EP 3
薄っぺらい英雄と、違和感の太刀筋
王都を出発して二日目。
辺境『ラピス村』へと続く、舗装されていない街道の岩陰。
「ひぃぃぃっ! た、助けてくれぇぇっ!!」
すぐ先の街道で、商人が巨大な三つ目の魔獣『サイクロプス・ベア』に襲われ、悲痛な叫び声を上げていた。
だが、岩陰に潜むその男――豪奢なミスリルマントに身を包んだ勇者ゼロスは、助けに出ようともせず、高級な『ポポロシガー(葉巻)』をふかして紫色の煙を吐き出していた。
『あーあ。カメラ用(配信用)の魔導使い魔が、まだ定位置にスタンバイしてないじゃねぇか。これじゃあ今飛び出してもPV(再生数)が稼げないだろ』
チッ、と忌々しそうに舌打ちをするゼロス。
商人が血を流し、今まさに爪で引き裂かれそうになった絶望のピーク。上空に浮遊する『魔導カメラ』の青いランプが、ようやく点灯した。
それを見た瞬間、ゼロスは吸っていたポポロシガーを地面にポイッと無造作に投げ捨てた。
そして懐から『口臭スプレー』を取り出し、シュッシュッと口内に吹きかけて煙草の匂いを完全に消し去る。
顔の筋肉を、不自然なほど完璧な『聖人君子の笑顔』に作り変え、彼は岩陰から飛び出した。
「悲劇の淵で震える子羊たちよ、もう安心だ!!」
* * *
「うぅ……っ。ちょっと揺れる度に、全身の骨がミシミシ言うんだが……」
後方を走っていた俺たちの馬車の中。
【ブレイブ】の『支持率ゼロ=全ステータス-99%』というデバフのせいで、俺はスライム以下の虚弱体質になり、馬車の揺れだけで酔い潰れていた。
「前方に魔獣だ! お前ら、馬車の中で待機していろ!」
ダイヤ先生が武器を構えようとした、その時だった。
「この勇者、ゼロス・ディバインが来たからにはな!!」
よく通る、芝居がかった声と共に、一人のイケメン勇者が飛び出してきた。
ニカッと笑うと、不自然なほど真っ白な歯がキラリと光を反射する。
ゼロスが背中のオリハルコンソードを抜き、魔獣に斬りかかった。
「はぁぁぁぁっ!!」
ドゴォォォンッ!!
すさまじい威力。華麗な斬撃が、サイクロプス・ベアの巨体を一撃で両断した。
「おおおぉぉっ!! 勇者様だ!」「勇者ゼロス様が助けてくださったぞぉぉっ!!」
助けられた商人や、馬車から降りた旅人たちが一斉に歓声を上げ、ゼロスを取り囲む。
「怪我はないかい? 神の導きにより、私が間に合ってよかった。さぁ、涙を拭いて」
ゼロスは(なぜか上空をチラチラと気にしながら)完璧なイケメンスマイルを振りまいていた。
「す、すごい……っ。見事な一撃だ」
シャルムが感嘆の声を漏らし、ダイヤ先生も「見事な太刀筋だ。今どきの若い勇者も捨てたものではないな」と感心している。
「ちょっと風に当たってくる……」
車酔いをごまかすため、フラフラと馬車から降りた俺は、歓声に包まれるゼロスを遠巻きに眺めながら、首をコトリと傾げた。
(……不思議な奴だな)
俺の【アイアン】のスキルが持つ『職人の目』は、彼の先程の太刀筋に、奇妙な違和感を覚えていた。
(確かにステータスは異常に高い。だが……なんだあの体の使い方は。剣の威力に対して、腕の筋肉や骨格の動きが全く追いついていなかった。まるで、赤ん坊が無理やり大槌を振り回しているような……いびつなバランスだ)
武器の質でも、技量でもない。
本人の魂(肉体)と、あのバカ高いステータスが、全く『共鳴』していないのだ。
「……ん?」
違和感を覚えながら足元を見ると、岩陰の傍に、火がついたままの『ポポロシガーの吸い殻』が落ちていた。
チリチリと煙を上げている。
(誰か、こんな所で煙草を吸ってたのか? 魔獣が出たってのに、呑気な奴もいたもんだな……)
俺は靴の裏でジュッとその吸い殻を踏み消した。
その煙草をポイ捨てしたのが、今あそこで爽やかな笑顔を振りまいている聖人君子の勇者だとは、思いもしないまま。
「おいリオス! そろそろ出発するぞ!」
「あぁ、今行く」
俺は最後に一度だけ、不自然なほど白い歯を見せて笑うゼロスを不思議そうに振り返り、馬車へと戻っていった。
見ている者だけが知るクズの本性と、何も知らないスライム以下の主人公。
二人の運命の交差点は、目的地のラピス村へと刻一刻と近づいていた。




