EP 4
ハズレスキル『アイアン』の真価
(はぁ……俺、よく生きてこれたな……)
あの日から3年。
俺ことリオス・クルセイダー(3歳)は、両親からの文字通り「重すぎる」愛情と英才教育を一身に受けて、すくすくと育っていた。
毎日浴びせられる母さんの【パーフェクト・ヒール】のおかげで、俺の体は3歳児とは思えないほどバキバキに仕上がっている。さらに離乳食として父さんが狩ってきた『ドラゴンの肝の裏ごし』や『ベヒーモスの粉ミルク』を摂取させられた結果、すでに常人の大人を凌駕する闘気と魔力が全身に満ち溢れていた。
そして今日。
俺はおめかし用の小さな一張羅を着せられ、ララサ村の小さな教会に足を運んでいた。
「今日はスキル検査かぁ……」
アナステシア世界では、3歳になると教会で【ユニークスキル】の有無を検査する儀式がある。
俺のスキルが【アイアン】であることは、あのピンク芋ジャージのクソ女神から聞いて知っているし、実生活でもこっそり使っているのだが、一応表向きの儀式は受けておかなければならない。
「さぁ、リオス君。この美しい女神像に祈りを捧げてね」
優しそうなシスターが、教会の祭壇にある大理石の彫像を指し示した。
そこには、慈愛に満ちた表情で微笑む女神ルチアナの姿が彫られている。
(……あのババア(ルチアナ)に祈りを捧げるだと? 冗談じゃないぜ)
俺の脳裏に、コタツでカップラーメンをすすり、健康サンダルで俺の尻を蹴り飛ばしたあの女の顔がよぎる。
俺は心の中で盛大な中指を立てつつ、表面上は神妙な顔をして、ギュッと両手を組み合わせて祈るフリをした。
「はい、シスター」
「まぁ、なんてお利口さんなの。では、鑑定魔法をかけますね。……【スキル・ヴィジョン】!」
シスターが俺の頭に手をかざすと、淡い光がフワリと舞い上がった。
やがて、シスターの頭の中にスキルの情報が流れ込んだらしい。彼女はパチリと瞬きをして、記録用の羊皮紙に目を落とした。
「ええっと……リオス君のスキルは、【アイアン】……ですね。どうやら、周囲の『鉄』を操る能力のようです」
その言葉を聞いた瞬間、教会の後ろで見守っていた父さんが、両手を突き上げてガッツポーズをした。
「おぉぉぉっ!! 鉄を操る!? なんだか強そうでカッコいいじゃないか!! 流石は俺とアリアの息子だ!」
相変わらずの全肯定親父である。俺が「鼻水を操るスキル」だと言われても同じ反応をしたに違いない。
「で、ではリオス君。少しでいいので、ここでスキルを発動してみてくれませんか?」
「はい。……【アイアン】」
俺は短く唱え、祭壇の隅に落ちていた古びた『鉄釘』に意識を向けた。
ここで派手に教会の鉄骨を引き抜いたり、砂鉄を集めて大剣を錬成したりして目立っても面倒だ。俺はあくまで「ちょっと動かせるだけ」を装うことにした。
カラン……コロコロコロ……。
祭壇の上で、サビついた一本の鉄釘が、まるで風に吹かれたように数センチほど転がった。
それだけ。
「…………え?」
シスターが目を瞬かせた。
「そ、それだけ? それだけですか、リオス君?」
「はい、ふぅ……疲れました」
俺はわざとらしく額の汗を拭うフリをした。
その瞬間、教会の後ろに集まっていた村人たちの間から、ヒソヒソとざわめきが起こった。
「おい見たか……釘が一本転がっただけだぞ?」
「魔法使いの【ストーンバレット】なら、拳大の石を時速150キロで飛ばせるっていうのに……」
「いわゆる『ハズレスキル』ってやつじゃないのか?」
「ガリン様とアリア様の家系だから、てっきり【聖剣術】とか【竜殺し】みたいなド派手な戦闘スキルだと思ったんだがなぁ……」
「可哀想に。鳶が鷹を生むどころか、竜がミミズを生んじまったな」
村人たちのあからさまな落胆の声。
ファンタジー世界において「地味な生活魔法」や「威力の低いスキル」は、冷遇されるのがお約束だ。
だが、我がクルセイダー家は、そんな常識の枠には収まらない。
「リオス、気にしないことよ?」
母さん(アリア)が歩み寄り、優しく俺を抱きしめた。
しかし、その背後からは「さっきからウチの息子を馬鹿にしている奴はどこのどいつだ?」と言わんばかりの、神聖魔法と殺意が入り混じったドス黒いオーラが立ち昇っている。教会の気温が5度ほど下がった。
「そうよリオス……。スキルだけが人生じゃないわ。母さんが、物理……じゃなくて、魔法で立派に育ててあげるからね」
「う、うん。ありがとう母さん(オーラが怖いから一旦しまって!)」
「ガッハッハッ!!」
冷え切った空気を吹き飛ばすように、父さん(ガリン)が豪快に笑った。
「村の衆、何をヒソヒソ言ってるんだ! スキルが地味だからってなんだって言うんだ! 父さん達だって『スキル無し』だったが、気合と根性でS級冒険者になったからな!」
そう、この両親の最も恐ろしいところはそこだ。
チートスキルなど一切持たず、純粋なステータスと狂気的なまでの鍛錬だけでS級に上り詰めた真のバケモノなのである。
「いいかリオス! スキルが弱いなら、その分体を鍛えればいい! 明日から父さんが、手取り足取りビシバシ鍛えてやるからな! まずは闘気を纏って滝行だ!」
「えっ」
待って、3歳児に闘気滝行は死ぬ。
親父の「ビシバシ」は洒落にならない。俺は引きつった笑いを浮かべながらコクコクと頷いた。
「う、うん……頑張るよ、父さん」
(……まぁ、いいさ)
同情の目を向ける村人たち。
スパルタ特訓を計画する親父。
静かに怒りのオーラを放つお袋。
俺は心の中で、密かにニヤリと笑った。
(父さんたちも、この村の連中も知らないんだ。俺の前世が、ゴリゴリの鉄鋼メーカー勤務だったってことを)
『鉄を操る』。
それはつまり、鉄の温度、形状、そして『炭素量』を意のままにできるということ。
ただの鉄を、大剣すら叩き折る『高張力鋼』に変えることも。
空気中や土中の砂鉄を集め、不可視の刃を錬成することも。
使い方次第で、どんな魔法よりも恐ろしい凶器に、そして便利な道具になるのだ。
(まずは、父さんの特訓を躱すための『全自動鉄製ダミー人形』でも作るかな……)
周囲からの「ハズレスキル」というレッテルを隠れ蓑に。
元鉄鋼マン・リオスの、秘密のオーバーテクノロジー開発が、ここから静かに始まるのであった。




