EP 3
S級の愛情は重すぎる
「……本当にやるのか? アリア。赤子に回復魔法をかけるなど」
俺がベビーベッドで【アイアン】のスキル検証(主にベビーベッドの釘を少し抜いたり戻したりする地味な作業)をしていると、父さん(ガリン)が深刻そうな顔で母さん(アリア)に問いかけた。
(ん? なんだなんだ?)
俺は作業を中断し、親たちの会話に耳を傾けた。
「何を言っているの? あなた。これはルナミス帝国で、教会で正式に認められている教育方法よ?」
母さんがキョトンとした顔で答える。
俺も前世の知識(ラノベ知識)で聞いたことがある。この世界では、赤ちゃんから6歳までに教会で回復魔法を定期的に注ぐことで、将来の『身体能力』『魔力』『闘気』のポテンシャルが飛躍的に向上するらしい。
いわば、魔法世界における超英才教育、あるいは必須の予防接種のようなものだ。
「そ、それくらいは知っているが……」
父さんが歯切れ悪く口ごもる。
そんな夫をよそに、母さんは杖(どう見ても鈍器にしか見えない分厚い樫の木製)を手に取った。
「村の教会に行って、シスターに回復魔法をかけて貰ったらお布施料が高いんだから。だったら、元S級僧侶の私が直接かければ同じことでしょう?」
「そ、そうか……なら、いいんだが」
(いや父さん、そこは押し切られちゃダメだろ!)
俺は内心で激しくツッコミを入れた。
絶対「同じこと」じゃない。村のシスターの優しい『ヒール』と、最前線で魔獣の群れをすり潰してきた元S級の魔法が同じわけがない。出力(ワット数)が違いすぎる。家庭用電源と工場の高圧電流くらい違うぞ!
だが、俺の心の声(ただの泣き声)が届くはずもなく。
「では行くわよ。リオスちゃんに、聖なる光よ……」
母さんが杖を高く掲げた。
部屋の中が、チカチカと眩しいほどの黄金の光に包まれる。
ちょ、待って。詠唱の圧がすごい。空気がビリビリ震えてるんだけど!?
「――【パーフェクト・ヒール(完全回復)】!!」
(……っ!?)
ドバァァァァァァンッ!!!
視界が真っ白に染まった。
本来、死の淵にある重傷者や、欠損した四肢すら瞬時に再生させるという究極の回復魔法。それが、かすり傷ひとつない、生まれて数週間の健康優良児(俺)に、惜しみなくフルスイングで叩き込まれたのだ。
「あばばばばばばっ!?」
俺の口から、およそ人間とは思えない声が漏れる。
(おぉ……!? なんだこれ!?)
だが、痛みは全くなかった。
むしろ、全身の細胞が歓喜の声を上げているような、圧倒的な万能感。
温泉の源泉掛け流しに頭から浸かっているような温かさが、小さな体を駆け巡る。
(き、気持ち良いなぁ……。なんだか、脳のシワがツルッツルに……いや、逆にスッキリしてめちゃくちゃ冴えてくるような気がするぜ……!)
体内で未熟だった魔力回路と闘気の経絡が、S級の魔力によって強制的に極太に拡張されていく感覚。
前世の疲労やストレスすら、魂のレベルで浄化されていくようだ。
「うんうん。リオスちゃんも気に入ったみたいね♡」
母さんが満足げに微笑む。
そりゃ気に入るさ。合法的なオーバードーズ(過剰摂取)だこれ。毎日やられたら、俺の基礎ステータスはどうなってしまうんだ。
すると、その様子を見ていた父さん(ガリン)が、突然バチィィッ!と両手で頬を叩き、気合を入れた。
「よぉぉぉし! 父さんも負けていられないぜ!」
(ビクッ)
俺は嫌な予感がして、父さんを見た。
「アリアが魔法でリオスを鍛えるなら、俺は『食育』だ! ちょっと麗山に行って、ドラゴンの肝とベヒーモスのミルクを取ってくるぜ!」
「あら、まぁ。気をつけて行ってきてね、あなた♡ 夕飯までには帰ってきてね」
「おう! 任せとけ!」
(…………は?)
俺は我が耳を疑った。
(と、父さん!? 今、なんて!?)
『麗山』って、この世界でも指折りの超危険地帯じゃなかったか!?
しかも『ドラゴンの肝』!? 『ベヒーモスのミルク』!?
それ、スーパーのお使い感覚で行く場所じゃないし、買ってくる(狩ってくる)食材じゃないだろ! 討伐クエストのSランク指定アイテムだろ!!
(ってか母さん! 「夕飯までに帰ってきてね♡」じゃないよ! 止めろよ!!)
満面の笑みで大剣を担ぎ、窓から(ドアからではなく)凄まじい跳躍力で吹っ飛んでいく父さん。
それを見送る、笑顔の母さん。
(俺、何を食べさせられんのおおおおおおおお!?)
離乳食という概念が存在しないのだろうか、このS級夫婦の辞書には。
圧倒的な才能と愛情を与えられながらも、俺ことリオス・クルセイダーの明日は、胃腸的な意味で非常にピンチであった。




