でしばらく黙った。
夜風が、彼の黒い襟をかすかに揺らす。第22話から残る古い噛み痕は隠れている。昨夜までの事件資料、火刑台、被害者女性の相談記録、「あなたは、本当に魔女ではないのですか」という問いの形をした火種。それらが、彼の沈黙の中に黒い灰のように積もっていた。
「泊まるとは言っていない」
「聞いていない」
「勝手に決めるな」
「決めていない」
「では何だ」
「お前が工房へ戻らないだけだ」
クラウディオの目が細くなる。
図星だった。
だから腹が立った。
「観察力を無駄遣いするな」
「無駄じゃない」
「お前の部屋に行く理由にはならない」
「理由が必要か」
「必要だろう。人間社会では、夜中に他人の部屋へ行くには理由がいる」
「人間じゃない」
「便利な言い訳だな」
ルストは答えず、歩き出した。
クラウディオは一歩遅れてついていく。
抵抗するなら、そこで踵を返せた。
タクシーを拾うこともできた。
工房へ戻ることもできた。
だが彼は、そうしなかった。
夜の道を、二人は並んで歩いた。距離は近い。肩が触れるほどではない。けれど、どちらかが少し腕を動かせば、相手の袖に触れる距離だった。
クラウディオは何も言わなかった。
ルストも何も聞かなかった。
火刑台の話も。
菓子屋の女性の話も。
被害者女性の名が死後に燃やされている話も。
そして、工房《箱庭》へ戻らなかった理由も。
ルストの部屋は、クラウディオの工房と違い、余計なものが少なかった。
飾り気のない壁。低い本棚。必要最低限の家具。窓際に置かれた小さな机。古い木の匂いも、人形の硝子の目も、白い布も、枯れない造花もない。生活感は薄いが、冷たすぎるわけではない。ただ、ものが少ない。
クラウディオは部屋に入るなり、上着を椅子の背へかけた。
手袋を外し、机の上に置く。
署から持ち帰った資料の一部を広げる。
葛城真砂の相談記録。
告発者の証言記録。
「魔女」と書かれた紙片の写真。
紙片裏の波形。
血術核の残滓の分析結果。
SNS拡散時系列。
久遠院怜司のコメント履歴。
加工音声の文字起こし。
あなたは、本当に魔女ではないのですか。
ルストはしばらく黙ってそれを見ていた。
クラウディオは椅子に座り、資料を一枚めくる。
「何をしている」
ルストが問う。
「見れば分かるだろう。資料を読んでいる」
「今日は見るな」
クラウディオの指が止まった。
部屋の空気が一段冷える。
「お前に決められる筋合いはない」
「火を見すぎた」
「資料だ」
「同じだ」
クラウディオは薄く笑った。
「火刑台の専門家にでもなったつもりか」
「お前よりは知らない」
「なら黙れ」
「だから見るなと言っている」
ルストは机の上へ手を伸ばした。
クラウディオより早く、加工音声の文字起こしを取り上げる。
クラウディオの目が冷える。
「返せ」
「今日はもういい」
「俺の仕事を管理するな」
「仕事に逃げるな」
沈黙。
深い夜の部屋で、二人の間だけがやけに近い。
クラウディオは椅子から立ち上がった。
「逃げている?」
「そうだ」
「便利な言葉だな。気に入らない行動を全部それで片づけるのか」
「昨日から、お前は火を見ると戻りが遅い」
「何も聞かないのではなかったのか」
「聞いていない」
ルストの声は低い。
「見ている」
クラウディオの唇が、わずかに引き結ばれた。
火刑台の記憶。
焼けた砂糖の匂い。
被害者女性の名を焼く世論。
欠点を証拠代わりに使う声。
問いの形で置かれた火種。
それらが、クラウディオの中でまだ燃えていた。
彼はそれを見せない。
見せるくらいなら、皮肉で覆う。
皮肉で駄目なら、事件へ逃げる。
事件で駄目なら、別の何かで口を塞ぐ。
クラウディオは、ルストの手から資料を奪い返そうとした。
ルストが避ける。
クラウディオの指が、ルストの襟元を掴んだ。
「返せ」
「嫌だ」
「子どもか」
「お前が寝ないなら、返さない」
「吸血鬼に睡眠道徳を説かれる日が来るとはな」
ルストは返事をしなかった。
ただ、クラウディオを見下ろす。
その視線が、昨夜から何度もクラウディオを現実へ引き戻してきた。
問い詰めない。
慰めない。
抱きしめて綺麗に済ませもしない。
ただ、逃げ場を塞ぐようにそこにいる。
クラウディオは、その沈黙が腹立たしかった。
腹立たしいのに、離れなかった。
「見るな」
「見ている」
「正直になれば許されると思うな」
「思っていない」
「なら目を逸らせ」
「嫌だ」
クラウディオは笑った。
冷たい笑いだったが、少しだけ壊れていた。
「本当に、雑な男だな」
「知っている」
ルストは、資料を机の端へ置いた。
クラウディオの手は、まだルストの襟を掴んでいる。
その距離で、火刑事件の資料はもう読めなかった。
クラウディオが先に目を逸らした。
それは、逃げるためだったのか。
それとも、逃げられなかったからなのか。
ルストは何も聞かなかった。
その夜、二人は眠らなかった。
朝は、静かに来た。
窓の外の空は白く、街の輪郭はまだ薄い。ルストの部屋の中にも、柔らかい朝の光が差し込んでいる。工房《箱庭》の朝とは違う光だった。人形の白い肌や硝子の目に反射する光ではない。作業台の刃物や細い筆を照らす光でもない。ただ、無口な部屋の床に細く落ちる光。
机の上には、火刑事件の資料が残っている。
葛城真砂の相談記録。
告発者の証言記録。
「魔女」と書かれた紙片の写真。
紙片裏の波形。
血術核の残滓。
SNS拡散時系列。
久遠院怜司のコメント履歴。
火刑台の残響録音。
加工音声の文字起こし。
その隣に、白いカップが置かれていた。
ルストが用意した紅茶ではない。紅茶を淹れたのはクラウディオだった。いつの間に起きたのか、あるいはそもそも眠っていなかったのか。彼は窓際に立ち、ルストのシャツを羽織ったまま、平然とカップを持っていた。
ルストのシャツは、クラウディオには少し大きい。
襟元が緩い。
袖が長い。
指先が布に半分隠れている。
首筋から鎖骨にかけて、襟で隠しきれない薄い赤い痕が残っていた。第22話の噛み痕とは別の、新しい痕。直接的に語る必要はない。襟と痕と朝の沈黙だけで、人間は勝手に察する。無駄に察しがいい。税務処理にもその能力を回せ。
クラウディオの髪は少し乱れていた。
目元には、眠れなかった気配がある。
けれど顔は整っている。
腹立たしいほど整っている。
ルストはベッドの端に腰掛けたまま、それを見ていた。
クラウディオが視線だけで気づく。
「見るな」
「見ていない」
「嘘が下手だ」
いつものやり取り。
だが、朝の部屋では少しだけ違って聞こえた。
クラウディオは紅茶を飲もうとして、袖が長すぎることに気づいた。カップを持つ手元に布がかかる。彼は不快そうに袖を引き上げ、そこで自分がルストのシャツを着ていることを改めて意識したらしい。
ほんの一瞬だけ、手が止まる。
ルストはそれを見た。
クラウディオは睨んだ。
「見るなと言った」
「似合っている」
沈黙。
クラウディオの目が、冷たく細くなる。
「寝言は寝てから言え」
「起きている」
「ならなお悪い。意識がある状態でその程度の発言しかできないのか」
「本当だ」
「その目を抉るぞ」
「怒るな」
「怒るだろう」
「似合うかどうかの話ではない、か」
クラウディオは口を閉じた。
先に言われたのが腹立たしい、という顔だった。
頬にわずかな赤みが差していることを、本人はおそらく認めない。
ルストは立ち上がり、近づいた。
クラウディオの襟元が少し乱れている。
手を伸ばそうとすると、クラウディオが軽く払った。
「触るな」
「襟が乱れている」
「お前のシャツだ。責任を取れ」
「直す」
「直すな」
「ならそのままにする」
「腹が立つ」
ルストは手を下ろした。
クラウディオは、しばらく睨んでから、結局自分で襟を整えようとした。だが布が大きすぎる。整えようとすると、かえって首筋の痕が見える。本人もそれに気づき、舌打ちに似た息を吐いた。
ルストは何も言わなかった。
それがまた腹立たしいらしい。
「言いたいことがあるなら言え」
「ある」
「言うな」
「昨夜のあれは何だった」
クラウディオの指が止まった。
朝の光の中で、紅茶の湯気が細く揺れる。
机の上の資料が、妙に現実的な顔で二人を見ている。
クラウディオは一度だけ目を伏せた。
次に顔を上げた時には、もういつもの顔に近かった。
「事件の話をしろ」
ルストは黙った。
クラウディオは紅茶を机に置く。
白いカップが受け皿に触れ、かすかな音を立てた。
「耳が遠くなったのか。事件の話をしろと言った」
「また逃げるのか」
「合理的な回避だ」
「昨夜も、それで逃げた」
「昨夜のことを今朝の議題にするな」
「事件の話にすれば、全部済むと思うな」
クラウディオは資料を一枚取った。
「済むとは思っていない。だが、事件は待たない。火刑台は遠慮を知らないからな」
ルストは、その逃げ道が正しいことを理解していた。
正しいから、厄介だった。
昨夜の意味を聞きたい。
あのキスが、問いを拒むためのものだったのか。
火刑台の記憶から逃げるためだったのか。
ルストを黙らせるためだったのか。
あるいは、それ以外の何かが混じっていたのか。
聞きたい。
だが、机の上には事件がある。
被害者女性の名前はまだ燃えている。
「あなたは、本当に魔女ではないのですか」という問いの形をした火種は、まだ誰が投げたのか分からない。
久遠院怜司の影は濃くなっているが、名前を貼るには早い。
ルストは、ゆっくり息を吐いた。
「今は聞かない」
クラウディオは資料から目を離さない。
「永遠に聞くな」
「それは無理だ」
「記憶力の悪い吸血鬼になれ」
「無理だ」
「使えない」
ルストは低く言った。
「忘れない」
クラウディオの視線が、ほんの少しだけ逸れた。
紅茶の湯気が、朝の光の中で白く立ち上がる。
「勝手にしろ」
その声は冷たかった。
けれど、本気で追い払う声ではなかった。
ルストはそれ以上踏み込まなかった。
かわりに、机の上の加工音声の文字起こしへ視線を落とす。
あなたは、本当に魔女ではないのですか。
クラウディオも同じ資料を見た。
朝の部屋。
ルストのシャツ。
乱れた襟。
新しい痕。
昨夜の答えのない沈黙。
それらをすべて横へ置くように、クラウディオの声は事件へ戻る。
「問いが先だ」
ルストが顔を上げる。
「問い?」
「魔女という答えの前に、問いを置いた奴がいる」
クラウディオは、文字起こしの紙を指で押さえた。
「あなたは、本当に魔女ではないのですか。断定ではない。質問だ。だが、この問いを投げられた時点で、相手は火刑台の上に片足を乗せる」
ルストは紙を見る。
「問いだけで、人は燃えるのか」
「人間は、疑われただけで自分を証明しようとする。証明できなければ、周りはそれを罪にする」
クラウディオは紅茶を取る。
袖がまた少し邪魔をする。
彼は不機嫌そうに布を払った。
「疑問形は便利だ。断定していない顔で、人を火刑台に乗せられる」
ルストは黙って聞いていた。
クラウディオは続ける。
「魔女だと断じれば、責任が生じる。だが、魔女ではないのかと問えば、問いを投げた側は清潔なままでいられる。答えられない相手だけが汚れる」
「久遠院の言葉に似ている」
「似ているな」
クラウディオの声が冷える。
「あいつの言葉はいつも整いすぎている。相手が自分で足を踏み外すように、階段だけ用意している顔だ」
「久遠院か」
「まだ名前を貼るな。俺たちまで同じことをする」
その台詞は静かだった。
だが、強かった。
ルストは頷いた。
「証拠を見る」
「そうだ。嫌悪で札を貼るな。札は燃える」
クラウディオは、久遠院のコメント履歴を開いた。
死者が完全な善人でない場合、世論は断罪を正当化しやすくなります。
欠点は、共同体にとって非常に扱いやすい燃料です。
人は、相手に罪がひとつ見つかると、全ての苦痛を正当化したがる傾向があります。
そして、別のコメント。
問いは、断定よりも長く残ることがあります。断定は反論されますが、問いは相手の中で反復されるからです。
クラウディオはそれを見て、ひどく嫌そうに笑った。
「断定しない断罪か。実に嫌な趣味だ」
ルストは画面を見下ろす。
「正しい」
「だから嫌なんだろうが」
クラウディオは端末を閉じかけて、やめた。
「問いを投げた奴は、葛城真砂本人だけを狙ったわけじゃない。告発者にも、世論にも、警察にも問いを置いている。あの女は本当に魔女ではないのか、と」
「疑えば、燃える」
「疑うこと自体は悪くない。証拠を見るならな。だが、問いだけを置いて証拠を探す順番を壊せば、あとは勝手に燃える」
ルストは、クラウディオの首筋に目を向けそうになり、やめた。
クラウディオはそれにも気づいた。
「見ただろう」
「見ていない」
「嘘が下手だ」
「見えた」
「言い換えるな」
「隠すなら、襟を直せ」
「お前のシャツが悪い」
「返せ」
「後にしろ」
短い会話。
事件と昨夜の余韻が、机の上で何度もぶつかる。
クラウディオは、逃げている。
ルストは、それを見逃してはいない。
だが、今は事件が先だった。
ルストは椅子に座り、資料を手に取る。
「告発者は、問いを聞いたのか」
「直接か間接かは分からない。だが、同じ構造の言葉に触れている可能性が高い」
クラウディオはSNS拡散時系列を指した。
「魔女という語が広がる前に、“本当に安全なのか”“本当に無害なのか”“本当にただの相談者なのか”という疑問形の投稿が増えている。断定ではない。疑問を置いているだけだ。責任を取らずに疑念だけ撒く、実に人間らしい姑息さだな」
「その投稿元は」
「複数。捨てアカウント、地域掲示板、匿名コメント、動画の切り抜き。単独で追えば小さい。だが時刻が整いすぎている」
「誰かが撒いた」
「あるいは、撒く場所を示した」
ルストは久遠院のコメント履歴を見る。
「解説席」
クラウディオは薄く笑った。
「火刑台に立たずに火の回り方を語る男か。気色悪いほど似合う」
その時、机の端に置かれた録音端末が勝手に点いた。
赤いランプ。
薄いノイズ。
ルストがすぐに視線を向ける。
クラウディオは、端末より先に空気の変化に気づいた。
紅茶の湯気が、一瞬だけ煙のように曲がる。
火はない。
ルストの部屋には蝋燭もない。
それなのに、焦げた紙の匂いが薄く差し込んだ。
録音端末から、声が流れかける。
『あなたは、本当に――』
クラウディオの手が伸びた。
素早く停止する。
端末の画面が暗くなった。
部屋に沈黙が落ちる。
朝なのに。
署でもない。
現場でもない。
工房《箱庭》ですらない。
ルストの部屋にまで、火刑台の残響が入り込んでいる。
クラウディオは、端末を見下ろして低く言った。
「ここまで来るか」
ルストは窓の方を見た。
朝の光が細く差し込んでいる。
その光が、少しだけ燃えるように見えた。
「安全圏が減っている」
「火刑台は遠慮を知らないらしい」
クラウディオの声は冷たい。
だが、かすかに疲れていた。
ルストはそれを聞き逃さなかった。
「今日は署へ行く前に休め」
「命令するな」
「提案だ」
「提案なら却下だ」
「なら命令にする」
「悪化している」
クラウディオはカップを持ち上げた。
手元が、ほんの少しだけ遅い。
ルストはそれを見た。
何も言わなかった。
クラウディオは睨む。
「見るな」
「見ていない」
「嘘が下手だ」
「癖だ」
「直せ」
「無理だ」
そのやり取りに、昨夜の続きのような温度があった。
甘くはない。
穏やかでもない。
ただ、距離が明らかに変わっている。
ルストの部屋に、ルストのシャツを着たクラウディオがいる。
机には火刑事件の資料がある。
朝の光がある。
新しい痕がある。
語られない夜がある。
そして、解かれなければならない事件がある。
クラウディオは、加工音声の文字起こしをもう一度指で押さえた。
「次は、問いを投げた奴だ」
ルストが問う。
「久遠院か」
クラウディオは即座に返した。
「まだ名前を貼るな。俺たちまで同じことをする」
ルストは頷く。
「証拠を探す」
「そうだ」
「問いの出どころ」
「音声メッセージの発信経路。疑問形投稿の初期拡散。告発者がその言葉に触れた場所。久遠院のコメントが内部資料から外部へ流れた経路。全部だ」
「多い」
「人間が無駄に増やした火種だ。文句は人間へ言え」
「お前も人間社会にいる」
「迷惑な話だ」
その時、暗くなった端末の画面に、二人の姿が映った。
ルストのシャツを羽織ったクラウディオ。
緩い襟。
隠しきれない首筋の薄い痕。
その背後に立つルスト。
朝の光が窓から差し込み、画面の中で細く燃えるように揺れている。
クラウディオは、その画面を見た。
一瞬だけ、昨夜のことへ視線が引き戻される。
ルストも、それに気づいた。
だが、何も言わなかった。
クラウディオが先に画面を伏せる。
「事件の話をしろ」
ルストは低く返す。
「今はな」
クラウディオは睨む。
「含みを持たせるな」
「忘れない」
「最悪だ」
「知っている」
紅茶の湯気は、もう煙には見えなかった。
けれど、部屋のどこかに、まだ焦げた匂いが残っている。
火刑台は、朝にも来る。
安全な場所など、もうほとんど残っていない。
それでもクラウディオは、ルストのシャツの袖を引き上げ、資料を一枚取った。
火ではなく、証拠を見るために。




