EP 3
3歳のスキル検査と「釘しか転がせないハズレスキル」の隠れ蓑
元S級冒険者夫婦の「重すぎる愛(物理)」に晒され続けて、丸3年が経過した。
毎朝、父ガリンが裏の山脈から仕留めてくる超危険魔獣の肉や肝をすり潰した離乳食を胃袋に流し込まれ、食後には母アリアによる国家指定級の最上級回復魔法【パーフェクト・ヒール】を隙間なく全身に浴びせられる日々。
その狂気のマッチョ育成サイクルの結果――俺ことリオス・クルセイダー(3歳、中身は日本の鉄鋼マン・戸田鉄平25歳)の肉体は、3歳児の可愛らしい外見の皮を被った、とんでもないバケモノへと仕上がりつつあった。
見た目は金髪碧眼の愛くるしい幼児。
だが、その皮膚の下に張り巡らされた筋肉繊維は鋼のように引き締まり、骨密度はドラゴンの甲殻並み。体内を循環する生体エネルギー『闘気』と魔力の巡りは、すでに成人した一般兵士を遥かに凌駕していた。
(……いや、仕上がりすぎだろ我が肉体)
朝、小さな手鏡に映る自分のあどけない顔を見つめながら、俺は深い溜息をついた。
こんな規格外の成長速度を誰かに見咎められたら、平穏なスローライフどころの騒ぎではない。絶対に目立たず、平凡な村人Aのポジションを死守しなければならないのだ。
そして今日という日は、俺の今後の人生プランを大きく左右する、極めて重要なターニングポイントだった。
アナステシア世界における、満3歳の通過儀礼――『スキル鑑定の儀』である。
* * *
朝の清涼な空気が流れるララサ村。
俺はおめかし用の小さな一張羅を着せられ、両親に連れられて村の中央にある白亜の教会へとやってきていた。
普段は閑散としている教会だが、今日は異様な熱気と緊張感に包まれていた。
というのも、かつて大陸全土にその名を轟かせた元S級冒険者夫婦の愛息がスキル鑑定を受けるとあって、物好きな村人たちが大勢集まっていたからだ。
「おい、見たかよ。ガリン様とアリア様の坊ちゃんだぞ」
「3歳にしてあの凛々しい立ち姿……ただ者じゃねぇ」
「父親は巨大魔獣を一刀両断する剛剣使いで、母親は瀕死の軍団を一人で全快させた聖女様だぞ? 間違いなく【聖剣術】か【竜殺し】、あるいは【大魔導】あたりの超ド級な戦闘ユニークスキルが発現するに決まってる!」
会堂の後ろから聞こえてくる、村人たちの無責任な期待の声。
その横で、我が父ガリンは嬉しそうに丸太のような腕を組み、仁王立ちで胸を張っていた。
「ガッハッハ! 聞いたかアリア! 村の連中も我が息子の非凡さに気づいているようだぞ! リオス、緊張することはない! お前の中に眠る英雄の血を、ありのまま女神様へお見せするんだ!」
「そうね、あなた。リオスなら、きっと世界を驚かせる素晴らしい資質を授かっているはずよ」
母アリアもまた、慈愛に満ちた聖母の笑みを浮かべて俺の肩に手を置く。
だが、その背後から漏れ出ている魔力の波紋が、教会のステンドグラスをビリビリと共鳴させていた。プレッシャーが重すぎる。
(……勘弁してくれよ、マジで)
俺は心の中で冷や汗を流しながら、祭壇の前へと歩み出た。
祭壇の奥には、教会の象徴である白大理石の女神像が安置されている。
豊かな長い髪をなびかせ、憂いを帯びた瞳で優しく下界を見つめる、神々しき美の極致――この宇宙を管理する女神ルチアナの彫像だ。
(……誰だよこれ)
俺は石像を見上げ、思わず眉間にシワを寄せそうになるのを必死で耐えた。
俺の魂の記憶にあるルチアナは、小豆色の芋ジャージを着て、コタツで缶ビールを煽りながら、アイドルの応援うちわをハサミで切り貼りしていたダメ公務員である。
美化フィルターが千パーセントくらいかかっている。あの女、下界ではこんな聖女面で信仰を集めているのかと思うと、腹の底からじわじわと笑いが込み上げてきそうだった。
「さぁ、リオス君。女神ルチアナ様の御前へ。両手を組んで、静かに祈りを捧げてくださいね」
祭壇の前で出迎えてくれたのは、教会のシスターだった。
穏やかな笑みを浮かべているが、その瞳の奥には隠しきれない緊張と期待の色がギラギラと揺れている。彼女もまた、元S級夫婦の血統がどんな怪物を生み出したのかを見届けたい一人なのだ。
(祈るわけねぇだろ、あの健康サンダル女に)
俺は内心で盛大に毒づき、天界へ向けて中指を立てるイメージを抱きつつ、表面上は純真無垢な3歳児らしく、ぎゅっと両手を胸の前で組んでみせた。
「はい、神様、お願いします」
「まぁ、なんてお利口で信心深い子かしら……! では、神託の鑑定魔法を執り行います。……大いなる主の御名において、この魂に刻まれし天賦の銘をここに示さん――【スキル・ヴィジョン】!」
シスターが厳かに祈りの言葉を唱え、柔らかな白銀の光が彼女の掌から溢れ出した。
その光が俺の頭上を包み込み、教会の空気がピシリと張り詰める。
ガリンが息を呑み、アリアが静かに祈り、村人たちが一斉に身を乗り出した。
やがて、シスターの脳内に神託の情報が届いたらしい。
彼女の身体がピクッと震え、目蓋が開かれた。
だが――その表情は、期待に満ちたものとは程遠かった。
困惑、失望、そして「何かの間違いでは?」と言いたげな戸惑いが、シスターの顔を覆っていた。
「え……? あ、あれ……?」
「どうしたシスター! どんな凄いスキルが出たんだ!? 【天空剣聖】か!? それとも【万象滅砕】か!?」
痺れを切らしたガリンが、教会を揺るがすような大声で問いかける。
シスターは恐る恐る羊皮紙のカルテに視線を落とし、掠れた声で告げた。
「え、ええと……リオス君のユニークスキルは……【アイアン】、と表示されています……。その、詳細の神託によりますと……『周囲にある鉄を操る能力』……のようです」
シーン、と教会の中が水を打ったように静まり返った。
「……鉄を、操る?」
ガリンがポカンと口を開ける。
だが、次の瞬間、親バカの脳筋戦士は両拳を天へと突き上げて豪快に笑い飛ばした。
「ガッハッハッハ! なんだ、鉄を操るのか! 頑丈そうで最高じゃないか! 剣も鎧も鉄で出来ているんだ、戦場で鉄を従える男なんてカッコいいぞ! 流石は俺とアリアの息子だ!」
相変わらずの全肯定親父である。
だが、周囲の空気は違った。教会の空気が、急速に冷え込んでいく。
「あ、あの……ガリン様……」
シスターが気まずそうに額の汗を拭いながら、おずおずと口を開く。
「その……アナステシアの魔導書や過去の記録によりますと……この【アイアン】というスキルは、魔導文明初期に数例ほど確認されているのですが……いわゆる『最下級の生活雑用スキル』に分類されておりまして……」
「何だと?」
「魔力で物を動かすなら、一般的な【念動力】の方が木も石も水も動かせるため遥かに汎用性が高く……鉄しか動かせない上に、魔導工学のような魔力付与もできないため……『落ちている釘を数センチ転がすくらいしか能がないゴミスキル』と、文献には記されております……」
ざわり、と会堂の後ろが騒がしくなった。
「おい、聞いたか……? 釘を転がすだけだってよ……」
「マジかよ。ガリン様とアリア様の子供なのに?」
「戦闘スキルどころか、ただのハズレスキルじゃないか……。魔術師の適性検査でも、見習いだって【ストーンバレット】で小石を時速百キロで撃ち出せるってのに」
「鳶が鷹を生むどころか、竜がミミズを生んじまったな……」
あからさまな嘲笑、失望、そして憐憫の視線が、一斉に俺の小さな背中に突き刺さる。
だが、俺の内心は真逆だった。
(――よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!)
心の中で特大のガッツポーズを叩き込む。
完璧だ。これ以上ないほどの隠れ蓑である。
下手に「神域の鍛冶神」だの「万物錬成」だのといった大層な名前がついていたら、即座に帝国の特務機関に目をつけられ、王都の地下軍需工場へ拉致監禁されて一生兵器を作らされる奴隷になるところだった。
「釘を転がすだけの無能」――これこそが、俺が最も求めていた最強の安全保障条約だ。
「リ、リオス君……一応、確認のために、少しだけでいいのでスキルを使ってみせてくれますか?」
シスターが申し訳なさそうに言った。
見ると、祭壇の隅にある木箱の脇に、補修用か何かの古びて赤茶色く錆びついた『一本の鉄釘』が転がっていた。
(よし、一世一代の大根役者タイムの始まりだ)
俺は神妙な顔つきを作り、とてとてと祭壇へ近づいた。
そして、小さな両手をその錆びた釘へ向けてかざす。
心の中で【アイアン】を起動する。
瞬時に釘の全構造が脳内にマッピングされた。酸化鉄の層、不純物、粗悪な鍛造痕。
本気を出せば、この教会の天井を支える鉄の梁をすべて引き抜き、瞬時に超高硬度の高張力鋼へ変質させて教会ごと粉々に圧壊させることすら可能だ。
だが、俺がやったのは――。
コロン……コロコロ……。
息を吹きかけたかのように、錆びた釘が祭壇の上をほんの三センチほど、力なく転がっただけだった。
それだけ。
「はぁ……はぁ……ふぅ、疲れちゃいました」
俺はわざとらしく額の汗を拭い、肩で息をして見せた。
「……」
「……」
教会全体が、完全なお通夜状態と化した。
シスターは絶句して言葉を失い、村人たちは「あちゃあ……本当にハズレだ……」と気まずそうに目を逸らしている。
だが、我が母アリアは違った。
スッ、と音もなく歩み寄ってきた母は、俺の小さな身体を優しく抱きしめた。
「大丈夫よ、リオス。何も気にすることはありません。母さんが、あなたをずっと守ってあげるからね」
聖母のような優しい抱擁。
……だが、母さんの背中越しに見える教会の壁が、ミシミシと音を立てていた。
アリアの全身から、先ほどまで俺を嘲笑していた村人たちに向けて、漆黒の殺気と過剰出力の神聖魔力がドス黒いオーラとなって立ち昇っている。
(ひぃっ!? 母さん、笑顔の下で『我が子を笑った奴らはどいつから消してやろうかしら』って目が座ってる! 教会の室温がマイナス十度まで下がってるからやめて!!)
冷気と殺気で震え上がる村人たちを前に、父ガリンもまたガシガシと頭を掻きながら豪快に笑った。
「いいかリオス! スキルが何だろうと関係ねぇ! 要は男の根性だ! 魔力が足りないなら、その分体をバキバキに鍛え上げればいい! よし、明日から父さんと一緒に、裏山の大滝で闘気滝行だァッ!!」
「あうっ(3歳児に滝行は死ぬって親父!)」
脳筋の父と、ヤンデレ気味に過保護な母。
二人の重すぎる愛情に挟まれながら、俺の3歳のスキル鑑定は、無事に(?)「完全なる落ちこぼれ」という最高の偽装を勝ち取って幕を閉じたのだった。
* * *
その日の夜。
両親が寝静まった深夜、俺は自室の木製ベッドから静かに抜け出し、勉強机の前に座っていた。
机の上には、昼間の教会から「記念に」とシスターから貰ってきた、あの赤茶色に錆びついた一本の鉄釘が置かれている。
「ふぅ……やれやれ、手前勝手に笑ってくれたよな、村の連中も」
俺は前世の25歳のトーンで小さく毒づき、口角をニヤリと吊り上げた。
右手をそっと釘にかざす。
【アイアン】を起動。
昼間のような茶番の出力ではない。
元S級夫婦の遺伝子と毎日のドラゴン飯で培われた、圧倒的な魔力と生体エネルギーを一気に注ぎ込む。
(――錬成、開始)
チチチチッ……!
青白い極小のスパークが、闇の中で火花を散らす。
昼間は「釘を転がすだけ」に見せかけたが、俺のスキルの本質は念動力なんかじゃない。
原子レベルでの鉄の分子配列の再構築――純粋なる『冶金工学』の具現化だ。
まず、釘の表面を覆っていた赤錆(酸化鉄)から酸素分子を強制的に剥離させ、純粋な鉄へと還元する。
粗悪な鉄に含まれていた有害な硫黄やリンの不純物を、ミリ単位で弾き出して机の端へパラパラと落とす。
そして、ここからが前世の鉄鋼マンの真骨頂だ。
(炭素濃度を、均一に〇・三パーセントへ調整……)
鉄は炭素の量で劇的に性格を変える。
炭素が少なすぎれば柔らかいナマクラになり、多すぎれば硬いがガラスのように脆くなる。
絶妙な比率で炭素原子を鉄の結晶格子の中へ潜り込ませ、常温のまま格子を歪ませることで、オーステナイトから硬靭無比な『マルテンサイト組織』へと強制変態させる。
熱も炉もハンマーも使わない。
ただ純粋な知識とイメージだけで、分子構造を組み替えていく。
わずか十秒。
青白い火花が収まったとき、机の上にあった赤錆の釘は、跡形もなく消え去っていた。
そこに横たわっていたのは――。
月光を鈍く跳ね返す、漆黒の刃先を持つ一本の『極細高張力鋼の針』だった。
指先でつまみ上げ、軽く机の角に当ててみる。
トン、と触れただけで、樹齢数十年の一枚板の分厚い天板が、まるで豆腐かバターのように音もなくスッと両断された。
「……ははっ、美しいな」
思わず恍惚とした笑みが漏れる。
しなりを持ちながら、あらゆる衝撃を跳ね返し、ミスリルの剣すらへし折る現代科学の結晶、高張力鋼。
魔力に頼り切り、物理冶金学を数百年も放置してきたこの世界では、神の御業に等しいオーパーツだ。
「釘しか転がせないハズレスキル、ねぇ……」
俺は漆黒の針をくるりと指先で回し、闇の中に溶かすように魔法ポーチへと仕舞い込んだ。
村人たちよ、憐れみたければ勝手に憐れむがいい。
俺は表舞台の英雄になんて、端からなる気はないのだ。
だが――この鉄の力を極限まで高め、安全圏から世界を動かす『舞台装置』を組み上げたとき。
理不尽な現実を物理で叩き潰す準備は、着実に整いつつあった。
「まずは……5歳になるまでに、もっと大量の鉄を確保できる『秘密基地』を作らねぇとな」
漆黒の夜の帳の中、3歳の天才児は、誰にも知られることのない野望の笑みを静かに深めていた。
読んでいただきありがとうございます。
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