EP 9
Love & Moneyと、ひれ伏す観客たち
巨大な鋼鉄のドームステージを見上げる観客席の最前列では、陣取っていた上級生貴族たちが下品なヤジを飛ばし続けていた。
「おいおい、いつまで待たせる気だ!」
「無駄にデカい鉄屑のステージを作っただけで、肝心の演者が逃げ出したんじゃないのか?」
「ハッ! どうせ泥まみれの平民女が出てきて、みすぼらしい歌を……」
――パァンッ!!
その時、会場全体を照らしていた無数の魔導照明が、一斉に暗転した。
騒ぎ立てていた貴族たちの声が止まり、数千人の観客が息を呑む。
圧倒的な静寂の中。
漆黒に包まれたステージの奥から、足音が響き始めた。
コツ……、コツ……、コツ……。
鉄の床を叩く、硬質なハイヒールの音。
それに合わせて、頭上のピンスポット照明がカッと一筋の光を落とし、ステージの中央に立つ『一人の少女』の姿を闇から浮かび上がらせた。
「なっ……」
貴族のリーダー格が、絶句して目を見開く。
クラスメイトたちですら、信じられないものを見るように息を止めた。
(あれが……いつも芋ジャージを着て、パンの耳をかじっているリーザ……!?)
(何だ、あの美少女は……っ!)
そこに立っていたのは、海より深く透き通る水色の髪をなびかせ、真紅のフリルが幾重にも重なる豪奢なドレスに身を包んだ、絶世の美少女だった。
底辺を這いずり回る生活臭など微塵もない。そこにいるのは間違いなく、高貴なる海中国家の第一王女にして、天性の『アイドル』。
静まり返る数千人の観客を見下ろし、リーザはマイクを両手で握りしめた。
恐怖はもうない。彼女の瞳には、全てを奪い尽くす強欲で純粋な光が宿っていた。
「私は運命……。私は物語……」
艶やかで、それでいて芯のある凛とした声が、鋼鉄のドームの反響機能によって会場の隅々にまで響き渡る。
「貴方達の全てを、ちょうだい♡」
その甘い悪魔のような囁きと共に、軽快でポップなイントロが弾けた。
リーザの真骨頂、本気のステージ。
『Love & Money』の開幕である。
♪〜
「愛! アイ! 愛! アイ! ラ〜ブラブ!」
リーザがステップを踏み、歌い始めた瞬間。
彼女の声に乗って、目に見えない『人魚の魔法』の波動が会場全体に広がった。
(Fu Fu!)
「マネー! マネ! ローン! ダーリン! グ!」
(Yeah!!)
「な、なんだこれは……っ!?」
ヤジを飛ばしていた貴族たちが、己の体に起きている異変に気づく。
ただの歌ではない。彼女の歌声を聴いた瞬間、日々の疲労が吹き飛び、視界がクリアになり、全身の細胞が歓喜に震え始めたのだ。
「朝に目覚ましが鳴ったわ」
(ジリリリ!)――観客の誰かが、無意識に叫んでいた。
「私はまだ眠いわ」
(おはよー!)――いつの間にか、貴族たちも声を揃えていた。
「朝シャンしなきゃ」(Fu!)
「朝メニュー食べなきゃ」(パクパク!)
「鏡の前で メイクをしなきゃ」
(魔法をかけて〜!)
人魚姫の歌声がもたらす極上の多幸感。
歌詞はとてつもなく強欲で俗物的なのに、彼女の純粋な歌声を通すことで、それはまるで女神の祝福のように観客の魂を揺さぶっていく。
「さぁショーの始まりよ」(It’s Show Time!)
「のんびりな私は 1LDKに置いて行くわ」(バイバイ!)
「扉を開ければ 私が主人公」
(オ・レ・の! アイドルー!)
熱狂の渦。数千人の観客が、完全にリーザの魔法に魅了され、我を忘れてコールを叫んでいた。
「今日も私の為に世界が動く」(まわって!まわって!)
「全て上手くいくわ」(絶対!)
「愛も富も一つの物」(どっちもちょーだい!)
「ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪」(Want You! Want You!)
「貴方の愛で生きていける」(Fuuu〜!)
「おおおおっ!! 俺の土地の権利書を持っていってくれぇぇ!!」
先程までリーザを鼻で笑っていた上級生貴族が、ボロボロと涙を流しながら財布を取り出し、金貨をステージに向かって投げ(スパチャし)始めた。
「だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ」
「だから、何処までもついて来てね♡」
(一生ついていくよー!!)
「ダーリン!」
(チュッ♡)
投げキッスが放たれるたびに、会場から断末魔のような歓喜の悲鳴が上がる。
「夕方の鐘が鳴ったわ」(キンコンカン!)
「お腹はもうペコペコよ」(ぐ〜!)
「スーパーのシール見なきゃ」(半額!)
「ポイントカードも出さなきゃ」(ピッ!ピッ!)
「家賃のために 節約しなきゃ」(現実はシビア〜! ガマン!)
底辺ポイ活生活のリアルすぎる実体験が歌詞に謎の説得力を生み、観客の涙を誘う。
「さぁ魔法の時間の始まりよ」(Change The World!)
「地味な私は 楽屋に置いて行くわ」(バイバイ!)
「マイクを握れば 私が女王様」
(オ・レ・の! 女王様ー!)
「今夜も私の為に星が降る」(ひかって!ひかって!)
「全部手に入れるわ」(強欲!)
「夢も金貨も輝くもの」(どっちも好きー!)
「株券欲しい♪ お城も欲しい♪」(Buy Now! Buy Now!)
「貴方の愛(と貢ぎ)で輝いていける」(Fuuu〜!)
「だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ」
「だから、何処までもついて来てね♡」
(一生ついていくよー!!)
「ダーリン!」
(チュッ♡)
間奏に入ると、リーザはマイクを両手で握り、観客一人一人を見つめるように微笑んだ。
「だって女の子だもん 夢見るだけじゃお腹は空くの」
「綺麗なドレスも ガラスの靴も 維持費がかかるのよ」
(そうだー!!)
「だから…もっともっと、愛して(課金して)ね? 覚悟はいい?」
ズキュンッ!!
数千人の観客の心臓が、物理的な衝撃を受けたように跳ねた。
「世界中が私の為に愛を叫ぶ」(まわって!まわって!)
「全部抱きしめるわ」(最強!)
「愛も富も同じ輝き」(どっちも本物ー!)
「ダイヤも株も♪ 土地も愛も♪」(All Need! All Need!)
「貴方の全て(人生)を背負って生きていける」(Fuuu〜!)
「うおおおおおおおおっ!! 俺の人生を捧げます女王様ぁぁぁ!!」
「だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ」
「だから、何処までもついて来てね♡」
(一生ついていくよー!!)
「ダーリン!」
(チュッ♡)
ジャーン! ……ジャン!
(チャリーン♪)
最後に、お賽銭箱に硬貨が落ちるような幻聴(SE)と共に、曲がピタリと終わる。
直後。
鋼鉄のドームが崩れ落ちんばかりの、割れんばかりの大歓声と拍手が爆発した。
「リーザ!」「女王様!」「俺の口座番号だ受け取ってくれ!」と、狂乱の渦が巻き起こる。
ステージの袖。
【アイアン】で組み上げた音響反響板の調整レバーから手を離し、俺はステージの中央で輝く真紅のドレスを見つめた。
あんなに怯えていた少女が、今は数千人の人生(時間)を完全に支配し、その中心で誇り高く微笑んでいる。
「……はっ」
俺の口から、自然と笑みがこぼれた。
「イカしてるぜ、歌姫」
それは、裏方としての確かな手応えと、俺の心が彼女の歌に完全に『奪われた』ことへの、心地よい敗北宣言だった。




