EP 7
冷徹なる尋問と、崩れ落ちる巨体
「さぁ、皇帝陛下の御前へご同行願おうか。……拒否権はないよ」
闘技場の薄暗い裏通路。
ルナミス帝国を裏から牛耳る内務官、オルウェルの宣告に、俺は冷や汗を流しながらも、頭をフル回転させていた。
(……クソッ。こいつ、マジで冗談が通じねぇ)
魔法ポーチの中に隠し持っている『砂鉄』を使って目眩ましをするか?
いや、ダメだ。
「心拍数が急上昇しているね。何か隠し武器(小細工)を使おうとしているなら、やめておきたまえ」
「……っ!」
オルウェルが、氷のような目で俺を射抜く。
「私の『耳』は、君の筋肉の繊維が収縮する音すら聞き取っている。少しでも不審な動きをすれば、君の四肢の関節を即座に外すよ。……国家の秩序を乱す異物は、私が徹底的に管理する。君の持つその『未知の技術』は、帝国にとって危険すぎるからね」
完璧な論理と、圧倒的な暴力の裏付け。
この男の前では、一切の嘘も逃走も不可能だ。完全に詰んだ。
「……オルウェル。その少年が、『あの槍』の製作者か」
その時。
通路の奥から、重々しい足音と、金属の鎧が擦れる音が近づいてきた。
(……マジかよ。最悪のタイミングだぜ)
俺は顔を引きつらせた。
現れたのは、帝国最強の武人である近衛騎士団長キュロスと、その護衛に囲まれて歩いてくる初老の男――マルクス皇帝その人だった。
部下からの報告を待つまでもなく、あの槍のヤバさを察知した皇帝自らが、俺を確保するためにわざわざ貴賓席から降りてきたのだ。
「はっ。陛下、いかがなさいましたか。このような裏通路まで」
オルウェルが恭しく臣下の礼をとる。
「あの規格外の兵器を見たのだ。玉座でふんぞり返ってなどいられんさ」
マルクス皇帝が、疲労の色が濃い顔で俺の前に立ち、その鋭い覇王の眼光で俺を見下ろした。
「……見たところ、ただの学生にしか見えんが。貴様があの『神を殺す槍』を創ったのだな?」
「……さぁ、何のことですかね。俺はただの裏方ですよ」
俺がとぼけて見せると、キュロス団長が「陛下に向かって何たる無礼な!」と腰の剣に手をかけた。
「よい、キュロス。……少年よ、貴様の才能は帝国が買い上げよう。我々の管理下で、あの槍を量産するのだ。そうすれば、帝国は周辺諸国を完全に沈黙させることが……ゴホッ!!」
皇帝が言葉を発し終える前に。
突然、彼の顔がどす黒い紫色に染まり、喉の奥から奇妙な音が鳴った。
「ゲハァッ!! ガハッ、あ、あぁぁぁ……っ!!」
ドサァッ!!
マルクス皇帝が、胸を激しく掻きむしりながら、石畳の床に崩れ落ちた。
その口から、赤黒い大量の鮮血が吐き出され、帝国の豪奢なマントを汚していく。
「へ、陛下ァァァァッ!?」
キュロス団長が血相を変えて叫ぶ。
「なっ……!?」
常に冷徹だったオルウェルの顔から、初めて余裕が消し飛んだ。
彼は狼の耳をそばだて、床に倒れ伏して痙攣する皇帝の胸の音を聞き、その顔を紙のように青ざめさせた。
「し、しまった! 持病の『血栓(血液の塊)』だ! 先ほどの闘技場の熱気と興奮で血流が急激に変化し、心臓と肺を繋ぐ大血管に巨大な血栓が詰まったんだ!」
「なんだと!? 治癒魔導師! 早く治癒魔導師を呼べ!!」
キュロスが護衛の騎士たちに向かって怒号を飛ばす。
「無駄です!! ここは貴賓席から一番遠い東ゲートの裏通路だ! 結界のせいで転移魔法も使えない! 治癒魔導師が駆けつけるまでに5分はかかる……陛下は、1分も持ちません!!」
オルウェルが絶望的な声を上げた。
「くそっ、そんな……陛下!! 死んではなりません、陛下ァァッ!!」
歴戦の猛将であるキュロスが、何もできずに子どものように泣き叫ぶ。
完璧な情報網と冷徹な論理を誇るオルウェルも、体内での物理的な血管の詰まりという『病』の前には、為す術もなく立ち尽くすことしかできなかった。
(……おいおい。マジかよ)
俺は、死の淵を彷徨う皇帝を見下ろしながら、舌打ちをした。
ここで皇帝が死ねばどうなる?
当然、近衛騎士選抜試験は中止。帝国は次期皇帝の座を巡って内乱に陥り、シャルムが将軍になってこの国を豊かにするという『夢』は、完全に潰える。
(……それだけは、絶対にさせねぇ)
俺は、護衛の騎士たちを掻き分け、血を吐く皇帝の傍らに歩み寄った。
「そこを退け。……俺が診てやる」
「なっ……!? 貴様、何をする気だ!!」
キュロスが俺の胸ぐらを掴もうとする。
「離れろ少年! 君から治癒魔法の匂いは一切しない! 暗殺する気か!」
オルウェルも殺気を放ち、俺を排除しようとした。
「うるせぇ!! 治癒魔法がねぇと人を救えねぇなんて、どこの三流の常識だ!!」
俺の怒号に、帝国最強の二人が一瞬だけ怯む。
「……治癒魔法じゃ、物理的に詰まった血栓は溶かせねぇよ。だがな、俺は『鍛冶師』だ。詰まってるモンがあるなら……物理的に叩き直してやる」
俺は、皇帝の胸ぐらを掴んで仰向けにさせ、その心臓の上――分厚い胸板に、両手を強く押し当てた。
「おい、オオカミの内務官。あんたのその耳、微細な音も聞き取れるんだろ? なら……この『血流』の音を、しっかり聞いとけ」
俺はニヤリと笑い、己のチートスキルを全力で解放した。
「錬成開始。……ターゲット、血中ヘモグロビン(鉄分)!!」
武器を創るためではない。
人の命を救うため。
俺の【アイアン】の魔力が、マルクス皇帝の体内を巡る『鉄』に向かって、圧倒的な光と共に干渉を開始した。




