EP 9
5歳の魔力試験と、引きこもりの焦燥
オロチ会長との専属契約騒動から数日。
ララサ村の自警団の詰め所には、俺と父さんが秘密裏に共同開発した『連射式バリスタ(改良ハイテン鋼モデル)』がひっそりと配備されていた。
見た目は普通の木製バリスタだが、内部の歯車と弦は俺が錬成した高張力鋼とバネ鋼で構成されている。装填レバーを引くだけで、大人の闘気を乗せた鋼鉄の矢がガトリング砲のように連射されるという、まさにオーパーツ(超兵器)である。
村の防衛力は飛躍的に上がり、俺の「安全な引きこもりライフ」の基盤は盤石なものになりつつあった。
――はず、だったのだが。
「ねぇねぇ、リオス君。……リオス君ってば」
森の奥の秘密基地。
俺が洞穴の壁にもたれかかり、次に作る全自動農具の図面を脳内で引いていると、エルフのルナが頬を膨らませて俺の肩をツンツンと突いた。
「…………あ〜、うん」
俺は生返事をしながら、思考の海に沈んだままだった。
「おい、反応しろよ鉄屑!」
ドカッ!
「いってええっ!?」
横から、シャルムの容赦ない蹴りが俺の尻にクリーンヒットした。
俺は図面(脳内)を吹き飛ばされ、前のめりに転がった。
「あんだと!? いきなり蹴る奴があるか!」
「へっ! なんだ、悪口と暴力にはいっちょ前に反応しやがるのな」
「な、なんだよ。人がせっかく村の農業革命について考えていたのに……」
俺が砂を払いながら起き上がると、ルナが少し不安げな、しょんぼりとした顔で俺の顔を覗き込んできた。
「あのね、もうすぐ私達、『魔力試験』が始まるんだよ?」
「……魔力試験?」
俺は首を傾げた。
そういえば、このアナステシア世界では、3歳で「ユニークスキルの検査」があり、5歳で「魔力・闘気の素質検査」があるんだったか。
素質を認められた者は、6年間の普通の義務教育ではなく、王都にある9年制のエリート進学校へ通うことが許される。
「そ、そうか。もう5歳だもんな。それがどうした?」
「ルナミス学園だよ! 魔力試験ですんごい結果が出たら、私達、王都の『ルナミス学園』に行く事になるんだよ?」
ルナの言葉に、俺は「あぁ、なるほど」と頷いた。
ルナミス学園。ルナミス帝国が誇る、大陸最高峰の教育機関だ。将来の国を担うエリートや、A級以上の冒険者を多数輩出している超名門校である。
「そうなのか。凄いじゃないか」
俺が他人事のように言うと、ルナは大きなエメラルドグリーンの瞳に涙をいっぱいに溜めた。
「でもね……リオス君は分からないけど、シャルム君は豹耳族でしょ? 獣人族だから、魔力がないの……っ」
「…………」
その言葉に、いつもは生意気なシャルムが、悔しそうにギュッと拳を握りしめ、俯いていた。
獣人族は圧倒的な『闘気』と身体能力を持つ代わりに、魔法を使うための『魔力』を一切持たない。それがこの世界の絶対的な種族特性だ。
「だから……魔力試験で、私達、離れ離れになっちゃうかも……っ! 私、シャルム君やリオス君と一緒にいられないの、絶対に嫌だよぉ……!」
ポロポロと涙をこぼし始めるルナ。
彼女の純粋な涙と、珍しく落ち込んでいるシャルムを見て、俺は思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……あははははっ!」
「なっ、何がおかしいんだよ鉄屑!! 俺様だって、王都のエリート校に行って将軍になるのが夢だったんだぞ!」
シャルムが涙目で怒鳴る。俺は笑いながら首を横に振った。
「それは違うぜ、ルナ。シャルムも、勘違いしてる」
「えっ?」
俺は2人の前に立ち、胸を張って言い切った。
「進学校(ルナミス学園)に行く条件は、『魔力』だけじゃない。ユニークスキルや、身体能力、武術、あるいは学問が飛び抜けて秀でた者も、特待生として入学できるんだ。獣人の『闘気』だって、立派な戦闘特化の才能として高く評価される」
「そ、そうなのか!?」
シャルムの豹耳が、ピンッ!と垂直に立った。
「あぁ。お前は獣人族の上位種で、しかも『ダブル(分身)』っていう超レアスキルを持ってる。それに、5歳でゴブリンを『竜牙一閃』で両断する闘気があるんだ。学園の試験官が、お前を見逃すわけがない」
俺の言葉に、シャルムの顔にパッと明るい光が戻り、尻尾がちぎれんばかりにブンブンと振れ始めた。
「っしゃああああああっ!! なんだよ、ビビらせやがって! 俺様が落ちるわけねぇよな!!」
「な〜んだ! 良かったぁ……! じゃあ、シャルム君も一緒だね!」
ルナも嬉しそうにパァッと花が咲いたような笑顔になり、シャルムと両手を取り合ってピョンピョンと飛び跳ねた。
「ははは、全くだ」
俺は2人の喜ぶ姿を見ながら、優しい笑みを浮かべた。
……が。
その直後、俺の背筋に、氷のような冷たい汗がツーッと流れ落ちた。
(待てよ……?)
俺は脳内で、現在の状況を冷静に分析した。
ルナ・シンフォニア。
全属性魔法を操るエルフの天才。出力調整がバグっているとはいえ、その魔力総量は間違いなく規格外。学園側が土下座してでも入学してほしい【SSSランク合格】のバケモノである。
シャルム。
元獣人王国将軍の息子。レアスキル『ダブル』持ち。5歳にして闘気を極めつつある、近接戦闘のエリート。【Sランク合格】は固い。
そして、俺。リオス・クルセイダー。
人間。魔法は使えない(魔力はあるが、呪文の適性がない)。
ユニークスキルは【アイアン(周囲の鉄を操る)】。
公式記録上は『釘を数センチ転がしただけ』のハズレスキル。
得意料理は黄金チャーハンと水炊き。
(…………問題はシャルムじゃない。俺だ……!!)
俺の顔から、サーッと血の気が引いていく。
ルナは一発合格だろう。シャルムも実技試験で無双するはずだ。
だが、俺はどうだ?
まさか試験官の前で「見てください、砂鉄から1500度で南部鉄器を錬成しました!」とやるわけにはいかない。そんな事をすれば、ルチアナの言う通り『兵器開発の特異点』として国に目をつけられ、最悪解剖されるか、一生軍の地下施設で兵器を作らされる奴隷になる。
(かといって、親父直伝の『剛力魔闘流』を5歳児の体でフルパワーでぶっ放せば、それも異常すぎる……! どうやって、目立ちすぎず、かつ『学園の合格ライン』をギリギリで越えればいいんだ!?)
ただのスローライフを望んでいた俺だったが、いつの間にか、この2人と一緒にいる日常が何よりも居心地の良いものになっていた。
「ねぇ、リオス君も一緒に行けるよね!」
「当たり前だろ! こいつは俺様の家来第一号なんだからな!」
無邪気に笑いかけてくる幼馴染たち。
彼らと離れ離れになるなんて、絶対に嫌だ。
(……やるしかない。俺の『鉄鋼知識』と『ハズレスキル』を極限まで偽装して、この魔力試験をスマートに突破する方法を……!)
最強の幼馴染たちを横目に。
中身25歳の元鉄鋼マンは、自らの『お受験対策』という名の、最も困難な偽装工作に頭を抱えるのであった。




