EP 8
鋼鉄の特設ドームと、震える歌姫
ルナミス学園、創立記念学園祭の当日。
平民や獣人たち落ちこぼれクラスが割り当てられた『第7グラウンド裏・資材置き場跡地』は、異様な熱気と人だかりに包まれていた。
「な、なんだあれは……っ!?」
「昨日まで、ただの泥だらけの空き地だったはずだぞ!?」
視察に訪れた貴族や上級生たちが、ぽっかりと口を開けて見上げている。
そこにそびえ立っていたのは、みかん箱の延長などではない。
黒光りする極太の鉄パイプが幾重にもトラス状に組まれた、巨大な『鋼鉄の野外ドームステージ』だった。
音を反響させるための計算し尽くされた湾曲した鉄の壁。魔導石の光を乱反射させる巨大なミラーボールと、緻密に配置されたピンスポット照明の数々。
それは、前世の現代地球における『野外ロックフェス』のステージを、【アイアン】のスキルによって一晩で完全再現した、オーバーテクノロジーの結晶である。
『なんだか凄そうなステージがあるぞ!』という噂が噂を呼び、予想を遥かに超える数千人規模の観客が、ステージの前に押し寄せていた。
しかし。
その熱狂とは裏腹に、ステージ裏に急造された鉄張りの楽屋(控室)では、一人の少女が膝を抱えてガタガタと震えていた。
「ひぐっ……怖い……。怖いよぉ……っ」
真紅のフリルが幾重にも重なった、豪奢なアイドルドレス。
(※キャルルが徹夜で『人参柄の刺繍』を隠し味に入れつつ仕立て上げた特注品である)
その完璧な衣装に身を包みながらも、リーザは完全に怯えきっていた。
無理もない。
彼女はこれまで、みかん箱の上や、タローソンの駐車場で、ハトや野良犬、あるいは数人の物好きなオッサンを相手にしか歌ったことがないのだ。
それが突然、数千人の視線と期待を一身に浴びる大舞台。地響きのように伝わってくる観客のざわめきが、彼女の心を容赦なくすり減らしていた。
「だ、ダメですぅ……。私なんかが、あんなにたくさんの人の前で……声が、出ない……っ」
リーザが両手で顔を覆い、逃げ出そうとした、その時だった。
「……どうした」
ガチャリ、と楽屋の鉄扉が開き、聞き慣れた声が響いた。
インカムを首から下げ、腕まくりをしたジャージ姿のリオスだった。
「リ、リオス君……っ!」
「開演5分前だぞ。主役がこんな所で縮こまっててどうする」
リオスは怯えるリーザの前に歩み寄り、しゃがみ込んで視線の高さを合わせた。
「む、無理ですぅ! あんな大きなステージ、お客さんがいっぱいいて……私、頭が真っ白に……!」
パニックを起こして早口になるリーザ。
だが、リオスはその言葉を遮るように、静かに、しかし力強い声で問いかけた。
「……お前は、俺の心も、客達の全てを奪う『宇宙一の歌姫』じゃなかったのか?」
「え……っ」
「お前が奪うって言ったから、俺は最高のハコ(ステージ)を用意した。あとは、お前がその真紅のドレスで、あいつらの時間を全部ぶっ奪ってくるだけだろ」
リオスの真っ直ぐな瞳が、リーザの瞳を射抜く。
夕暮れの空き地で交わした、あの『重すぎる約束』。
(そうだ。私は……ファン達の『世界』そのものになるって、決めたんだ)
「怖いなら、全部俺に押し付けろ。照明も、音響も、お前が躓きそうな石も、裏方の俺が全部叩き潰してやる。……だから、お前はただ、前だけ見て歌ってこい」
その言葉に、リーザの震えがピタリと止まった。
怯えで霞んでいた水色の瞳に、カッと強いハイライトが戻る。底辺を這いずり回っても決して折れなかった、あの強欲で純粋な『アイドルの光』が。
「……はいっ!!」
リーザは勢いよく立ち上がった。
真紅のドレスが、意思を持ったようにふわりと美しく舞う。
「ありがとう、リオス君。……私、行ってきます!」
「あぁ。行ってこい」
リオスが道を空けると、リーザはもう振り返らなかった。
彼女は力強い足取りで楽屋を飛び出し、眩い光が差し込むステージへの階段を駆け上がっていく。
観客のざわめきが、最高潮に達する。
鋼鉄の知将が用意した無敵の要塞の頂点へ。今、一人の人魚姫が、伝説となるための第一歩を踏み出した。




