美人姉妹に変化があったらしい
最近、長倉姉妹に変化があったらしい。
これも全て久米から聞いたこと。
僕の情報筋はあいつしかいないからな。
そしてそんな久米が言うには「最近、長倉姉妹が井野って言われる男と一緒にいるところを見なくなった」と。別にそれ自体は珍しい話ではないと僕は思った。
学生の恋愛に別れ話は付きものだろう。
それも長倉姉妹という有名な人物だからこそ、ここまで話題になるんだろう。
どうやらそれだけでなく、「長倉姉妹がすごく落ち込んでいる」らしい。今までがものすごく明るい姉妹というわけではないみたいだけど、それでも落ち込み方がヒドイと久米は言っていた。
周りがひどすぎて話しかけるのも躊躇うほど。
まぁあの姉妹と井野が付き合っていたとして、もし別れたのだとすれば落ち込むのは普通じゃないのか。
――――――
そしてやっと週末になった僕は昼頃に起きて、適当に食事をして、外に繰り出すことにした。別にこのまま家の中で過ごしていたも良かったが、折角だ。
休日に出かける時はいつものサングラスとマスクを着けて。
外に出た、次いでに明日の食べる物もなんか買って帰ることにした。僕はほとんど一人暮らしのような生活だ。
両親は海外での仕事がメインだ。付いて来るかと聞かれたが、僕はその問いに対して首を横に振った。ここで一人暮らしをした方が絶対にいいと判断した。あの人たちに付いて行ったら絶対に色々なことに巻き込まれるに決まっている。
あと姉が一人いるが、今はどこにいるのか知らない。あの人の放浪癖は本当にすごいもので、家族の誰も姉がどこで何をしているのか知らないのだ。
そんな家族だから、僕は一人で過ごしている。
この一人暮らしというものも慣れてくればいいもの。最低限の家事をしていれば、一人で過ごせるんだから。
そしてそんなこんなのため、食事を自分で用意していないといけない。家にはカップラーメンもあるが、最近はずっと食っているため、今日という休みの日ぐらいは何か別のものが食べたいもの。
適当に散歩し、外に出て1時間ぐらい経過したため、スーパーに立ち寄ることにした。
スーパーの前に…見たことがある女がいた。
確か…長倉姉妹の妹の方のはず。別に無視してもよかったが、妹は今にも泣きそうな顔をしていた。
こいつはなんで急に泣きそうになっている。
いやでも関わるのはさすがに面倒だ。
足を進めようとしたところで袖を掴まれた。
「なに…?」
「正寛くん……?」
「違う、俺は井野じゃない」
「そっか…」
「早く離せ」
「…だめ」
なんでかこいつは僕の袖を掴んできたんだ。それの所為で周りからは、僕がこいつを泣かせたみたいに思う奴もいるようだ。
「なにがだめか分からない。早く泣き止むか、僕の袖を離してくれ」
「だめ」
「離してくれ」
「だめ」
どういう教育をしているんだ。見ず知らずの人間の袖を掴み、それを離そうともしないとは。少なくても長倉姉の方はもっと大人っぽかったが。
周りからも変な視線で見られている。早くこれを解決しないことには。
「離す気はないのか?」
「…だめ」
そんな攻防が暫く続き、僕は折れることになった。こんなことを続けても意味がない。
それならこいつの話を聞いて、こいつの意思で離してもらう方がまだ可能性がある。
「…お前は長倉の妹で合ってるか?」
「うん。なんで知ってるの?」
やっぱり長倉妹は僕のことを知らなかったのに引き留めていた。こいつは本当にただ僕がそこにいたから袖をつかんだ。
本当にこいつの危機管理と、人に迷惑を掛けないという気持ちはないのか。
「僕も同じ高校に通っているから、キミのことは何度か学内で見たことある」
「そうなんだ。ごめん、ぼくはキミのことを知らない」
「知らなくて当然。僕は名前を多くの人間に知られるようなことはしていない」
逆に全校生徒に名前が知られている人間なんてほとんどいない。
「なんで泣いていた?」
「…ぼく、分からないんだ」
「なにがだ…」
「ぼくはずっと隣のクラスの正寛くんのことがすきだった。ぼくたちが危ないところを助けてくれて、いつも優しい笑顔を浮かべてくれてた」
「ああ、お前たちが付き合っているという噂を聞いたことある」
「でも、もしかしたらそれが全てウソかもしれない。あの日、ぼくたちを助けてくれたのは違う人だったのかも…って」
「なんでそう思ったんだ?」
「お姉ちゃんが正寛くんのことを少し疑ってて。それでお姉ちゃんは正寛くんに対して、昨日こう言ったの」
『今から私たちの家で遊ぼう』って。
別にそこまでおかしいことだとは思わないが。高校生でも男女で相手の家に行くことなんて別に普通のことだし。
だが、長倉妹は暗そうな顔で言葉を紡いでいく。
「でも、正寛くんは一度もぼくたちの家に来たことがないの。それなのにお姉ちゃんは正寛くんに全ての道を決めてもらってたの。そして昨日、結局正寛くんはぼくたちの家まで付けなかった」
「来たことがないんだったら普通のことだと思うが」
「うん。でも、さっきは来たことがないって言ったけど一度だけある。初めてぼくたちのことを助けてくれた日にぼくとお姉ちゃんは家まで送ってもらったの。それにぼくたちの家はかなり目立つから、忘れるってことはあんまりないと思う」
忘れっぽい僕でも多少は覚えてる。だってこいつらの家ってデカいし。あの時はすぐに別れたくて、あんまり気にしなかったが。
「昨日、正寛くんは覚えていなかった。これでお姉ちゃんの疑いはかなり増してる」
「そうか。それとキミが泣いていたことに関係はあるの?」
「ぼくも本当に正寛くんがぼくたちのことを助けてくれた相手なのか…って疑問に思ってる。前も助けてくれなかったし」
「そんなに関係あるのか」
「え…?」
「だって今のお前は井野のことが好きなんだろ。だったら今の気持ちを大切にすればいいんじゃないか。始まりがどんなことだったとしても」
僕としてはかなりアドバイスをしていると思う。こいつらと井野がどうやって知り合ったのかは知らない。もし、その出会いが嘘で塗り固められたものでも、その後、井野と話して過ごして好きになったんだろうし。
「…でも、正寛くんが嘘を付いているんだったら言って欲しいの。だけど昨日の感じだと正寛くんはたぶん言わない。もし本当に嘘を付いているんだったらそれが嫌」
「そういうものか…」
「それにぼくたちのことを本当に救ってくれた人が別にいるんだったら、申し訳ない。だってぼくたちは正寛くんをずっとその相手だと思って感謝を伝えてきた。でも本当にその言葉を言われるべき相手が他にいるのに」
なんか面倒くさい。
これって一体どんな風に着地させればいいんだ。未だにこいつ、僕の袖を掴んできているし。
「まぁ…その問題はキミ自信が解決するものだ。俺からアドバイスことできることは他にない」
他人の事情にあんまり首は突っ込みたくない。何より僕はこんな人気者と関わりたくない。
「そろそろ服の袖を掴むのを止めてくれるとありがたいが」
「まだ…ちょっと」
さっきの泣いている様子からすれば、随分復活したように見えるが。
結局、この日、長倉妹が離してくれたのは出会ってから2時間後だった。
僕は違うスーパーに行けば良かったと心底後悔しながら帰路に付くのだった。




