EP 5
神殺しの槍、顕現
「次! ルナミス学園代表、シャルム! 対するは、帝国軍重装歩兵大隊エース、ガルド!!」
ドラ息子たちのメッキ崩壊騒動でざわついていた闘技場に、アナウンスが響き渡る。
西のゲートから姿を現したのは、獣人の少年シャルム。
そして東のゲートからは、全身を分厚い鋼の重装甲で覆い、身の丈ほどもある巨大なタワーシールドを構えた巨漢のベテラン兵士、ガルドが入場してきた。
「おいおい、学園のガキが相手かよ。しかもなんだ、そのみすぼらしい武器は?」
ガルドは、タワーシールドの裏でニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
彼の視線の先にあるのは、シャルムが手にしている『漆黒の槍』。
一切の装飾がなく、ただ黒く鈍い光を放つだけのソレは、豪華なミスリルや魔法の武具を見慣れた観客たちの目にも「ただの安物の鉄の棒」にしか映っていなかった。
「……武器の見た目で強さが決まるなら、さっきの貴族たちは優勝してただろうな」
シャルムは表情一つ変えず、槍を軽く回して構えた。
「俺の親友が、俺が頂点に立つために徹夜で打ってくれた『最上の槍』だ。てめぇのその重いだけの盾ごと、ぶち抜いてやるよ」
「ハッ! 吠えやがって! 軍の恐ろしさを叩き込んでやる!!」
開戦の銅鑼が、闘技場に鳴り響いた。
「おおおおおっ!!」
ガルドが雄叫びを上げ、巨大なタワーシールドを前面に押し立てて、戦車のような勢いで突進してくる。
隙のない完全防御。通常の剣や槍では、弾かれるだけで絶対に傷一つつけられない『動く城壁』だ。
だが、シャルムは逃げることも、避けることもしなかった。
ただ深く息を吸い込み、全身の闘気を一点に集中させ――黒き槍を、真っ直ぐに突き出した。
「(……いけ、シャルム)」
観客席の最後列。
俺は串焼きの最後の一口を飲み込み、ニヤリと口角を上げた。
異世界の連中は分かっていない。
「重さ」や「硬さ」に、ただ魔力を乗せれば最強の武器になると思っている。
だが、モノが高速で動く時、最も大きな壁となるのは『空気抵抗』だ。
俺が【アイアン】で錬成した『最上の槍』。
その穂先から柄にかけては、現代の航空工学に基づいたミクロン単位の『スリット(溝)』が緻密に刻み込まれている。
シャルムの圧倒的な身体能力から放たれる超高速の突きが、そのスリットを通じて周囲の空気を巻き込み、極限まで圧縮していく。
それはもはや、ただの刺突ではない。
流体力学が生み出す、物理的な『衝撃波』の砲撃だ。
――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!
闘技場の中央で、爆発と見紛うほどの轟音が弾け飛んだ。
「な、がはぁぁぁぁっ!?」
ガルドの悲鳴。
シャルムの槍の穂先は、ガルドの盾には一ミリも触れていない。
だが、突き出された槍の先端から放たれた『圧縮された空気の塊(衝撃波)』が、闘技場の砂を抉りながら一直線に直進し、ガルドの誇るタワーシールドを紙くずのようにへこませたのだ。
「ば、馬鹿なっ……! 魔法すら使わずに、この重装甲が……ッ!!」
メキメキッ! と分厚い鋼鉄の盾がひしゃげ、その凄まじい衝撃に耐えきれず、巨漢のガルドが後方へ数十メートルも吹き飛ばされた。
そのまま闘技場の外壁に激突し、ズドォン! と大きなクレーターを穿って、白目を剥いて気絶する。
圧倒的、かつ一撃の蹂躙。
「…………え?」
「な……なんだ、今の……?」
数万人の観客が、あまりの出来事に言葉を失い、闘技場が水を打ったように静まり返る。
「……すげぇ。本当に、ただ突いただけで空気が爆発しやがった……!」
槍を突き出した姿勢のまま、シャルム自身が一番驚いた顔で、手の中の『黒い槍』を見つめていた。
そして、彼が槍を天に掲げた瞬間。
「うおおおおおおおおっ!!!」
「一撃だ! 帝国軍のエースを、触れもしないで吹き飛ばしやがった!!」
「あの黒い槍はなんだ!? 魔力なんて一切感じなかったぞ!!」
遅れてやってきた地鳴りのような大歓声が、闘技場を揺るがした。
シャルムの勝利。そして、彼の手にある得体の知れない『神殺しの兵器』に、誰もが熱狂し、同時に戦慄していた。
「……よしよし。計算通りの威力だ」
俺は立ち上がり、満足げに手をパンパンと払った。
目立つのはシャルムの役目だ。俺はあくまで、裏から最強の兵器を供給するプロデューサー(フィクサー)。このままこっそりと会場を抜け出して、宿屋で昼寝でも――
「――素晴らしい」
その時。
闘技場に響き渡る歓声を切り裂くように、最上段の貴賓席から、低く、しかし恐ろしいほどによく通る声が響いた。
「あの槍の重心、素材、空力設計……どれをとっても人智を超えている。魔法に頼らぬ純粋な『物理の極致』。……一体どこの神が、あのような武具を鍛え上げたのだ……!」
帝国最強の戦闘狂、近衛騎士団長キュロス。
彼が玉座の横で身を乗り出し、隻眼をカッと見開いて、シャルムの持つ『最上の槍』を食い入るように見つめていた。
(……やべっ。あのオッサン、一目で槍のヤバさに気づきやがったか)
俺は少しだけ嫌な汗をかいた。
だが、本当に警戒すべき相手は、その横で静かに控えている『狼の耳』を持つ男だった。
「…………」
内務官オルウェルは、一切の表情を変えることなく、ただ静かに鼻をヒクつかせた。
闘技場の中央で黒い槍を掲げるシャルム。
そして、観客席の最後列でそそくさと立ち去ろうとしている、一人の平凡な少年。
(……匂う。あの規格外の槍から漂う『鉄と炭素』の匂いと、観客席の少年に染み付いた匂いが、完全に一致している)
天敵の鋭い牙が、影のフィクサーの首元へ、音もなく忍び寄っていた。




