EP 2
5歳児の錬金術と、村人たちの手のひら返し
「よし……集まったな。ざっと500キロってところか」
村から少し離れた川辺で、俺は肩に掛けた魔法ポーチの重さ(魔法で軽減されているが)を確かめながら、満足げに頷いた。
中には、不純物を完全に弾き出した『純度100%の砂鉄』が、黒いダイヤのようにサラサラと音を立てて詰まっている。
「さーて、早速換金といくか」
俺は足取りも軽く、村の広場へと向かった。
今日は月に一度、大陸屈指の大企業である『ゴルド商会』の行商人が、ララサ村に買い付けと販売にやって来る日なのだ。
広場にはすでに大きな馬車(ロックバイソンが引いている)が停まっており、村人たちが日用品や農具を品定めしていた。
「おじさん、ちょっといいかな?」
俺が馬車の荷台で帳簿をつけている行商人の男に声をかけると、彼は面倒くさそうに片目を開けた。
「毎度! ……って、なんだガキかよ。冷やかしならよそ行きな。ここにはお前が買えるような駄菓子やおもちゃはねぇぞ」
「うん、買い物じゃないんだ。ちょっとこれを、見て欲しいんだけど」
子供扱いする行商人をスルーして、俺は魔法ポーチの中に手を突っ込み、一握りの砂鉄を取り出した。
そして、行商人の目の前にある木のテーブルに、パラパラとそれをこぼした。
「あん? なんだこりゃ、ただの黒い砂……」
行商人がため息まじりにそれを見下ろし――直後、彼の目の色が、商人特有の『猛禽類の目』へと劇的に変わった。
「こ、これは……!? 砂鉄!? いや、しかしこんなに綺麗な物は見た事がないぞ!?」
行商人は慌ててルーペを取り出し、テーブルの上の砂鉄を食い入るように見つめた。
石英の粒一つ、泥の欠片一つ混じっていない、完璧な純度。アナステシア世界のドワーフの技術をもってしても、精錬前にこれほど美しい素材を用意することは不可能に近い。
「ど、どこでこれを拾った!? まさか、最高級の鉄鉱石を砕いたのか!? どれくらいある!?」
「買い取ってくれるかな? えっと、この魔法ポーチの中に、500キロ程有るんだけど」
「ご、500キロォォォォッ!?」
行商人の絶叫が、村の広場に響き渡った。
周囲で買い物をしていた村人たちが、何事かと一斉にこちらに視線を向ける。
「坊っちゃん!! お、お父さんかお母さんを呼んできてくれ!!」
「え? なんで?」
「なんでって……こんな大金を、いくらなんでも5歳の坊っちゃんだけに直接渡すわけにはいかねぇんだよ!! ゴルド商会の信用に関わる!」
俺は「めんどくさいなぁ」と思いつつも、取引のルールなら仕方ないと、一旦家に戻って母さん(アリア)を連れてきた。
「どうしたの? リオス。魔法ポーチに小遣い稼ぎの品は入ったの?」
エプロン姿のまま広場に連れてこられた母さんが、不思議そうに小首を傾げる。
行商人のゴルスは、母さんの顔(元S級冒険者アリア)を見ると、居住まいを正して深々と頭を下げた。
「アリア様! 単刀直入に言わせていただきます!」
「えぇ、何かしら?」
「坊っちゃんがお持ちになったこの極上の砂鉄……500キロで、1キロにつき金貨1枚。計『金貨500枚』で買い取らせて頂きます!!」
ゴルスの口から飛び出したその金額に、広場の空気が完全に凍りついた。
「「「…………は?」」」
母さんを含め、周囲の村人たちの口がポカンと開く。
「えぇ!? き、金貨500枚!?」
いつもは沈着冷静な母さんが、珍しく素っ頓狂な声を上げた。
それも無理はない。このアナステシア世界において、一般的な庶民の年収は『金貨300〜400枚(約300〜400万円)』程度なのだ。
たった5歳の子供が、そこらへんの川で泥遊びをしていた(と周りには見えている)だけで、大人の平均年収の1.5倍という凄まじい大金を、たった半日で稼ぎ出してしまったのである。
「こ、これでもギリギリの査定です! これを王都のドワーフの鍛冶師に卸せば、伝説級の武具が打てるかもしれない。アリア様、どうか我がゴルド商会にお売りください!」
「あ、ええ。もちろん構わないわよ。リオスが自分で集めたものだもの」
母さんが俺の方を向き、信じられないものを見るような、しかし誇らしげな笑顔を向けた。
「まぁ……よくやったわね♡ 流石は私の愛しのリオスだわ!」
「へへっ、でしょ?」
母さんに思い切り抱きしめられ、頭をグリグリと撫でられる。
その横で、一部始終を見ていた村人たちの間に、爆発的なざわめきが起こった。
「ご、500枚って……俺の畑の儲けの何年分だ!?」
「ただの鉄の粉が、そんなに高く売れるのかよ!?」
「す、すげぇ! ガリン様のところのリオス坊ちゃん、天才なんじゃないか!?」
先日、教会で俺のスキル検査を見た村人たちが、真っ青な顔で顔を見合わせている。
あの時、彼らは確かに俺のことを「ハズレスキル」「竜がミミズを産んだ」と陰口を叩いていたのだ。
「……おい、誰だよ! 坊ちゃんの【アイアン】をハズレスキルだなんて言った馬鹿は!?」
「お前だろうが! 俺は最初から、とんでもない金脈スキルだと思ってたぞ!」
「あぁ! 俺もだ! 流石はガリン様とアリア様の血を引く神童だ!」
見事なまでの『手のひら返し』である。
前世の社会人経験から、大衆の現金な態度は嫌というほど知っている。俺はそんな村人たちの反応を、内心でニヤニヤと笑いながら眺めていた。
(まぁ、いいさ。これで防衛システムの資金は完璧に確保できた)
金貨500枚。
これだけあれば、罠に使うワイヤーの特殊な滑車も、バリスタの自動装填機構の歯車も、ゴルド商会経由で王都からいくらでも取り寄せることができる。
(さぁ、忙しくなるぞ。このララサ村を、鉄と暴力の『難攻不落の要塞』に改造する事業の始まりだ!)
魔法ポーチと、ずっしりと重い金貨の入った袋を抱え。
鋼鉄の知将は、次なる野望に向けて静かに笑みを深めたのであった。




