EP 5
休日と幼馴染と、天然サイコパスの画伯
「ぜぇ……はぁ……っ、やっと、やっと休みだ……!」
俺、リオス・クルセイダーが5歳の誕生日を迎えてから数ヶ月。
我が家の英才教育(という名の拷問)は、さらに苛烈さを極めていた。
午前中は父・ガリンによる武術と闘気の特訓。丸太を背負っての山走りから始まり、木刀での文字通りの『死合い』。
午後は母・アリアによる基礎魔法と学問の座学。少しでも居眠りしようものなら、笑顔のまま【ヒール】の魔力圧で脳髄を直接揺らして叩き起こされる。
とても5歳児が受けるべき教育メニューではない。
しかし、今日ばかりは「たまには子供らしく遊んでおいで」と、奇跡的に1日の休暇をもぎ取ることに成功したのだ。
俺は自由の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、村の小さな公園へとやってきていた。
「あれ?」
ふと見ると、公園の砂場にしゃがみ込んでいる小さな背中があった。
輝くような金髪に、尖った耳。エルフの少女、ルナだ。
彼女は小さな木の枝(どう見ても伝説のアーティファクト『世界樹の若木』だが)を手に持ち、砂の上に一生懸命何かを描いていた。
「よぉ、ルナ。何してるんだ?」
俺が声をかけると、ルナはパッと顔を輝かせて振り返った。
「あっ、リオス君! こんにちは!」
「おう。砂絵か?」
「うん、今ね、お絵かきしてたの。……そうだ! リオス君を描いてあげるよ!」
ルナが嬉しそうに提案してくる。
しかし、前世からずっと『じっとしている』のが苦手な性分だった俺は、思わず顔を引きつらせた。
「え? 俺、じ〜っとしてなきゃいけないの!? 俺、そういうのは苦手で……」
断ろうとした、その瞬間。
「うぅ〜……っ、ぐすっ」
ルナの大きなエメラルドグリーンの瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。
前世の記憶(25歳独身)を持つ俺にとって、美少女の涙ほど凶悪な兵器はない。
「う、わ、分かった! や、やるよ! じっとしてりゃ良いんだろ!?」
「ほんと!? えへへ、ありがとう!」
一瞬で笑顔に戻るルナ。女って怖い。
俺は砂場の前で、気をつけの姿勢のままカチンコチンに固まった。
「えっとえっと……お顔の輪郭がこうで……」
ルナが真剣な顔で砂に枝を走らせる。
(……退屈だなぁ)
5分経過。
早くも限界が近づき、俺が欠伸を噛み殺そうとした、その時だった。
「よぉ! 鉄屑!!」
背後から、元気すぎる声と共に強烈な殺気が迫ってきた。
「!?」
振り返る間もない。
俺の背中に、豹のようにしなやかで鋭い『飛び蹴り』が容赦なく炸裂した。
「いってえええ!? 何をしやがる!!」
砂場に顔から突っ込んだ俺が怒鳴りながら立ち上がると、そこには豹の耳と尻尾をパタパタと揺らす獣人族の少年、シャルムがニシシと笑って立っていた。
「隙だらけだぞ? ハズレスキルが! 俺様の超・超・超優れた『ダブル』の敵じゃねぇんだわ!」
シャルムは鼻高々に胸を反らした。
そして、俺に向かってビシッと指を突きつける。
「それに、俺様には敬語を使え!」
「誰がお前に敬語を使うか! 同じ5歳だろうが!」
「俺様は将来、超エリートの将軍になるんだ! それで父上と一緒に、一族の覇権を盛り返すんだからな! お前は特別に家来にしてやる。今のうちから俺様に媚びへつらえ、ばーか!」
ベーッと舌を出して煽ってくるシャルム。
(コイツ、言ってることはクソ生意気なんだけど……背景が重いんだよなぁ……)
俺は砂を払いながらため息をついた。
シャルムの父、クルーガーのおっちゃんは祖国での政争に敗れ、追われるようにこの村へやってきたのだ。シャルムの「一族を盛り返す」という言葉には、子供ながらに背負っている大きなものがある。
……だからといって、大人しく蹴られてやる理由にはならないがな!
「いくぞ鉄屑! 『ダブル』!!」
シャルムがユニークスキルを発動させた。
ポンッ!という音と共に、シャルムの体が実体を持った「2人」に分裂する。
「そぉらっ!」
「こっちだぜ!」
左右に分かれた2人のシャルムが、再び飛び蹴りのモーションに入った。
全く同じタイミング、完璧な挟み撃ち。
だが、親父の木刀千本ノックを毎日受けている俺の動体視力は、豹耳族のスピードすら捉えていた。
「同じ手は食うかよ!」
俺は紙一重で右のシャルムの蹴りを躱し、すれ違いざまに、彼の弱点である『尻尾』をガシッと掴んで思い切り引っ張った。
「にゃっ!? いってえええ!!」
尻尾を引かれた右のシャルムがバランスを崩し、左のシャルムと激突して豪快にすっ転ぶ。
分身していても、痛みはしっかり共有されるらしい。
「鉄屑の癖に生意気だぞ!!」
「黙れ! 不意打ちする奴が偉そうに言うな!!」
そこからはもう、闘気も魔法も関係ない。
ただの5歳児同士の、泥まみれの掴み合いの喧嘩である。俺は中身25歳だが、売られた喧嘩はきっちり買う男だ。
「痛い! 髪引っ張るな!」
「お前こそ尻尾から手ぇ離せ!!」
砂ぼこりを上げて転げ回る俺たち。
せっかくの休日が台無しだ。俺は「ルナが怖がって泣いてしまうかもしれない」と思い、喧嘩を切り上げようとチラリと彼女の方を見た。
しかし。
「……なるほど〜。戦闘の時の絵って、こうやって描くのねぇ!」
ルナは泣くどころか、目をキラキラと輝かせていた。
彼女は砂絵から、いつの間にか持参していたスケッチブックに持ち替え、ものすごいスピードでペンを走らせている。
「え、ルナ?」
「あ、シャルム君、もう少し右から蹴ってみて! リオス君、シャルム君の首を絞める時はもっと腕の筋肉を意識して!」
「はぁ!?」
「ええっ!?」
完全に『画伯』の顔つきになったルナが、俺たちに向かって信じられないリクエストを飛ばしてきた。
「ねぇねぇ、もっとリアルに描きたいから……リオス君もシャルム君も、遠慮しないで顔面を殴り合って〜! 血飛沫とか出た方がカッコいいから!」
極上の笑顔で、とんでもないサイコパス発言を放つ天使。
俺とシャルムはピタリと喧嘩を止め、同時にルナに向かって全力でツッコミを入れた。
「「無茶苦茶言うな! 血が出るわ!!」」
元S級の両親に、重い宿命を背負ったわんぱく獣人、そして天然サイコパスのエルフ娘。
どうやら俺の異世界生活は、スローライフという言葉からは程遠い場所へ向かっているらしい。




