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鋼を操る男 〜元鉄鋼マンの俺、ハズレスキル【アイアン】で辺境村を鍛え直す〜   作者: 月神世一


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EP 8

一億円の契約と、S級の親の教え

クルセイダー家の応接間。

普段は村の寄り合いなどに使われる質素な部屋だが、今日ばかりは空気が違った。分厚い虎柄のファーコートを着たオロチ会長が、窮屈そうに木のソファーに腰を下ろしている。

「粗茶ですが、どうぞ」

「おぉ、えろうすまんなぁ」

母さん(アリア)が、湯気を立てる木彫りのカップをテーブルに置いた。

ララサ村特産の『陽薬草』を煎じた陽薬茶である。

オロチ会長は装飾過多な指輪がハメられた手でカップを持ち上げ、「ズズズーッ」と音を立てて啜った。

「ふぃ〜……こういう庶民的なお茶は久しぶりで、逆に五臓六腑に染み渡るわぁ」

一息ついたオロチ会長を、腕を組んで立っていた父さん(ガリン)が鋭い眼光で見下ろした。

「それで? 本題はなんだ、オロチ会長」

「そやそや、ビジネスの話やったな。結論から言うで」

オロチ会長はギラリと蛇の目を光らせ、リオスの方を真っ直ぐに見た。

「ゴルド商会に、月1回のペースで、あの純度100%の砂鉄を『1トン』納めて欲しい。買い取り価格は……ドーンと弾んで、月に【金貨一万枚】でどうや?」

「…………っ!?」

俺は思わず息を呑んだ。

金貨一万枚。この世界のレートで換算すれば――。

(金貨一万枚!? つまり、日本円の感覚で言えば毎月『一億円』の取引って事かよ!!)

たった5歳児が、月収一億円。

年収にして十二億円の超大型専属契約である。

「そ、そんな大金を……まぁ」

流石の母さんも、目を丸くして驚いている。

だが、前世で鉄鋼メーカーのサラリーマンとして数々の契約書を見てきた俺の『社会人としての防衛本能』が、無意識に口を衝いて出た。

「……じゃあ、後で言った言わないのトラブルにならないように、まずは書面化と署名捺印を」

「…………ん?」

俺の言葉に、部屋の空気が一瞬だけピタリと止まった。

「……リオス?」

父さんが、怪訝そうな顔で俺を見下ろしている。

(しまった!! 5歳児が絶対に使わないビジネス用語をスラスラと言ってしまった!!)

「あ! え、え〜っとね!! こないだ読んだ絵本に、そんな事が書いてあったの! お約束の時は、紙に書くんだよーって!」

俺は冷や汗をダラダラ流しながら、必死に裏声で5歳児を演じた。

「まぁ! そうなの!? リオスは本当に賢いのねぇ」

「う、うん!(母さんチョロくて助かった!)」

しかし、目の前に座る商人のトップは誤魔化せなかった。

「……なんちゅうガキや。交渉の基本を本能で理解しとる。末恐ろしいな」

オロチ会長が、戦慄したように頬を引きつらせる。

「オロチ会長」

父さんが、一歩前に出た。

「そんなに大量の高純度の鉄を集めて……一体、どうする気で?」

「そ、そりゃあ……企業秘密やさかい。商人として、仕入れた品をどう転がすかは言えんわなぁ」

オロチ会長が言葉を濁した瞬間、父さんの雰囲気がガラリと変わった。

応接間に、重く冷たい静寂が降り下りる。

「……リオス」

「えっ?」

父さんが、ゆっくりと俺の前にしゃがみ込み、視線の高さを合わせた。

その瞳は、いつもの親バカなものではなく、厳格な『父親』のものだった。

「父さんたちは、お前が自分の力を使って、我が道をわがままに生きることには反対しない。だが……この村が、お前が『大金』を得て、その結果どんな事が起こると思う? 考えた事があるか?」

「え……?」

「村に毎月、一億円相当の大金が転がり込んだらどうなる? 村はまるまる太った『肥えた豚』になる。噂を聞きつけた野盗や、凶悪な魔獣に狙われるだろう。そうなれば、母さんや、お前の友達であるシャルムやルナが、危険な目に遭う事になるかもしれない」

父さんの言葉が、前世の浮かれた俺の脳天に、冷水を浴びせかけた。

「それに、お前の集めたその鉄は、最高品質の武具の材料になる。大量に流通すれば、それは必ず『戦争の具』になる。どこかの国がそれを使って、血みどろの争いを始める事もあるんだ」

(あっ……!)

俺の脳裏に、数日前に福岡土産を持ってきた『駄女神ルチアナ』の言葉がフラッシュバックした。

『あんまし調子に乗らないように! 強力な武器を持ち込んで俺ツエエエしてたら、あっという間にガオガオンの炎の鉄槌が下って、痛い目にあうからね! 貴方だけの問題じゃなくなるのよ!』

そうだ。俺の作った鉄が間接的に戦争の引き金になれば、調停者ガオガオンの『第1法(生命尊厳と平和に対する罪)』に触れる可能性がある。

俺だけの問題じゃない。この村が、家族が、ガオガオンのレーザーで焼き払われるかもしれないのだ。

「そ、それは……」

俺は唇を噛み、言葉に詰まった。

自分のチート能力で金儲けをすることしか考えておらず、その先にある『世界の現実』と『責任』まで頭が回っていなかったのだ。

「う……」

俯く俺を見て、母さんが優しく父さんの肩に手を置いた。

「……貴方」

「ハッハッハッハ!」

父さんは突然、豪快に笑い声を上げ、俺の頭をガシガシと撫でた。

「すまんすまん、リオス! 今回は父さんたちが憎まれ役になろう」

そして、父さんは立ち上がり、オロチ会長に向き直った。

「……というわけだ、オロチ会長。この月額1トンの専属契約の件は、『無し』という事でお願いしたい」

「そ、そんな殺生な!? もうウチの契約しとる王都のドワーフの職人たちが、あの砂鉄を見て喉から手を出して待っておるっちゅうに!?」

オロチ会長が、ソファーから身を乗り出して悲鳴を上げた。

しかし、父さんは揺るがない。

「『砂鉄を出さない』とは言っていません。ただ、それは……『リオスの採りたい時に、採りたい分だけ納める』という形にさせていただく」

「えっ……」

俺は父さんを見上げた。

「月1トンなんてノルマを課せられたら、こいつは子供らしく遊ぶ時間も無くなってしまうからな。こいつのペースで、こいつが自分のために必要な資金だけを稼ぐ。……それで妥協できないなら、お引き取り願おうか」

S級冒険者としての凄みと、父親としての深い愛情。

オロチ会長はしばらく父さんと睨み合っていたが、やがて「ふぅ〜っ」と深い長いため息をつき、降参するように両手を上げた。

「……わかったわ。今回は、ガリンはんの親心に免じて負けといたる。不定期でもええ、手に入った分だけ、ウチが最高値で買い取らせてもらうわ」

「感謝する、オロチ会長」

こうして、俺の『月収一億円の成金生活』は幻と消えた。

しかし、俺の心は不思議と晴れやかだった。

お金やチート能力よりも、俺が本当に守るべき『大切なもの』の優先順位を、この世界最強の両親が教えてくれたからだ。

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