EP 5
急襲の黒炎と、逃げ出す偽物たち
王都を出発して三日目の夕刻。
俺たちルナミス学園の生徒を乗せた馬車は、目的地の辺境『ラピス村』へと到着した。
豊かな麦畑と、木造の素朴な家屋が並ぶのどかな開拓村。
村長をはじめとする素朴な村民たちが、温かい笑顔で学園からの訪問者たちを出迎えてくれた。
「わぁっ! とっても空気が美味しいですの! さっそく広場でみかん箱のステージを……」
「だからダメだと言っているだろうリーザ。お前はまず荷解きだ」
「ぶーっ!」
ダイヤ先生に首根っこを掴まれたリーザが頬を膨らませる。
ルナとキャルルが村の子供たちに囲まれて笑い合い、シャルムは薪割りを手伝おうと木剣を置いて腕まくりをしていた。
「……ふぅ。やっと馬車から解放された……」
俺は村の井戸の縁にへたり込み、冷たい水で顔を洗った。
【ブレイブ】の『支持率ゼロ=全ステータス-99%』という極悪デバフのせいで、ただの長旅が地獄の耐久レースと化していたのだ。全身が鉛のように重い。
平和な夕暮れ。
このまま、のどかな野外演習の夜が始まるはずだった。
――その時である。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
突然、村を囲む木柵の一部が、凄まじい爆発音と共に吹き飛んだ。
「な、なんだ!?」
「ひぃぃっ! 火だぁぁっ!!」
村民たちの悲鳴が上がる。
吹き飛んだ柵の向こうから、禍々しい『黒い炎』が波のように押し寄せ、瞬く間に麦畑と家屋を飲み込んでいった。
燃え盛る黒炎を割って、悠然と歩み出てくる一つの影。
巨大なコウモリの翼を持つ召喚獣を引き連れた、半神半魔のネフェリムの男――ミラースだ。
「ククッ……泣け、叫べ。お前たちの絶望の叫び声が、俺のギャラ(軍資金)になるんでなァ!」
ミラースが肩に担いだ妖刀『哭刀』を振り下ろすと、漆黒の斬撃が飛び、村の広場の櫓を一刀両断にして粉砕した。
「ま、魔王軍だぁぁっ!!」
「逃げろ! 殺されるぞ!!」
突如として現れた規格外の強敵に、平和な村は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化した。
「っ……魔王軍の幹部クラスだと!? なぜこんな辺境に!」
ダイヤ先生がクリムゾンアーマーを瞬時に展開し、大剣を構えて前に出る。
「おい上級生ども! お前らは勇者候補だろう! 私と連携して村人たちを避難させろ!!」
ダイヤ先生が、広場の隅にいた高等部の上級生たち――真新しい装備を身につけたインフルエンサー気取りの勇者たちに向かって叫んだ。
だが。
「じょ、冗談じゃねぇ! あんなのガチのバケモンじゃないか!!」
「それに、今はゴッドチューブのカメラも回ってないんだぞ!? こんな所で命を懸けたって、PVも稼げないし誰も寄付してくれないだろ!!」
上級生たちは顔を青ざめさせ、あろうことか武器を放り捨てて、村人たちを突き飛ばしながら森の奥へと一目散に逃げ出してしまった。
「なっ……! 貴様ら、それでも勇者か!!」
ダイヤ先生がギリッと牙を剥いて怒りを露わにする。
(……クソッ。やっぱりこの世界の『勇者』ってシステムは、完全に腐り切ってやがる)
俺は重い体を引きずりながら、魔法ポーチに手を伸ばした。
【アイアン】で即席の武器を作り出そうとするが、ステータスがスライム以下に落ちている今、まともに重い鉄を振るうことすら厳しい。
「リオス! お前たちは村の子供たちを連れて裏から逃げろ! ここは私が食い止める!!」
ダイヤ先生が猛然とダッシュし、ミラースに向かって大剣を振り下ろした。
S級賞金稼ぎの、渾身の一撃。
「シィィィッ!!」
「ハッ。……遅ぇな」
――カァンッ!!
甲高い金属音が響き渡る。
ミラースが片手で振るった『哭刀』が、ダイヤ先生の分厚い大剣を、まるで紙切れのようにあっさりと両断したのだ。
「なっ……!」
(馬鹿な! ダイヤ先生の剣は、俺が【アイアン】で手入れした高純度の鋼鉄だぞ!? それが、あんなにあっさりと……!)
俺の職人としての直感が警鐘を鳴らす。
あいつの持っているスキル(妖刀)は、ただの切れ味じゃない。どんな硬度だろうと『概念的に両断する』という、理不尽なチート能力だ。
「終わりだ、女ァ!」
「ぐっ……ぁぁっ!!」
大剣を折られ体勢を崩したダイヤ先生の肩口を、ミラースの刃が深く切り裂いた。
鮮血が舞い、真紅のアーマーが砕け散る。
「せんせぇぇぇっ!!」
リーザやキャルルたちが悲痛な叫び声を上げる。
「逃げ……ろ……っ」
血溜まりの中に倒れ伏しながらも、ダイヤ先生は村人たちを庇うように立ち塞がろうとしていた。
黒い炎が村を包み込み、幼馴染たちの絶望の叫びが響き渡る。
カメラの前でしか戦わない偽物の勇者たちは逃げ去り、泥臭く命を懸けた本物の戦士は血に沈んだ。
「クハハハハ! 最高だ! この絶望の空気……『上』が喜ぶのも分かるぜ!!」
ミラースが返り血を舐めとり、残された村の子供たちに向かって凶刃を振り上げた、その絶対絶命の瞬間。
――天空から、白々しいほどに眩い『聖なる光』が降り注いだ。
「悲劇の淵で震える子羊たちよ、もう安心だ!!」
燃え盛る黒炎の舞台に、不自然なほど真っ白な歯を光らせた男が、待ってましたとばかりに空から舞い降りた。
神界からのシナリオ通り。計算し尽くされた最悪のタイミングで、勇者ゼロスが乱入してきたのである。




