EP 4
駄女神の来訪と、調停者の影
村の要塞化に向けた連射式バリスタの製作が、着々と進み始めた頃。
俺たち5歳児トリオは、今日も森の奥の秘密基地(洞穴)に集まっていた。
父さんが切り出してくれた木材を、俺が【アイアン】で錬成した精密な鉄製ギアと組み合わせていく。洞穴の中には、カンカンという心地よい金属音が響いていた。
コンコンッ。
ふと、秘密基地の入り口に立てかけた木の扉から、呑気なノックの音が聞こえた。
「おい、リオス。客が来たぞ」
「リオス君、出て〜」
洞穴の奥で、俺が作ったチャーハン(二杯目)を平らげてゴロゴロしていたシャルムとルナが、丸投げしてくる。
「はぁ……ったく、誰だよ。こんな森の奥の秘密基地をノックする礼儀正しい魔獣なんているわけ……」
俺は前髪をかき上げながら、不審に思いつつ扉をカラカラと開けた。
そこに立っていたのは。
「おっす、鉄平。……じゃなくって、リオスだっけ?」
紫色の芋ジャージ。
足元には健康サンダル。
手には「博多通りもん」のロゴがうっすら透けて見える紙袋を提げた、見覚えのある美女が立っていた。
「は? ……ルチアナ!?」
俺は思わず叫んだ。
間違いない。俺の人生を強制終了させ、この世界に蹴り落とした張本人。
「お前っ、この駄女神!! 俺を殺した……!!」
「ちょっと、誰が駄女神よ!? 人聞きの悪いこと言わないで! 殺したのは私じゃなくて、あの黒猫でしょ!」
「いやお前の仕業だろ! 動機も手口も完全にクロだったわ!」
俺が青筋を立てて食ってかかると、ルチアナは悪びれる様子もなく「まぁまぁ」と手をヒラヒラさせた。
よく見ると、彼女の首元にはライブツアー用のタオル(『朝倉月人 全国ツアー 福岡ドーム』と書かれている)が巻かれている。
「お前……福岡に行ってきた帰りだな? アイドルだっけか、月人っていう」
「そうなの!!」
俺が指摘した瞬間、ルチアナの目がオタク特有のヤバい光を放ち始めた。
「今日も月人君は最高にカッコよくってぇ……♡ 特にアンコールで歌った『月曜日の社畜』のラスフレーズ! あそこの切ない声がもう泣けるのよ! 隣の席のラスティア(※魔王)と延々と肩抱き合って泣いちゃったわ!」
「魔王と何やってんだよ異世界の神が」
「はいこれ、お近づきの印。福岡のお土産の水炊きセットよ。中に入れてちょうだい」
「……おう。サンキュ(美味そうだなこれ)」
出汁の香りに前世の食欲が負け、俺はあっさりと水炊きセットの箱を受け取り、ルチアナを秘密基地の中へ通した。
「……で? それで? ライブの帰りにわざわざ、こんな辺境の森まで何しに来たんだよ」
俺がジト目で睨むと、ルチアナは持参した缶ビール(なぜか冷えている)のプルタブをプシュッと開け、ゴクゴクと煽ってから、ぷはぁ!と息を吐いた。
「そうそう、あんたに忠告しに来たのよ。……あんまり、アナステシア世界に『近代兵器』を持ち込まないようにって」
「……近代兵器?」
「そう。今あんたが作ろうとしてる、その自動連射式バリスタとか。あんまり調子に乗って武力開発をやりすぎると、**『ガオガオン』**が煩いのよ」
「ガオガオン?」
聞き覚えのない単語に、俺は首を傾げた。
特撮ロボットのような、マヌケで強そうな響きだ。
「この世界のバランスを守る、調停者にして最強の守護神みたいなものね。巨大なロボットなんだけど。私がプログラムした基本OSで動いてるのよ。簡単に言えば、国際法とか人道法をベースにしてて……ええっと、なんだっけ」
ルチアナはジャージのポケットから、くしゃくしゃの『カンペ』を取り出して読み始めた。
「あー、そうそう。第1法『生命尊厳と平和に対する罪』。私欲による戦争の扇動や、民間人への虐殺……『明確な悪意』を持った行動を検知したら、0.0001秒で有罪判決を下して、上空から首謀者をピンポイントで焼き払うの」
「物騒すぎるだろ!!」
「とにかく! いくら【アイアン】が便利だからって、あんまし調子に乗らないように! 強力な武器を持ち込んで『俺ツエエエ! 周辺国を蹂躙してやるぜ!』とかやってたら、あっという間にガオガオンの炎の鉄槌が下って、痛い目にあうからね! 貴方だけの問題じゃなくなるのよ!」
ルチアナの言葉は、普段のふざけた態度とは裏腹に、確かな『神としての警告』を含んでいた。
「……勘違いすんなよ。俺は侵略戦争なんて起こす気は微塵もない。ただ、自分と大切な家族や、友達や、村人たちが危なくならないように、この村を守る『盾』を作ってるだけだ。ゴブリン一匹、指一本触れさせないようにな」
俺が真っ直ぐにルチアナを見返して言い放つと、彼女は少しだけホッとしたように「……なら、いいんだけど」と呟いた。
その時である。
奥で昼寝をしていたはずの2人が、ひょっこりと顔を出した。
「なぁなぁ、リオス。その変な服着た『オバサン』誰だ?」
「うんうん、村の人じゃないよねぇ?」
シャルムとルナが、純真無垢な瞳で、決して言ってはいけない地雷ワードを口にした。
ピキッ。
ルチアナの額に、青筋が浮かぶ音がした。
「オッ……オバサンちゃうわぁぁぁぁっ!!!」
神の怒号が、秘密基地の洞穴をビリビリと震わせた。
「私は永遠の17歳よ!! ピッチピチの17歳なの!! オバサンって言った奴には神罰下すわよ!!」
怒り狂ってシャルムを追い回し始める紫ジャージの女神。
それを見ながら、俺は冷ややかな声で最大のツッコミ(事実)を放った。
「お前……設定年齢が17歳なら、35歳の俺の母さん(アリア)より年下になるだろ!! 無理があるわ!!」
「うるさーい! 神の年齢は概念なのよぉ!!」
調停者ガオガオンという世界の裏に潜む巨大なシステムの影と、水炊きセットと、どうしようもない駄女神。
俺のスローライフ(予定)は、着実にスケールを広げつつ、カオスな方向へと転がり始めていた。




