EP 2
極貧教師と、テントの中のソースカツ丼
ルナミス学園の広大な敷地の片隅。
手入れの行き届いた芝生の上に、周囲の荘厳な景色から完全に浮いている『使い込まれたボロボロのテント』が一つ張られていた。
「うぅ……っ。次の給料日まで、あと丸々1週間もあるというのに……私の全財産が、銀貨1枚(約1000円)……だと……?」
テントの中で、紅蓮の戦乙女ことダイヤ・カギタ先生が、絶望に満ちた声で頭を抱えていた。
学園の教師という安定した職を手に入れたにも関わらず、魔導重火器の弾薬費とメンテナンス代で給料を前借りしまくった結果、見事なまでの極貧生活に逆戻りである。
彼女の目の前には、ルナミス帝国軍から二束三文で払い下げられた戦闘糧食、それも最も不人気な『MRE型』のパックが開かれていた。
「うぅ……不味い。なんだコレは……スポンジではないのか? いや、泥を固めた消しゴムか……?」
ダイヤの顔が青ざめる。
彼女が引き当てたのは、兵士たちの間で『ゲロオムレツ』と恐れられる、パサパサで異臭を放つハズレメニューだった。一口食べるごとにS級の体力がゴリゴリと削られていく。
「先生ぃー。生きてますかー?」
その時、テントの入り口がペラッとめくられ、見慣れた男子生徒が顔を出した。
魔法ポーチを肩に掛けたリオス(13歳)である。
「あ、リオス……! ど、どうしたのだ、こんな時間に……っ」
「いや、放課後に先生がフラフラしながらテントに戻っていくのが見えたんで。良かったら、差し入れでもと思って」
リオスが一歩テントの中に踏み入った瞬間。
ダイヤはビクッと体を震わせ、自らのクリムゾンアーマーの胸元を両手でギュッと隠した。
「な、なにっ!? こんな密室のテントで、男からタダで食事を恵んでやるだと……!? くっ、飢えに苦しむ私に恩を売り、この身を手籠めにするつもりか!! 殺せ! いっそひと思いに殺すがいい!!」
「どこぞのクッ殺の騎士なんすか、先生。……もう、俺が飯持ってくるたびにそのセリフ聞くの、これで何回目か数えていいですか?」
リオスは13歳とは思えない、完全に悟りを開いたオカンのようなジト目でツッコミを入れた。(ダイヤは恋愛経験ゼロの純情乙女ゆえ、年下の生徒相手でも距離感がバグっているのだ)
「手籠めにしないから、そこ退いてください。火、使いますよ」
リオスは呆れながら、魔法ポーチからいつもの『魔導カセットコンロ』と、自身が錬成した分厚い『南部鉄風フライパン』を取り出した。
「今日はガッツリ系です。学園の裏山で採れた『ネタキャベツ』と、市場で買った『ピッグシープ(豚羊)』の肉を使って……ソースカツ丼を作ります」
リオスがコンロに火を入れ、油を敷いた鉄鍋に、衣をつけたピッグシープの肉を投入する。
ジュワァァァァァァッ!!
テント内に、肉の脂が跳ねる心地よい音が響き渡る。
きつね色に揚がった分厚いカツをザクザクと切り分け、大盛りの白米の上へ。そして、特製の濃厚な甘辛ソースをたっぷりと回しかけた。
「むほぉぉっ……♡ な、なんて暴力的な匂いなのだ……っ!」
ダイヤが先程までの騎士道精神をあっさり捨て去り、涎を垂らしてコンロににじり寄る。
「うわぁぁぁぁ……! すっごく良い匂いぃ!」
「本当にぃ……♡ お腹すいちゃいましたぁ」
「うぉっ!?」
突如、リオスの背後から、2つの小さな影が飛び出してきた。
いつの間にかテントの中に侵入していた、芋ジャージ姿の人魚姫と、パーカー姿のヤンデレ月兎姫だった。
「お、お前ら! 一体どこから湧いてきたんだ!?」
「ふふっ、食べ物の美味しい匂いは次元を超えるんですのよ? リオス君」
リーザが、鼻をヒクヒクさせながらドヤ顔で言い放つ。
「そんなわけあるか! お前、絶対にさっきまで学園の食堂の裏で廃棄待ちしてたろ!」
リオスが即座に看破する。
「……まぁいい。多めに作ってあるから、一緒に食べよう」
「「わぁーい!!」」
かくして、極貧テントの中で、奇妙な師弟4人によるソースカツ丼パーティーが幕を開けた。
ガツガツガツガツッ!!
モニュモニュモニュッ!!
「何これぇっ!? お肉がすっごく柔らかいし、ソースの味が濃くて……レオンハート王宮の専属シェフが作るお肉より、ずっと美味しいぃ!」
キャルルが安全靴をパタパタと鳴らしながら、満面の笑みでカツを頬張る。
「美味しいよぉ……! コンビニの廃棄弁当のハンバーグより、ずっとずっと温かくて美味しいよぉ……っ!」
リーザに至っては、ボロボロと大粒の涙を流しながらご飯をかき込んでいる。海中国家の親善大使から出る感想としては、あまりにも悲惨すぎた。
「おいおい、泣きながら食うなよ。……そりゃ、こっちは出来立ての手作りだからな」
リオスは少し不憫に思いつつも、自分の料理で喜んでくれる様子に、職人としての誇らしさを感じていた。
そして、誰よりも凄まじい勢いで丼を空にしたダイヤ先生は。
「う、うまかった……! うまいぞリオス……っ!!」
口の周りにソースをベッタリとつけたまま、紅蓮の戦乙女は、両手でリオスの手をガシッと力強く握りしめた。
「頼むリオス!! あと1週間……次の給料日までの間、毎日このテントに差し入れに来てくれ!! いや、なんなら3食頼む!!」
「…………え?」
リオスは完全に思考が停止した。
誇り高きS級賞金稼ぎが、まさかの『13歳の教え子への完全なヒモ宣言』である。
「頼む! この通りだ! 私を飢えから救ってくれぇぇ!」
「いや、自分でどうにかしてくださいよ!? 俺はお母さんじゃないんですよ先生!?」
王都のエリート学園での、優雅なスクールライフ。
それはすでに幻となり、リオスの日常は「規格外のポンコツヒロインたちを養うための、過酷な炊き出し生活」へと変貌を遂げていたのであった。




