第五章 近衛騎士選抜・帝国裏支配編
皇帝の御前試合と、影のプロデューサーの決意
ルナミス学園の中庭に設置された巨大な掲示板の前に、怒号のような歓声が巻き起こっていた。
「おい、見たか!? 来月、王都の闘技場で『近衛騎士選抜試験』が開催されるぞ!!」
「しかも今回は、あのマルクス皇帝陛下が直々に観戦される『御前試合』だそうだ!!」
「ここで優勝すれば、一気に近衛騎士団の幹部候補……将軍への特急券じゃねぇか!」
群がる生徒たちの熱気で、冬の冷たい空気がそこだけ陽炎のように歪んでいる。
血気盛んな上級生や、武門の貴族のドラ息子たちが「俺こそが近衛騎士に相応しい!」と鼻息を荒くしていた。
「……なるほどな。こいつはデカい舞台だ」
群衆から少し離れた木陰で、俺はストローで紙パックの果汁水をごきゅごきゅと飲みながら、掲示板を見つめていた。
その隣で、幼馴染の獣人の少年――シャルムが、ギリッと音が鳴るほど強く拳を握りしめている。
「近衛騎士団……そして、将軍への道」
シャルムの瞳の奥で、ギラギラと凶暴な野心の炎が燃え上がっていた。
かつては「復讐」のためだけに強さを求めていた彼だが、あの学園祭の夜を境に、彼の野望は『この国を誰よりも豊かで強い国にアップデートしてやる』という、強烈でポジティブな『強欲』へと昇華された。
「出るんだろ、シャルム?」
「当たり前だ。俺は、ここで勝って必ず将軍になる」
シャルムの宣言に迷いは一切なかった。
だが、状況は決して甘くない。
「(……とはいえ、相手は学園の生徒だけじゃないからな)」
俺は冷静に情報を分析する。
この選抜試験には、学園の猛者だけでなく、帝国軍のベテラン兵士や、金に物を言わせて神話級の武器を買い漁った大貴族の騎士たちも参加する。
一方、底辺サバイバル育ちのシャルムが持っているのは、支給品のなまくら剣か、安物の鉄の槍だけだ。純粋な技量はシャルムの方が上でも、武器の性能差で押し切られる可能性は十分にある。
「シャルム君、応援してますの! 私が当日は、最前列でバフのかかる熱い歌を歌ってあげますからね!」
「わたくしは、闘技場の天井からキャベツを降らせて目眩ましをしてあげましょう!」
「ルナ、それはただの妨害工作だからやめるんだ」
リーザとルナ、キャルルがやってきて、シャルムを囲んでワイワイと騒ぎ始めた。
その平和で眩しい光景を眺めながら、俺は紙パックをゴミ箱に放り投げた。
(……シャルム。お前が頂点(主役)を目指すって言うなら)
俺はクルリと背を向け、一人、学園の地下にある『秘密の工房』へと歩き出した。
(お前の夢の前に立ち塞がる理不尽な壁(障害)は、俺が裏から『鉄』で全部叩き潰してやるよ)
* * *
その夜。
ランプの灯りだけが照らす地下工房で、俺は【アイアン】のスキルを発動させていた。
「ただ硬いだけの鉄じゃダメだ。ミスリルやオリハルコンの圧倒的な魔力伝導率と、純粋な質量で打ち合うには……『空力(空気抵抗)』と『重心』を極限までコントロールする必要がある」
俺の脳内にあるのは、前世の現代日本で培った『流体力学』と『航空工学』の知識。
異世界の住人は「魔力」や「希少金属」にばかり頼り、物理的な『構造の美しさ』を全く理解していない。
「てめぇらの常識、根底から覆してやるよ」
俺は魔法ポーチから、オロチ商会から仕入れた最高純度の砂鉄と、魔獣の骨(カーボン素材の代用品)を取り出した。
「錬成――開始!」
バチバチッ!! と、青白い火花が工房を照らす。
俺の【アイアン】のスキルが、ただの鉄の原子配列を強制的に組み替え、炭素を混ぜ合わせて強靭な『鋼』へと変えていく。
それだけではない。
槍の穂先から柄にかけて、空気を切り裂くための微細な溝を刻み込み、振るうだけで周囲の空気を圧縮して『衝撃波』を生み出すような、悪魔的なエアロダイナミクス構造を錬成していく。
「よし……重心のバランスはミリ単位で調整した。あとはシャルムの闘気(魔力)と反発しないように、表面に絶縁の極薄コーティングを施せば……」
カンッ、カンッ、カァァァンッ!!
夜通し響き渡るハンマーの音。
それは、表舞台には決して立たない『影の支配者』が、友を頂点へ押し上げるための『神殺しの兵器』を産み落とす産声だった。
翌朝。
俺の手の中には、漆黒に鈍く光る、一本の『槍』が握られていた。
装飾は一切ない。一見すれば、ただの黒い鉄の槍だ。
だが、その構造は異世界の常識を数百年は置き去りにする、現代物理学とチートスキルの結晶――『最上の槍』。
「……ふぁぁぁ。徹夜は堪えるな」
俺は大きな欠伸をして、完成した槍を魔法ポーチに放り込んだ。
ルナミス帝国を揺るがす御前試合の開幕まで、あとわずか。
誰も気づかない。この薄暗い地下室で、帝国の歴史を塗り替える準備が、すでに完了していることなど。




