EP 9
裏方の美学と、いつもの食卓
「終わった……のか……?」
「助かったぞぉぉぉっ!!」
燃え盛っていたラピス村の黒炎が完全に鎮火し、広場に村民たちの歓喜の声が爆発した。
気絶した魔王軍幹部のネフェリム、ミラースは、シャルムが丈夫な蔦でぐるぐる巻きにして捕縛している。
俺は、村民たちが抱き合って涙を流す光景を広場の隅から眺めながら、手に持っていた『魔導カメラ』を見下ろした。
ワイズとゼロスの悪事を全世界に生配信し、完全に社会的なトドメを刺した立役者。
「……ま、俺の顔が残っちまうのはマズいからな」
パァンッ!!
俺は足元に魔導カメラを放り投げ、容赦なく靴の踵で踏み砕いた。
魔力回路がショートし、すべての映像記録が物理的に永遠の闇へと葬られる。これで、俺がミラースを圧倒した証拠は、ゴッドチューブのどこにも残らない。
「リオス!!」
カメラを破壊した直後、血だらけのダイヤ先生を肩に担いだシャルムや、リーザ、キャルル、ルナたちが一斉にこちらへ駆け寄ってきた。
「お前、さっきのあの黄金の闘気と、巨大な黒い剣は一体なんだったんだ!? スライム以下のステータスじゃなかったのか!?」
シャルムが興奮冷めやらぬ様子で、俺の肩をガクガクと揺らす。
「そうですの! あのクズ勇者より、リオス君の方が何万倍も本物のヒーローでした!!」
リーザも瞳をキラキラと輝かせている。
「いや、違う違う。勘違いだ」
俺はひらひらと手を振って、あらかじめ用意しておいた『言い訳』をすらすらと並べ立てた。
「俺は何もしてねぇよ。さっきの黄金の光は、あのゼロスって勇者の折れた剣から漏れ出した【魔力暴走】だ。偶然それが俺の前に集中しただけで、俺の力じゃない。……ミラースも、その魔力爆発の衝撃で勝手に気絶しただけだろ」
「えぇっ!? そ、そうなのですか……?」
「あぁ。ほら、見てみろよ」
俺は自身のステータスボードを空中に展開して見せた。
先ほどの【ブレイブ】の隠し条件クリアによる『クライシス・スパイク(奇跡の顕現)』は、戦闘終了と共にすでに解除されている。
【現在の民衆支持率:0%(知名度ゼロ)】
【ステータス補正:全能力-99%(※スライム以下の虚弱体質)】
相変わらずの、極悪デバフ状態。
さっきまで漲っていた神の筋力は嘘のように消え去り、今の俺は立っているだけで足がプルプル震えるほどの貧弱ボーイに戻っていた。
「……なるほど。確かにこのステータスじゃ、魔王軍幹部を殴り倒すなんて物理的に不可能だな」
シャルムが拍子抜けしたように溜息をつく。
「……ふん。相変わらず、食えない奴だ」
シャルムの肩を借りていたダイヤ先生が、痛む傷口を押さえながら、呆れたような、しかしどこか優しげな目で俺を見た。
S級賞金稼ぎである彼女の目をごまかし切れたとは思っていない。だが、俺が『これ以上語る気がない』ことを察して、深く追求するのをやめてくれたのだ。
「まぁいい。奇跡だろうが暴走だろうが、お前が無事で、村が救われたならそれで十分だ」
「……はい。無理しないでくださいよ、先生」
俺は小さく笑って、ダイヤ先生の頭にポンッと軽く手を乗せた。
(ヒーローなんて、俺には似合わねぇよ)
俺の野望は、あくまでこいつらが輝くための裏方でいることだ。
表舞台の光は、シャルムやリーザたちがいずれ一身に浴びればいい。俺はただ、暗闇の中から『鉄』を錬成して、こいつらが躓く石を粉砕してやるだけだ。
「ぐきゅるるるるるるるぅぅ……っ」
その時。
感動的な空気をぶち壊すように、リーザのお腹が村中に響き渡るような豪快な音を鳴らした。
「あ、あわわわっ! ち、違いますの! 今のはカエルの鳴き声で……!」
顔を真っ赤にしてお腹を押さえるリーザ。
「ふはっ! お前、こんな死線を潜り抜けた直後に腹減るのかよ!」
シャルムが大爆笑し、ルナやキャルルもつられて笑い出す。村人たちにも、安堵の笑い声が広がっていった。
「……しゃあねぇな。腹が減っては野外演習はできねぇ」
俺は魔法ポーチから、大量の新鮮な肉と野菜、そして【アイアン】で事前に錬成しておいた『特大サイズの鋼鉄製バーベキューグリル』を取り出した。
「村の皆さんも、怪我が治ったら一緒にどうだ? クソみたいな偽物の勇者は消えたんだ。今日は俺の奢りで、パーッと打ち上げ(焼肉)にしようぜ!」
「「「うおおおおおおおおっ!! リオスの飯だぁぁっ!!」」」
幼馴染たちと村の子供たちが、一斉に歓声を上げてグリルに群がってくる。
先ほどまで地獄だった広場に、あっという間に香ばしい肉の匂いと、平和な笑顔が溢れ返った。
世界を救う神の力よりも、今はみんなを笑顔にするこの鉄板の方が、俺にはずっと誇らしい。
「さぁ、どんどん焼けよ! 先生の分は俺が焼いてやるから、座って休んでてくれ」
裏方の仕事は、まだまだ終わらない。
肉をひっくり返すトングを片手に、俺は呆れ顔で笑いながら、いつもの騒がしくも温かい日常へと戻っていくのだった。




