EP 6
計算違いの裏切りと、崩れ去るメッキ
「悲劇の淵で震える子羊たちよ、もう安心だ!!」
燃え盛るラピス村の広場に、眩い光と共に降り立ったイケメン勇者ゼロス。
上空には、彼の『ヒロイックな登場』を逃さず配信するための魔導カメラが数台、青いランプを点滅させながら浮遊している。
「ゆ、勇者様……っ!」「助けに来てくれたぞ!!」
絶望の底にいた村人たちが、涙を流して歓声を上げた。
「さぁ、悪の魔族よ! この勇者ゼロスが相手だ!」
ゼロスはカメラの画角を完璧に意識したポーズで、背中のオリハルコンソードを大上段に構えた。
(……よしよし、最高の絵面だ。ワイズの奴め、いいタイミングで俺を投入しやがって。このPVなら、今月の広告収益は金貨1000枚はくだらないぞ!)
ゼロスは内心で舌舐めずりをしながら、目の前のミラースにウインクを送った。
『台本通り、俺の必殺技を受けて適当にやられたフリをして逃げろよ』という、共犯者への合図だ。
「……ククッ。あぁ、そうだな。勇者サマ」
ミラースはニタリと歪な笑みを浮かべ、妖刀『哭刀』をだらりと下げた。
「いくぞ! 必殺、シャイニング・スラッシュ!!」
ゼロスは心の中でユニークスキル【マネー】を発動。自身の口座から莫大な金貨をシステムに『課金』し、一時的にステータスを神の領域にまで爆上げする。
凄まじい光のオーラを纏い、ゼロスがミラースへと一直線に突進した。見せかけの威力を極限まで高めた、派手なだけの一撃。
だが。
ミラースは避ける素振りすら見せなかった。
「……ヤラセはここまでだ、三流役者」
「えっ?」
――ドゴォォォォォォンッ!!
ミラースが無造作に振り上げた妖刀が、ゼロスの全力の剣撃と激突した。
その瞬間。ゼロスは自分の手から伝わってくる『絶対的な死の気配』に、顔を青ざめさせた。
(な、なんだこの重さは!? こいつ、本気で俺を殺しに……っ!?)
「クハハハハ! 俺は魔王になる男だ! いつまでも小賢しい神の台本通りに動くと思ってんじゃねぇぞ!!」
ミラースが本気で闘気を練り上げる。どんな物質だろうと概念ごと両断するチートスキル【ソード】の力が、妖刀に漆黒のオーラとして纏わりついた。
「ぐ、ぐおおおおおっ!?」
ゼロスは【マネー】で爆上げしたステータスで、必死にその凶刃を押し返そうとする。
数字上の筋力は、確かにミラースを上回っていた。……だが、彼には決定的に欠けているものがあった。
泥臭く剣を振るった経験も。
強敵に立ち向かう真の勇気も。
その超人的なパワーに耐えうるだけの『肉体の強度』も。
メキ……バキィィッ!!
「あ……ぎゃあああああああっ!?」
ゼロスの絶叫が村に響き渡った。
金で無理やり引き上げた己の異常な筋力と、ミラースの圧倒的な重圧に挟まれ、限界を超えたゼロスの両腕の『骨』が、内側からボキボキと砕け散ったのだ。
「あぁぁっ! 腕が! 俺の腕がぁぁぁっ!!」
見掛け倒しのオリハルコンソードが、カランと虚しい音を立てて地面に転がる。
【マネー】の致命的なデメリットである『肉体の自壊』。本人の魂(錬度)と共鳴していないステータスは、本物の死線を前にしてあっさりとパンクした。
「どうした? ステータスだけは一丁前だが、てめぇの軟弱な体と魂じゃ、その力は全く扱いきれねぇようだなァ!」
ミラースが嘲笑と共に蹴りを放つ。ゼロスはボールのように吹き飛ばされ、泥水の中を無様に転がった。
* * *
『お、おいっ!? 何やってんだミラース! 台本と違うぞ!!』
その頃、天界の神殿。
エンジェルすまーとふぉんの画面越しにその光景を見ていた炎上神ワイズは、パニックに陥り叫んでいた。
『ゼロス! 立て! 剣を拾え!! お前が負けたら、これまでのヒーロー演出が全部パーだぞ! 逃げたら大炎上だ!!』
通信機越しに、ワイズの焦燥しきった声がゼロスの耳に届く。
だが、腕を砕かれ、泥にまみれたイケメン勇者は、鼻水と涙を垂れ流しながら悲鳴を上げた。
「ふ、ふざけるな! ヤラセって言ったじゃないか!! 俺の顔が、腕が、命の方が大事だ!! こんなの割に合わねぇぇ!!」
「ああっ!? 勇者様っ!?」
「助けて、ゼロス様ぁっ!」
すがるように手を伸ばす村の子供たちを、ゼロスは「触るな!」と足で蹴り飛ばした。
そして、カメラも、名声も、助けを求める人々も全てを放り出し、折れた腕をブラブラと揺らしながら、暗い森の奥へと一目散に逃げ去ってしまった。
『あ……あぁぁっ……! バカ野郎、全世界に生配信中なんだぞ! お、終わりだ……俺の広告収益が……っ!!』
ワイズが頭を抱え、神殿の床を転げ回る。
* * *
勇者は逃げた。
残されたのは、圧倒的な力を持つ凶悪なネフェリムと、傷つき倒れたダイヤ先生、そして絶望して泣き叫ぶことしかできない幼馴染たちと村人だけ。
「クハハハハ! 傑作だ! これがてめぇらの崇める英雄の正体だ!!」
ミラースが哄笑しながら、再び妖刀を振り上げる。
完全に詰んだ。誰もが死を覚悟し、目を閉じた、その時だった。
「……やっぱりな」
静寂を引き裂くように。
呆れ果てたような、低く冷たい声が響いた。
「いくら金で数字を盛ろうが、てめぇの魂と共鳴してねぇハリボテじゃあ、本物の熱には耐えられねぇんだよ」
「……あ?」
ミラースが怪訝そうに視線を向ける。
燃え盛る広場。逃げ惑う村人たちの波に逆らうようにして、一人の少年がゆっくりと前に歩み出てきた。
その辺のスライムにも劣る、全ステータス-99%の最弱状態。
だが、その瞳だけは、極限まで研ぎ澄まされた鋼のように、冷たく、そして鋭くミラースを射抜いていた。
支持率ゼロの裏方。
リオスが、ついに表舞台(死線)へとその足を踏み入れた。




