EP 6
S級冒険者の真実と『始祖竜の欠片』
ララサ村の夜。
リオスが秘密基地で幼馴染たち(と駄女神)と水炊きを囲んでいた頃。
クルセイダー家の薄暗い倉庫部屋では、ランタンの灯りが揺れていた。
父・ガリンと、母・アリアの二人は、年に一度の倉庫の片付けを行っていた。現役時代に世界中から集めた武具や魔導具、危険なアーティファクトの数々が、厳重に封印された箱の中に眠っている。
その中の一つ、何重にも魔法の鎖で縛られた分厚い鉛の箱を解錠した時だった。
「……コイツは」
箱の中を覗き込んだガリンの口から、低く、重い声が漏れた。
普段の「親バカな熱血オヤジ」の面影は一切ない。数多の死線を潜り抜け、魔獣を狩り尽くしてきた歴戦の『S級冒険者』としての冷徹な顔がそこにあった。
「それは……」
アリアもまた、普段の優しい母親の顔を消し、険しい顔つきで箱の中を見つめた。
鉛の箱の中で、不気味な脈動を繰り返す、拳大の黒い石。
いや、石ではない。それはまるで生きているかのように、周囲の魔力を吸い込み、吐き出している。表面には、時間をねじ曲げるような歪な波紋が刻まれていた。
「『始祖竜の欠片』ね」
アリアが、忌まわしいものを呼ぶようにその名を口にした。
古代大戦において、時間を操り世界を崩壊の危機に陥れたという突然変異の竜、『始祖竜クロノ』。その肉体の極一部とされる、伝説の禁忌指定遺物である。
「あぁ。……忌々しい物を見つけたな。これのせいで、俺たちは冒険者をやめて、こんな辺境のララサ村に隠れ住む事になったんだ」
ガリンは鉛の箱の蓋をパタンと閉め、深い深いため息をついた。
数年前。
S級冒険者として大陸に名を轟かせていた二人は、ある国からの極秘依頼で古代遺跡の最深部を探索し、これを『発見』してしまった。
「本当に、これで……『ユニークスキル』を人為的に、後天的に付けられるようになるのね」
アリアの声が、微かに震えていた。
「そうだ。古代の竜の魔力と時間を捻じ曲げる力を利用して、人間の魂の構造を書き換える。……もしそんな技術が確立され、量産でもされるようなことになれば、マンルシア大陸はとんでも無い事になる」
ガリンは拳を強く握りしめた。
ユニークスキル。それは本来、神の気まぐれか、数百万分の一の確率でしか発現しない『奇跡』の力だ。
だからこそ、人間、獣人、魔族の三種族は、絶妙なパワーバランス(三竦み)を保ち、全面的な覇権戦争には至っていない。
だが、もし『始祖竜の欠片』を使って、兵士全員に強力なユニークスキルを付与できる国が現れたらどうなるか。
「人間の国『ルナミス帝国』にも、獣人の国『レオンハート獣人王国』にも、魔族の『アバロン魔皇国』にも……誰にも渡せない。どこの国が手に入れても、確実に世界を飲み込む大戦争が起きる。生態系は破壊され、それこそ調停者が全人類を焼き払う事態になるだろう」
「だから私たちは……名誉も地位も捨てて、誰にも見つからないように、この村にこれを隠し持ってきた」
アリアが、ガリンの広い背中にそっと寄り添った。
自分たちには、守るべき命があった。
アリアの腹の中に宿っていた、リオスという新しい命。
大国同士の血みどろの戦争や、スキルの奪い合いの暗殺劇から我が子を遠ざけるため、二人は『最強の冒険者』という肩書きを捨て、『ただの村人』になることを選んだのだ。
そして、愛する我が子が、神の気まぐれか【アイアン(鉄を操る)】という独自のユニークスキルを持って生まれてきた時、二人は心底安堵した。
強力な戦闘スキルでなかったからこそ、軍やギルドに目をつけられず、平和に生きていけると思ったからだ。
(※実際には、リオスは前世の知識を使ってチート兵器を量産し始めているのだが、両親はまだそのヤバさに気づいていない)
「……いずれ、リオスが大人になった時、この事を話すの?」
アリアの問いかけに、ガリンは静かに、だが力強く首を振った。
「いや。これは俺たち二人だけで、墓場まで持っていくさ」
「そうね……。あの子には、こんな世界の暗い秘密なんて知らずに、ただ元気で、美味しいものをたくさん食べて、幸せに生きてほしいわ」
「あぁ。あいつには、父さんが手伝って作った『バリスタ』で村を守る自警団くらいが、丁度いい」
ガリンは鉛の箱に再び何重もの魔法の封印を施し、倉庫の一番奥深く、誰の目にも触れない地中の隠し金庫へと沈めた。
親としての深い愛情と、世界を滅ぼしかねない暗い秘密。
ララサ村の平和なスローライフの足元には、誰にも知られてはならない『爆弾』が、ひっそりと眠り続けているのであった。




