EP 8
初めての実戦と鋼鉄の防衛線
黄金チャーハン事件から数日が経ち。
シャルムとルナは、完全に俺の秘密基地(森の奥の洞穴)に入り浸るようになっていた。
目的はもちろん、俺の作る『男飯』である。
しかし、ただ飯を食わせるだけでは俺の食料ストックが底を尽きてしまう。そこで「飯が食いたきゃ、俺の特訓の相手をしろ」という条件を出したのだ。
「は〜い、始めぇ!」
洞穴の前の少し開けた広場。
審判役のルナののんびりとした声を合図に、木槍を構えたシャルムが地を蹴った。
「行くぜっ!!」
ヒュッ!と風を裂く鋭い音が鳴る。
5歳児とは思えない、豹耳族特有の瞬発力を乗せた鋭い刺突。
「甘いな」
俺は手に持った木剣を最小限の動きで傾け、その切っ先を滑らせるように受け流した。
「チッ!」
「槍ってのはな、懐に詰められれば脆いんだよ!」
受け流した勢いのまま、俺は一歩踏み込み、木剣の柄でシャルムの胴を突こうとした。
しかし、獣人族の将軍の息子は、ただの猪武者ではない。
「させるかよ! 『ダブル』!!」
「はっ!?」
ポンッ!という音と共に、シャルムの体が二つに分身した。
一人は俺の突きを躱して後退し、もう一人の『分身体』が横から猛スピードで俺に向かって体当たりを仕掛けてきたのだ。
「おい、スキル禁止だろうが!!」
俺は悪態をつきながら、ギリギリで体を捻って分身体のタックルを躱した。
親父の木刀千本ノックで鍛えられた体幹がなければ、間違いなく吹っ飛ばされていただろう。
「へへっ、実戦にルールなんてねぇんだよ! もう一丁……」
得意げに笑い、追撃を仕掛けようとしたシャルムだったが。
ピタッ、と。
不自然なほど急に、シャルムの動きが止まった。
「ん? どうした?」
俺が木剣を下げて尋ねると、シャルムは頭の豹耳をピンと立て、鼻をヒクヒクと激しく動かしていた。
その顔から、さっきまでのイタズラ小僧の笑みが消え去っている。
「……待て、リオス」
シャルムの声が、一段低くなった。
それは、獲物を狙う『獣』の警戒音だった。
「血の匂いがする。……それに、腐った生ゴミみたいな、ひでぇ悪臭だ。……これは、ゴブリンの匂いだ!」
「何!? ゴブリンだと?」
俺は顔を引き締めた。
ゴブリン。ファンタジー世界における最弱クラスの魔物。
冒険者ギルドでは「銅貨2枚」で討伐されるような雑魚だが、それはあくまで『武装した大人』から見ての話だ。
いかに俺たちが規格外の5歳児とはいえ、凶暴な魔物であることに変わりはない。
「あぁ。秘密基地の周囲の茂みに隠れてるぞ。数は……3体だ」
「えぇ〜っ!? た、大変!」
事態を把握したルナが、顔を真っ青にしてパニックに陥った。
「お、大人の人を呼ばないと! ガリンおじさーん! アリアおばさーん!!」
ルナが秘密基地を飛び出し、村の方へ走ろうとする。
俺は慌てて彼女の腕をガシッと掴んで引き留めた。
「待てルナ! ダメだ!」
「えっ?」
「冷静になれ。秘密基地の周りにいるってことは、今ここを出て村へ向かえば、完全に背中を狙われる。大人の足ならともかく、子供の俺たちが森の中で追いつかれれば厄介だ。……ここは、籠城戦だ」
俺の言葉に、ルナはポロポロと涙をこぼしながら頭を抱えた。
「うそおおおん……っ。私、まだお嫁にも行ってないのにぃ……」
天然エルフの泣き言をスルーし、俺はシャルムを見た。
シャルムは恐怖するどころか、木槍をギリッと握り締め、獰猛な笑みを浮かべていた。
「くぅぅ……っ! 燃えてきたぜ! 初めての実戦だ!」
「早まるなよ? シャルム。相手は武器を持ってるかもしれない」
俺は洞穴の入り口まで2人を下がらせた。
秘密基地は背後が岩壁で塞がっているため、入り口さえ守り切れば背後を突かれる心配はない。いわゆる『チョークポイント(扼地)』だ。防衛戦にはもってこいの地形である。
「ガルルゥゥ……」
「ギギャッ……ゲギャギャッ!」
茂みが揺れ、低木をかき分けて『それ』が姿を現した。
緑色の汚らしい皮膚。子供ほどの背丈だが、筋肉質で腹が出ている。手には錆びたナタや、尖った木の枝を握りしめていた。
醜悪な顔に浮かぶのは、俺たち『弱そうな子供』を見つけた下劣な喜びの笑み。
「ルナ、後ろに下がってろ。絶対に魔法は撃つなよ。お前がここで極大魔法を撃ったら、俺たちごと洞穴が生き埋めになるからな」
「う、うんっ! わかった!」
俺は背中のルナに指示を出しながら、ゆっくりと木剣を捨てた。
「おい鉄屑、武器を捨ててどうする気だ!? 俺様が3匹とも串刺しにしてやる!」
シャルムが2人に分身し、槍を構えて前に出ようとする。
「俺が先陣を切る。お前は取りこぼした奴を突け」
俺は静かに言い放ち、洞穴の隅に置いてあった『革袋』に手を伸ばした。
中に入っているのは、チャーハンを作るためのフライパン……ではない。あれから川辺で地道に集め続けた、大量の『高純度の砂鉄』だ。
(……ちょうどいい。人間の闘気と木剣での戦闘には慣れてきたが、俺の『本当の武器』の殺傷能力を試すには、最高のマウスだ)
前世の鉄鋼マンとしての血が騒ぐ。
俺は両手を前に突き出し、口角を吊り上げた。
「さぁ、来いよ緑色の豚共。――【アイアン】!!」
俺の足元から、黒い砂鉄がまるで意思を持つ蛇のように這い出し、空中に浮かび上がった。
5歳児たちの、初めての防衛戦(という名の蹂躙)が、今まさに始まろうとしていた。




