EP 10
戦士の労いと、忍び寄る影
「おーーーい! リオス!!」
「シャルム! どこだ!!」
ルナの引き起こした大洪水によって、秘密基地から森の斜面まで押し流されていた俺たちの耳に、焦燥に駆られた大人たちの声が飛び込んできた。
「……父さん!」
「父上!?」
顔を上げると、木々の間から凄まじいスピードで駆けつけてくる二つの巨影があった。
俺の父、元S級冒険者のガリンと。
シャルムの父、豹耳族の猛者クルーガーのおっちゃんだった。
「お前たち! 無事か!?」
「こんなにズブ濡れになって……怪我はないか、シャルム!」
血相を変えて駆け寄ってきた二人は、泥まみれで倒れている俺たちの無事を確認すると、ホッと深く安堵の息を吐いた。
少し遅れて、母さん(アリア)も事もなげな顔で歩いてくる。
「まったく、もう。泥んこ遊びにしては派手にやったわねぇ」
母さんの言葉に、俺とシャルムは顔を見合わせて苦笑いした。泥んこ遊びで済めばよかったのだが。
「ん……? こ、これは……」
ふと、クルーガーのおっちゃんが鋭い声を上げた。
彼の視線の先、少し離れた木の根元には、ルナの濁流に巻き込まれて一緒に流されてきた『ゴブリンの死体』が転がっていた。
一つは頭部がひしゃげ(俺のフライパンによる打撃)、もう一つは胴体が綺麗に真っ二つに切断されている。
「お前たち……まさか、自分たちだけでこのゴブリンを倒したのか?」
ガリンが信じられないという顔で、俺たちと死体を交互に見比べる。
「うん、まぁね」
俺が短く答えると、シャルムが泥だらけの胸を張り、ピンと豹耳を立ててクルーガーの前に立った。
「はい! 父上の名に恥じぬ戦いをしました! 俺がやりました!!」
クルーガーはシャルムの言葉を聞くと、無言で真っ二つになったゴブリンの死体に歩み寄った。
しゃがみ込み、その切断面を太い指でなぞる。
「……うむ。この断面、見事だ。ただの力任せではない。闘気を一点に集中させ、一切のブレなく振り抜いた証拠……見事な『竜牙一閃』だ。中々の斬れ味だったぞ、シャルム」
歴戦の将軍である父からの、初めての明確な称賛。
「あ、ありがとうございますっ! 父上!!」
シャルムの尻尾が、千切れんばかりに左右に振れた。
その顔には、誇らしさと、プレッシャーから解放された子供らしい喜びが溢れていた。
「へへっ、まぁ、俺のフライパンの一撃も捨てたもんじゃ……」
俺も便乗して親父に褒めてもらおうと、自慢の南部鉄風フライパンを掲げようとした、その時。
「はぁ~、もう疲れちゃったぁ……」
緊迫感のかけらもない、間延びした声が空気を読まずに響き渡った。
犯人はもちろん、この大洪水の元凶であるエルフの少女だ。
「もう泥んこで気持ち悪いよぉ。早く帰ってシャワー浴びたいな~」
ルナが『世界樹の若木』を杖代わりにしながら、ふにゃ~っと欠伸をした。
ゴブリンの死体を見ても微塵も動じない。さすが、世界樹の森で爆発を繰り返してきた肝っ玉エルフである。
「あらあら、ルナちゃんたら。女の子がこんなに泥だらけになっちゃって。帰ったらおばさんが、綺麗に洗ってあげるからね♡」
母さんがニコニコと微笑みながら、ルナの頭を撫でる。
相変わらず、うちの女性陣の胆力はおかしい。
しかし、現場の『戦士』たちの空気は、決して明るいものではなかった。
クルーガーのおっちゃんが、ゴブリンの死体から立ち上がり、険しい顔で父さんを振り返った。
「……ガリンよ。ゴブリンの死臭は消臭の魔法でも使わぬ限り、中々消えん。こんな村の近くまでヤツらが群れで降りてきた。……これは」
「あぁ。普通じゃないな」
父さんも、いつもの豪快な親父の顔から、S級冒険者としての冷徹な顔へと切り替わっていた。
ゴブリンは弱いが、臆病な生き物だ。人間の生活圏である村のこんな近くまで、しかも白昼堂々と姿を現すことは滅多にない。
餌が不足しているのか。あるいは、もっと『恐ろしい何か』に森の奥から追いやられてきたのか。
「村の警戒レベルを引き上げよう。自警団のシフトを倍にして、森の巡回を強化する」
「承知した。俺も夜警に出よう」
大人たちが重々しい空気で話し合うのを聞きながら、俺は手元のフライパンの柄をギュッと握り直した。
(そうだよな……)
今回は、俺が事前に張っておいた【鉄線】の罠と、シャルムの奮闘があったから無傷で乗り切れた。
しかし、もし俺たちがいなかったら?
村の畑に出ている農家のおばちゃんや、他の小さな子供たちが襲われていたら、大惨事になっていたかもしれない。
(人間(俺たち)の足で警戒するだけじゃ、限界がある)
前世の鉄鋼マンとしての、いや、現代日本のエンジニアとしての血が騒いだ。
(対策をしないとな。この村の周囲を、ゴブリン一匹通さない『要塞』にしてやる)
俺の【アイアン】のスキルは、料理やイタズラのためだけにあるんじゃない。
鉄を錬成し、罠を作り、自動の防衛機構を築き上げる。
村を守るための『本気のモノづくり』を始める時が来たようだ。




