EP 6
最強の武器(南部鉄器)の錬成
「はい、貴方〜、リオス〜。食事が出来たわよ〜」
夕刻。クルセイダー家のダイニングに、母さん(アリア)の弾むような声が響いた。
テーブルに並べられたのは、ララサ村の特産品を使った素朴な手料理だ。
「おう! どれどれ」
父さん(ガリン)が嬉しそうに席に着き、俺も子供用の椅子によじ登る。
今日のメニューは、『米麦草』を焼き上げた黒パンと、『ネタキャベツ』と『シープピッグ』の肉野菜スープ。
ネタキャベツは、まな板の上で「隣の家の奥さんのヘソクリの場所はね……!」と喋り出す寸前に母さんの包丁(闘気入り)で微塵切りにされたため、非常に良い出汁が出ている。
「うん! 美味い! 流石はアリアだ、五臓六腑に染み渡るぜ!」
「美味しいよ、母さん!」
俺と父さんは、声を揃えて料理を絶賛した。
いや、実際美味しいのだ。素材の味を活かした、優しくて健康的な味付け。ただ、少しでも残したり不満な顔をすれば、母さんの背後に【パーフェクト・ヒール(物理)】のオーラが立ち昇るため、我が家の食卓では『大絶賛』以外の選択肢は存在しない。
「良かったわ。二人とも、どんどん食べてね♡」
母さんが聖母のような笑みを浮かべ、俺の皿にシープピッグの肉を山盛りに乗せてくれた。
* * *
夕食後。
自室(子供部屋)に戻った俺は、ベッドにゴロンと寝転がりながら、深い深いため息をついた。
(……母さんの手前、あぁ言ったけどさ)
天井を見つめながら、前世(戸田鉄平・25歳)の記憶が舌によみがえる。
(日本でジャンクな飯を食ってきた身からすると、村の食事は素朴すぎるんだよ!!)
異世界の食事は基本的に『焼く(直火)』か『煮る』の二択だ。
健康には良い。発育にも良いだろう。だが、俺の魂が求めているのはそんな精進料理ではない。
豚バラ肉から溢れ出る脂!
ガツンと効いたニンニク!
焦げた醤油の香ばしい匂い!
油と高温が織りなす、メイラード反応の極致!!
(もっとジャンク的な! 脳が溶けるくらい美味しい『炒め物』や『焼き料理』を食べたい!!)
この世界には、高温で均一に食材に熱を通すための『まともな調理器具』がない。薄っぺらい銅鍋や鉄板では、火が通る前に焦げるか、水分が飛んでパサパサになってしまう。
「……作るしかないか」
俺はむくりと起き上がり、棚から丈夫な革袋を引っ張り出した。
* * *
夜の川辺。
村人たちが寝静まった時間に、俺はこっそりと家を抜け出していた。
向かった先は、村の外れを流れる川の砂州だ。
「よし、この辺りなら十分だな。……【アイアン】!」
俺は右手を前に突き出し、スキルを発動した。
『鉄を操る』というこの能力は、すでに俺の手足のように馴染んでいる。
ズズッ……ズズズッ……。
足元の砂や土の中から、黒い粉末がまるで生き物のように這い出し、俺の手元へと集まってくる。砂鉄だ。
「不純物は無いな……」
俺は集まった砂鉄を空中に浮遊させたまま、じっと目を凝らした。
鉄鋼メーカーでの経験が、鉄の純度を直感で弾き出す。【アイアン】のスキルによる精密な分離操作で、砂や石英などの不純物を完璧に取り除き、純度の高い砂鉄だけを革袋の中へと流し込んだ。
* * *
砂鉄を回収した俺は、さらに村から離れた森の奥、俺だけの『秘密基地(大きな洞穴)』へと移動した。
「さて、ここからが本番だ」
革袋から砂鉄を取り出し、空中に大きな黒い球体を作って浮かせる。
鉄を溶かすには、莫大な熱が必要だ。しかし、俺は魔法使いではないので火を出すことはできない。
だが、俺には『鉄を操る』ことができる。
操作を極小レベルにまで落とし込めば、鉄の分子を強制的に動かすことができる。
「【アイアン】! ……振動しろ!」
俺は空中に浮かぶ砂鉄の球体に、超高速の振動を与えた。
分子同士が激しく摩擦を起こし、自ら熱を帯びていく。電子レンジの原理の応用、いわゆる『誘導加熱(IH)』に近い現象だ。
空中に浮かぶ黒い球体が、徐々に赤みを帯び始める。
(1000度……1200度……まだまだ!)
額から汗が噴き出す。凄まじい熱気が洞穴を満たす。
強靭な5歳児の肉体(S級のバフ入り)と闘気がなければ、この熱と魔力消費には耐えられないだろう。
(1500度……! 融点突破!!)
ドロリ、と。
空中に浮かんでいた砂鉄が、オレンジ色に輝く液体――『溶銑』へと姿を変えた。
「南部鉄風フライパンを意識して……炭素量も調整して……っ」
前世の知識を総動員する。
ただの鉄(純鉄)では柔らかすぎるし、鋼ではフライパンに向かない。
保温性と熱伝導率に優れた最高峰の調理器具を作るには、炭素を3〜4%含ませた『鋳鉄』にする必要がある。
スキルの力で空気中の炭素を取り込み、完璧な配合で混ぜ合わせる。
そして、オレンジ色の液体を、重厚で分厚いフライパンの形へと一気に変形させた。
「……冷却、焼き入れだ!」
俺は完成した形状の熱を、一気に奪い去る。
ジュワァァァァッ!!という幻聴が聞こえるほどの急冷。
オレンジ色の光が収まり、やがて空気中に姿を現したのは――。
「……完璧だ」
漆黒の輝きを放つ、分厚く重厚なフライパン。
持ち手のカーブから、熱を均等に伝えるための底面の厚みまで、日本の伝統工芸『南部鉄器』を完全に再現した至高の調理器具であった。
「よし……これで、最高に旨い料理が作れるぜ……!」
俺はまだ少し熱を持つフライパンを両手で掲げ、悪の魔王のようにニヤリと笑った。
ハズレスキルだと言われた【アイアン】が、異世界で初めて牙を剥いた瞬間。
――それは、剣でも盾でもなく、極上の『ジャンクフード』を生み出すための神器であった。




