EP 5
学園祭の演目決定と、貴族の嘲笑
「……というわけで、来月はルナミス学園の創立記念『学園祭』が開催される。お前ら、ウチのクラスの出し物を決めろ」
中等部のホームルーム。
教壇に立つダイヤ先生が、チョークを弄りながら気怠そうに言った。
学園祭。ルナミス帝国中の貴族や有力者がこぞって視察に訪れる、一年で最も華やかな一大イベントである。
当然、教室の生徒たちは色めき立ち、次々と意見を出し始めた。
「はいっ! キャベツやリンゴを山ほど錬成して、大爆発させる『ボカンと収穫祭』はどうですか!?」
「却下だルナ。お前は学園を更地にする気か」
「あの……皆で人参柄の刺繍を縫う、静かな展示会なんてどうでしょう?」
「地味すぎるぞキャルル。学園祭だぞ」
歩く自然災害と、極度の家庭的趣味(月兎族)の極端な意見を、ダイヤ先生がバッサバッサと切り捨てていく。
シャルムは頬杖をつきながら、どこか上の空で窓の外を眺めていた。昨夜の一件から、まだ完全に立ち直れてはいないようだ。
(……やれやれ。まともな意見は出ないのか?)
俺が呆れ半分でため息をついた、その時だった。
「はいっ!!」
一番後ろの席から、ガタッ!と勢いよく立ち上がった少女がいた。
ルナミスデパートの特売芋ジャージを着た人魚姫、リーザである。
彼女は目をキラキラと輝かせ、胸の前で両手をギュッと握りしめた。
「私、コンサートをやりたいです!!」
「コンサート?」
教室中が、リーザに注目した。
「はい! 皆でステージを作って、歌を歌って……お客さんたちの時間を奪って、最高の夢を見せるんです! そしてお賽銭……じゃなくて、五円玉……じゃなくて、愛をいーっぱい集めるんですの!!」
欲望が半分以上ダダ漏れになっていたが、その瞳の奥にある『歌への情熱』だけは、嘘偽りのない純粋なものだった。
底辺の路上ライブでパンの耳をかじりながらでも歌い続けた、彼女の魂の叫び。
「コンサートか。……悪くないな。よし、ウチのクラスはそれに決まり……」
ダイヤ先生が黒板に『コンサート』と書き込もうとした、まさにその瞬間。
「ハッ! 冗談は顔とその底辺のジャージだけにしておけよ、平民ども」
ガラッ!と無遠慮に教室の扉が開き、鼻持ちならない笑い声が響いた。
立っていたのは、高級な仕立ての制服を着崩した、上級生の貴族グループだった。胸には『学園祭実行委員』の腕章が光っている。
「上級生……何かウチのクラスに用か?」
ダイヤ先生が鋭い視線を送るが、貴族の生徒たちは鼻で笑った。
「巡回ですよ、カギタ先生。……いやはや、獣人や平民ばかりの落ちこぼれクラスが『コンサート』とは、聞いて呆れますな。自分たちが学園祭で割り当てられた場所を、もう確認しましたか?」
貴族のリーダー格が、一枚のプリントを教壇に叩きつけた。
そこに書かれていたのは――『第7グラウンド裏・資材置き場跡地』。
「なっ……! ここはグラウンドの端の、ただの泥と雑草だらけの空き地じゃないか!」
ダイヤ先生が眉を吊り上げる。
「ええ。平民の皆様にはお似合いの場所でしょう? 予算だって銅貨数枚ぽっちだ。まともな木材も買えやしない」
貴族の男は、ワハハと下劣な笑い声を上げた。
「どうせ、そこらへんで拾ってきた『みかん箱』でも積み上げて歌うつもりなんでしょう? 泥まみれのステージで、精々ピエロの真似事でもして……」
ギリッ!!
教室の空気が、一瞬で凍りついた。
シャルムから、明確な『殺意』を帯びた闘気が漏れ出したのだ。
自身の復讐を見失い、苛立っていた心に、貴族の理不尽な嘲笑が最悪の形で火をつけた。
「てめぇ……ぶっ殺されてぇのか」
シャルムが椅子を蹴り飛ばし、立ち上がる。
ルナがスッと『世界樹の若木』を構え、キャルルが安全靴の踵をトンッと床に鳴らして『雷竜石』の魔力を練り始めた。
クラスのVIP3人が、完全にブチギレた瞬間である。上級生たちは、その異常なプレッシャーに顔を引きつらせて後ずさった。
「やめろ、シャルム、ルナ、キャルル」
その一触即発の空気を止めたのは、俺だった。
「リオス……っ! けど、こいつら!」
「学園内で上級生に手を出せば、退学だ。こいつらの安い挑発に乗るな」
俺の静かな、だが絶対的な冷ややかさを持った声に、シャルムたちは渋々といった様子で闘気を収めた。
「ふ、ふんっ! 強がりを言うな! 泥まみれの学芸会、せいぜい楽しみにしているぞ!」
命拾いしたことにも気づかず、貴族たちは捨て台詞を吐いて逃げるように教室を去っていった。
「…………」
静まり返った教室で、リーザが悔しそうに下唇を噛み、芋ジャージの裾をギュッと握りしめていた。
立派なステージが作れない。みかん箱で歌えと馬鹿にされた。
その震える小さな肩を見て、俺は昨夜、キッチンで考えた自問自答を思い出していた。
(俺には……あいつらみたいに、命を燃やせるような『眩しい夢』なんて、ねぇ)
そうだ。俺には夢がない。
だが、もし。
あいつらの夢を踏みにじるような理不尽な現実があるというのなら。
(泥だらけの空き地? みかん箱のステージだと?)
俺は、机の下で密かに拳を握りしめた。
前世の鉄鋼マンとしての血が、そして、隠し続けてきた【アイアン】の魔力が、静かに、だが確かに沸騰していくのを感じていた。
(……舐めるなよ、貴族共。俺が、あいつらの夢を乗せる『最高のステージ』を、特注でブッ建ててやる)




