EP 13
野営地の誓いと、幼き獣の覚悟
ララサ村の裏山にひっそりと設けられた、クルーガーの野営地。
村から家を与えられてはいるものの、元将軍である彼は、獣人としての闘争心と野生の感覚を鈍らせないため、夜はこの粗削りな野営地で火を焚き、武器の手入れをするのが日課であった。
パチパチと爆ぜる焚き火の音が響く中。
茂みをガサガサと掻き分け、小さな影が弾かれたように飛び込んできた。
「父上!!」
息を切らし、頭の豹耳をピンと立てたシャルムだった。
その手には、ルナミス学園からの『合格通知』が誇らしげに握られている。
「俺! ルナミス学園の入学が決まりました!!」
満面の笑みで報告する息子を、クルーガーは手入れをしていた槍を下ろし、静かに見つめた。
その鋭い眼光が、ふっと細められ、父親としての穏やかな色を帯びる。
「……そうか。見事だ、シャルム」
「ありがとうございます! 父上!」
クルーガーの短くも真っ直ぐな称賛に、シャルムの尻尾が千切れんばかりに左右に振れた。
「俺、ルナミス学園で勝って、勝って、勝ち抜いて! 絶対にもっと強くなります! そして立派な将軍になって、一族を……!」
「シャルム」
さらに熱を帯びて語ろうとした息子の言葉を、クルーガーの低く重い声が遮った。
「お前は、お前の道を行けば良い。……我ら豹耳族の再興や、過去の因縁の事は、もう気にするな」
「……え?」
ピタリと、シャルムの尻尾の動きが止まった。
大きく見開かれた瞳が、信じられないものを見るように父親を見つめる。
「ワシは失敗したのだ」
クルーガーは焚き火の炎に視線を落とし、ぽつりと呟いた。
「アーサー王の圧倒的な武力と、ハガル騎士団長の冷徹なる知略。レオンハート獣人王国の覇権を巡る政局争いにおいて、ワシは彼らに完全に敗北した。……ただ、それだけの事だ」
かつて獣人王国を二分した激しい権力闘争。
その敗北のツケとして、クルーガーは地位も名誉も、そして多くの同胞も失い、この辺境の村へ逃げ延びる事になった。
「自分のした事に悔いはないし、一族を巻き込んだ責めは、ワシ一人がこの胸に背負って生きていく。……シャルムよ。ワシがお前を厳しく鍛えたのは、復讐の道具にするためではない。ただ、この理不尽な世界を『お前自身の足で乗り越えて生き延びてほしかった』。ただ、それだけなのだ」
それは、敗軍の将としての諦観と、一人の父親としての純粋な愛情だった。
もう、重い鎖に縛られる必要はない。
ルナミス学園という新しい世界で、自由に、自分のために生きてほしい。
しかし――。
クルーガーのその不器用な親心は、シャルムの心に激しい炎を点火してしまった。
「い、嫌だ……っ!!」
シャルムの小さな手から、合格通知がハラリと滑り落ちた。
両手を強く握り締め、全身の毛を逆立てて、シャルムは泣き叫ぶように父親を睨みつけた。
「俺は……俺の意思で、この道を選んでるんだ!!」
「シャルム……」
「父上に言われたからじゃない! 俺は、誰もこぼさない! 全部取り戻すんだ!!」
シャルムの瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ落ち、地面の土を濡らした。
「あいつらのせいで……リリア母さんが死んだんだぞ!!」
その名前が出た瞬間、クルーガーの肩がビクッと大きく震えた。
「俺は忘れない……! 母さんが俺たちを逃がすために、笑って残ったあの顔を! 俺が豹耳族たちを引っ張って、父上がもう一度王国の中心に返り咲いて……俺たちから全てを奪った奴らを、絶対に見返してやるんだ!!」
シャルムは涙を拭おうともせず、真っ直ぐに父親を指差した。
「父上が諦めても、俺は絶対に諦めない!! これが、俺が選んだ『俺の物語』だ!!」
5歳という年齢にはあまりにも過酷で、重すぎる決意。
リオスたちと一緒にいる時の「生意気でわんぱくな悪ガキ」の顔は、この暗い復讐心と使命感を隠すための、必死の強がりだったのだ。
パチッ、と。
焚き火の薪が爆ぜる音が、静まり返った野営地に響いた。
クルーガーは、息を呑んだまま、目の前で吠える小さな獣を見つめていた。
まだ親の庇護が必要な幼子だと思っていた。
だが、その魂は、すでに一人の誇り高き『戦士』として完成しつつあったのだ。
「シャルム……お前、そこまで考えていたのか」
クルーガーはゆっくりと立ち上がり、息子のもとへ歩み寄った。
そして、大きな分厚い手で、シャルムの頭をゴシゴシと力強く撫でた。
「……分かった。もう、何も言うまい」
「父上……っ」
「お前の選んだ道だ。ならば、その牙が折れぬよう、ワシはお前を王都へ送り出そう。……征け、シャルム。お前の物語を、その手で切り拓いてこい」
「……はいっ!!」
シャルムは涙を腕で乱暴に拭い、力強く頷いた。
ララサ村の夜空の下。
最強の将軍を夢見る豹耳族の少年は、その胸に消えない炎を宿し、王都ルナミスでの激動の日々へと足を踏み出す準備を終えたのであった。




